第50話
地面に落ちた黒い雫が形を成す。人型、それも二つ。以前と違うのは頭部に赤い単眼が無い事。この時点で別の個体である事を知らせているようだ。人型になったとは言え、まだまともに歩く事すらできない様子。しかし、アレが形を成した時、オレは自分の生死を占う戦いに身を置くことになる。
握りしめた拳を構える。黒い影に向けて突き出した手には光のナイフが握られていた。
冬木真冬とシロが視界の中に入った。着地と同時に人型となった黒い雫へ走って行く。青い刀身が輝いた。人類最速よりも加速が早い。
冬木真冬が一枚の札を、並走するシロに付けた。
「シロ。」
冬木真冬が叫ぶ。声に艶がない。若干の掠れ声。
シロは何も返答しなかった。だが、シロに付けた札から紋章陣が展開。即座に起動。意思を察したシロが札の効力を発揮させたように。
瞬き程の一瞬、シロの体が白に溶ける。白がシロの形を別のモノへと変えていく。そして、出来上がった形は人よりも獣に近く、獣よりも人に近い。ワーウルフと表すべき姿だった。冬木真冬が連れているので狼男と言ったほうがしっくりくる。
冬木真冬が刀を担ぐ。同時にシロが跳躍、鋭い爪を振り上げた。人型が行動を開始する前に勝負を決めてしまうつもりだろう。
冬木真冬とシロの必殺の一撃がほぼ同時に繰り出される。
人型になった黒い雫が黒を消し飛ばす。文字通り、人型を残して黒が四散して消えてしまった。残ったのは二つの人の姿。女の子。その二人を見て思わず声が出た。
「待って・・・。」
これ以上は言葉にならなかった。
冬木真冬とシロの攻撃が止まる。それは、オレの声に反応したからでは無い。両者が目で見て反応したのだ。冬木真冬の青い刀が一人の首元で止まる。シロの爪も頭を切り裂く一歩手前だった。
黒い雫の中から出てきたのは、なんと小春と梨夏だった。
二人は驚愕の表情を浮かべている。黒い雫の中にいた彼女達の状態がどんなだったのかは分からない。けれど、黒が四散していきなり必殺の一撃が迫ってきたのだ。驚くのも無理もない。
「なんで貴女達が・・・・そうか、私は騙されていたっていた、そう言う事ですか。刀を止めた事をこれほど後悔した事はありません。一刀の下に斬り伏せてしまえばよかった・・・。」
掠れた声を発した冬木真冬からは疲労。そして、それを埋め尽くす程の失望が色濃く感じられた。彼女の言葉尻には、疑ってかかって正解だった、その一言が付け加えられるのだろう。
刃を納める気が無い冬木真冬とシロ。小春と梨夏は今にも首の皮に触れそうな刀と鋭い爪を前に何も言葉を発する事ができないでいる。
「冬木さん、ちょっと待って。」
思いの外大きい声になった。オレの声に反応して冬木真冬が振り返る。未だ刀は小春の首を捕らえたまま。
「どうして止めるんです。この者達は私を謀ったばかりか、この街に不幸を呼び込む。この場で仕留めてしまわないと。」
冬木真冬の気持ちが急いているのが分かる。
「だからって・・・。」
二人が異界の穴から出てきた理由を聞きもしないで殺すのはダメじゃないですか、そう言おうとしたオレの上で音がした。大きなガラスが割れるような。上から破片が降り注ぐことをイメージして身を屈めた。しかし、降り注ぐ破片はオレに当たる直前で光の粒子となり、霧散してしまった。
「異界の穴が・・・。」
冬木真冬が呟いた。それと同時に彼女の腕から力が抜けていく。青い刀身の切っ先がゆっくり下がる。
小春が大きく息を吐いく、安堵の色が見えた。
「異界の穴を形成するための要因は私達で排除しました。ご安心を。」
小春の声は普段通りの冷静なお嬢様だった。刀を突きつけられていた恐怖なんて微塵も感じない。豪胆だなと関心するレベルである。
「排除、した・・・。」
冬木真冬には事の顛末が未だに理解できていない様子。
「この街の危機は回避したってこと。一端って言葉はつくけれどね。」
梨夏がシロの爪から逃れながら言った。
静かな夜が戻ってきた。季節的に虫の声は鳴りを潜めていが、遠くの林からは梟の鳴き声が聞こえてくる。幾分雲に隠れた月は変わらず。月光は多少少ない。そんな普段の夜。
個人的な感想を言えば、なんともあっけない幕切れだった、そうとしか言いようがない。手に握った感覚だけを残して、光のナイフはいつの間にか消えていた。
よく分からない間に訪れた危機は、よく分からない間に解決され、なんとも言えない虚無感だけを残して終焉を迎えた。要するに、オレには何も分からないって事だけを理解したってこと。
この状況でも分かる事が一つある。梨夏がさっきいったように、この街の崩壊の危機は脱したのだ。
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