第37話

 今夜の冬木真冬は巫女服を着用。その上から同じ色の外套を羽織っている。仕事着と言ったところだ。


 冬木真冬の視線が動いた。おそらく店内の状況を探っている。明かりを消した店内は暗い。そして、オレは私服姿。仕事を終わらせて帰宅するために動いていたのだから当然だ。


 店の中の状況とオレの姿を見た冬木真冬の眉根がピクリと動く。


「まさか帰るつもり・・・だったんですか?今から来ると連絡したはず。読んでないはずないですよね。」


 相変わらず冬木真冬の物腰は低い。そして、整った彼女の顔は微笑みを浮かべている。一見全てを許してくれそうな優しさを感じる。だけど、冬木真冬から感じる殺意に近い感覚は本物。恐いって言葉が安っぽく感じてしまう。


 殺気が形を成したように、冬木真冬の背後に狼が見える。白く大きな狼。帰ろうとしただけなのにこれほど脅されるのか。


 いや、白い狼は本当に居るな。


「こら、シロ。肩に足を乗せないで。すぐに下ろしなさい。」


 冬木真冬がそう言いつつ身動いた。背負う形となった白い狼の事を重いと言っているような動き。


 言葉が通じれば良いのだけれど、相手は狼。冬木真冬の言葉は理解できているのだろうか?返答なんてあるわけがない。


「オオ、スマヌナ。」


 何処からともなく男の声が聞こえた。片言の言葉。オレは以前、この声を何処かで聞いた事があるような気がする。何処だっただろうか?ダメだ思い出せない。記憶の最深部にあるのだろうか、それとも思い出せないほど薄い記憶なのか。そもそも思い出せないって事は気の所為なんだろう。そもそもこの場に居るのはオレと冬木真冬の二人しか居ないのだから。


 白い狼が冬木真冬の背に乗せた前足を下ろした。すると、冬木真冬が姿勢を正した。


「仕事終わりにこんなお願いをするのは大変恐縮なんですが、少しお時間いいでしょうか?」


 冬木真冬の笑顔の迫力を前に首は横に動かず、。思わず首肯してしまった。


「それと、彼・・・シロも同席させたいのですけれど。許可をいただけませんか?」


 冬木真冬は背後に控える白い狼へチラリと目を向けた。


 普段の営業では動物の入店はお断りしているのだけれど、今は他のお客さんは居ない。さて、どうしたものか。もしも、明日の朝、狼の白い毛が落ちていたらエリが怒ってしまうだろうか。


「我ハ外デ待ッテイル、大丈夫ダ。」


 その声と共に動き出したのは白い狼で、冬木真冬の目は白い狼を追って後ろを見た。彼女の行動は声の主が白い狼だと言っているに等しい。


「タムさん、シロにも私達の話を聞いてもらった方が良いと思うんです。いえ、理由は言えないんですけど・・・。」


 冬木真冬にとってこの白い狼は大切な存在なのだ。それは確信を持って言える。


 白い狼の目の色を見る限りではアルビノではない。ならば、この白い狼は種類としてはホッキョクオオカミってことになるのだろうか。しかし、オレが知る限り、ホッキョクオオカミの大きさは六十〜八十センチ程度。だが、冬木真冬が連れている白い狼はそれよりもはるかに大きい。個体差って言葉では納得できない程に。そもそもホッキョクオオカミはその名が示す通り北極圏を生息域にしている種だ。日本の動物園で育成に成功したとニュースを見たことはあるけれど、冬木真冬が連れているシロと呼ばれている白い狼が動物園から脱走した個体だとは思いたくない。そもそも、ホッキョクオオカミが脱走したならニュースにならないはずがない。


 冬木真冬は寝転がったシロの純白の毛を撫で、シロは気持ちよさそうに大人しく撫でられるままになっている。シロが犬神と同様の存在なのではないかとも思った。冬木真冬が巫女服を着用しているから余計にそう見えるのかもしれない。


 思考を巡らせた短い時間で、シロはヘソ天してお腹を撫でられるままになっている。犬神の類だと思ったは気の所為だった・・・のか?


「店内では抜け毛が多いとエリさんが困ってしまいます。冬木さんに問題なければこの場で話をしませんか?」


 本当は帰りたい気持ちでいっぱいだ。それでも、この場から逃げ出すよことはできそうにないなら、早く話を終わらせて帰宅してしまうが最善。


「私は問題ありません。それで良いですか?」


 冬木真冬が問う先はシロ。すると、シロは言葉を理解したように体制を正した。何も言わないシロだけれど、行動で肯定を示しているように見えた。


「それではこの場で話を始めるとしましょう。」


 そう言った冬木真冬が立ち上がった。



 冬木真冬の話の内容はやはり予言書について。


 まずは予言書の特徴について。それが見事に例の忘れ物と合致、忘れ物だとしてもと前置きがあった上で黒い革のカバーの本の譲渡を要求された。


「オレとしてはまったく問題ありません。もうあの本が忘れられてからしばらく経過しますので、もう持ち主は取りに来ないでしょう。アレが予言書だとは知らなかったので、なにも言えなくて申し訳ありません。」


 真実の中に嘘を少し混ぜて冬木真冬に返答した。


「それなら・・・。」


「今持ってきます。」


 冬木真冬が全てを言い終える前にオレは店内へ入った。お願いします、言葉のつながりを考えると次に出てくるのはその一言だろう、そう思ったから。


 入口から近い場所に設置したレジの下、金庫の横にある黒い革のカバーの本を手に取った。


それを持ってすぐに外へ出た。


 周囲の風景はなにも変わりなかった。だが、冬木真冬とシロの姿が無い。どこへ行ったのかと周囲を見渡す。しかし、それでも見つける事はできなかった。持っている黒い革のカバーの本を見る。この本を取りに行っていた短い時間で何かあったのだろうか?


 譲渡する相手が居ないならばこの本を持っている意味が無い。いつもの忘れ物を置いている場所へ戻そう、そう思って店内へ戻る。だが、入口を潜ろうとした時に首元にゾワリと気持ち悪い感覚があった。


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