第48話
冬木真冬を追って外に出ると白いモフモフ、いや、大きな白い狼の姿があった。冬木真冬の相棒であるシロだ。
「それではシロ、作業を始めましょうか。」
何処からともなく、ウム、と声が聞こえた。
冬木真冬が駐車場に出た。巫女服を着用している彼女は腰に皮性のベルトを締めており、後ろ腰に当たる場所には布製の袋が下がっている。冬木真冬は中から一枚の札を取り出すと左手でそれを持った。右手の人差し指と中指を立てて顔の前で構える。すると、二本の指先に青い炎が灯った。冬木真冬が宙に大きな円を、その中に紋章を描いていく。淀み無い動きは相当慣れている様子だった。
しばらくすると青い炎の紋章陣が完成した。
この紋章陣が何なのか、今何をしているのかなんて聞かなければ見当もつかない。
「黙ッテ見テイルノダ。」
近くから男性の声が聞こえた。シロがオレを見上げている。心が読まれたようだ。
冬木真冬が紋章陣へ向かって左手を突き出した。それから彼女が短い言葉を発した。オン、とだけ。その単語にどのような漢字を当てはめるのかは分からない。けれど、憶測でものを言うなら。その短い言葉が陣を起動させるトリガーになっているようだ。
冬木真冬が左手に持っていた札が宙に描かれた紋章陣に張り付いていた。
「さて、次ですね。」
冬木真冬が歩き出す。店の側面の方へ。
オレは完全に置き去り。店主としては何が起こるのかを把握しておきたい。冬木真冬の後を追うように駆け寄った。
「ちょ、ちょっと待ってください。アレは何をしたんですか。それに次って・・・アレを何個描くつもりですか。」
慌てて質問を投げかける。
だってそうだろ?自分の店の周りに意味不明な青い炎で描かれた紋章が宙にあったら。人はそれを怪奇現象と呼ぶのではないか。この紋章がこの店を救うために必要ならその効果を聞いておくべきだ。
「今、主ハ忙シイ。ソノ答エハ我ガ。」
いつの間にか隣を歩いていたシロが言った。冬木真冬の背中を見つつシロの説明に耳を傾ける。
「アノ紋章陣ハ結界ヲ展開スルモノ。ソシテ、アノ札ハ複数ノ紋章陣ヲ同時ニ起動スルタメノモノ。今回ハ異界ノ穴ヘノ対策。一ツノ紋章陣で展開シタ結界デハドウニモナラナイノダ。複数ノ同時展開カラソレラヲ連結、大キイ結界の展開ヲ目指シテイル。」
狼のくせに説明が簡潔だった。小難しい事は省いた言い回しで想像し易い。無知の人間に説明するならばこれくらい簡単な方が良い。仕事ができる奴だ。人間社会でも重宝される人材だ。もっともシロは人間ではないけれど。
「これを複数個・・・あと何個の紋章陣を描くのですか?」
「四つです。その後はシロが言っていた通り。計五つの紋章陣を連ねて大きな紋章を生成します。」
オレの問に答えたのは冬木真冬だった。
すると、冬木真冬が歩みを止めた。次に紋章陣を描くのはこの場所らしい。オレは彼女の背中に追突しないように急ブレーキをかけた。冬木真冬は腰の袋から再び札を取り出して宙に紋章陣を描き始める。
冬木真冬は数十分をかけて五つの紋章陣を描いた。
「店の屋根をお借りしますね。」
それだけを言って、冬木真冬はオレの返答を待たずにシロの背に飛び乗る。次の瞬間、姿が消えた。わずかな音が屋根の上から聞こえた。そちらへ目を向けると、屋根の上には冬木真冬とシロの姿があった。
両者越しに見えるは夜空に浮かぶ半月。白い雲が更に月の姿を隠していた。月下で結界を結ぶ巫女。そして、主人を護る大きな白い狼。
冬木真冬は一枚の札を手に取って両手で挟んだ。すると、挟んだ札が発光する。それに呼応するように、店の周りに描いて回った五つの紋章陣が一斉に起動した。大きな結界の展開は非常に緩慢で、術者である冬木真冬の負担は並大抵のものではないことが想像できた。それでも彼女はそれが自分の使命であるかの如く気力を振り絞る。五つの紋章陣が連結すると、徐々に大きな結界が構築されていく。
素人目から見ても分かる。冬木真冬は術者として相当優秀なのだと。
結界の構築を終えた冬木真冬が短く息を吐いた。それから、腰の袋のポケットから取り出した物を見た。光が無いのでスマートフォンではない、懐中時計の類だろう。
「予定より少し早く完了しました。一端休憩しましょう。」
冬木真冬は手にした物をポケットに戻す。その後シロの名を呼ぶと、傍らにいる大きな狼の背中へ飛び乗った。主を背に乗せたシロが一瞬でオレの眼の前に降り立つ。
「申し訳ありませんが、店内で休んでも良いでしょうか?」
冬木真冬とシロの動きを見て呆気に取られていたオレは無意識に頷いていた。
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