第21話

 昨夜の事について話があるのだと、オレの気持ちが勝手に構えてしまっていた。だけど冬木真冬はオレが期待していた話をする事はなく、彼女がオレに語ったのは自身の仕事についてだけ。オレは理解できる範囲で彼女の話を聞いたつもりだ。祓い屋の仕事についてオレが理解したのは、悪い何かを滅する、それだけだ。それ以上を求めてしまうとオレの理解が追いつかない可能性がある。


 冬木真冬は自身の話を終えるとオレに笑顔を向けた。


「せっかくなので、アマトリチャーナをお願いしてもいいですか?」


 今日は食事をしないものとばかり思っていた。ここから先は店のお客さんとしての対応をしなければならない。その上で昨夜の感謝を体現しなければならない。オレにできる事で冬木真冬の得になるような事、それを考えた上で伝票にはつけないことにした。


 この場合、一度は嘘でもお金を払うと謙遜すべき所だ。しかし、冬木真冬は違った。


「えっ、良いんですか?やった、ラッキー。ありがとうございます。」


 彼女が凄く素直な性格をしている事がわかった。


 オレは吐いた唾を飲み込むような粋ではない生き方はしない。


 すぐにベーコンと玉ねぎの旨味が溶け出したトマトソースを作り、スパゲッティーニを絡めた。それを皿に盛り込んで冬木真冬に提供する。


「わぁ、美味しそう。」


 冬木真冬が声を上げた。しかし、アマトリチャーナの見た目は普通のトマトソース。ベーコンと玉ねぎが入っているからって特別感なんて微塵も感じない。


 冬木真冬はソースが絡んだスパゲッティーニをフォークに巻きつけて口に運んだ。美味しさのあまり声にならない声を上げた。歓喜の声だと思う。その気持ちを理解できなくもない。


「オレも好きなんですよ、このソース。」


 幸せオーラ全開な冬木真冬を見て思わず口元が緩んだ。


 店によって作り方が多少違う。この店ではパンチェッタの代わりにベーコンを使用しているし、仕上げにかけるチーズだって山羊の物ではない。その上でこだわりと言うか、唐辛子とニンニクを入れたトマトソースにしている。定義としては・・・まぁ、いろいろ、調べればトマトを使わないものだってあるようだ。伝統料理だからって形が決まっている訳ではないらしい。


「そういえば・・・。」


 パスタを食べる冬木真冬を横目に、オレは自分の仕事を進める。ふと聞いておかなければならない事があったのを思い出した。昨夜自衛のために用いた白いナイフの事だ。オレの手には今でも感覚だけが残っている。また願えばいつでも生成できるのかもしれない。


「ほぇ?」


 オレの視線に気付いた冬木真冬がフォークを口に入れた状態で止まった。彼女の頭の上にクエッションが見える。普段大人っぽい印象を受ける彼女も、この時だけは幼子のように見えた。


 そんな冬木真冬の姿を見ては質問する気が失せてしまった。


「いえ、なんでもないです。引き続き食事を楽しんでください。」


 そう言って視線を手元に戻して途中だった玉ねぎのスライスを再開した。


 せっかく食事を楽しんでいるのだから邪魔してしまうのは料理人として粋じゃない。自分が作った料理を食べて幸せそうにしているのを見ると、邪魔したくないと思うのはオレだけではないと思う。



 その後はお客様の来店と共にオレの仕事が増えていった。それにお伴い伝票が並んでいく。ありがたい事ではあるが、冬木真冬と悠長に話をしている場合ではなくなってしまった。


 冬木真冬は店内の様子を見て何を察したようで、食事を終えて早々に退店してしまった。無駄に気を使わせてしまった。


 彼女にはもう少し聞きたい事があったのだけれど仕方がないと割り切って諦めるしかあるまい。数日もすればまた来店してくれるだろうし、続きはその時にでも聞けばいいさ。


 今は営業に集中して並んだ伝票を消化しなくてはならない。


 案の定テーブル席は満席になった。遅い時間にしては珍しく年輩の女性が多く、注文もそこそこに談笑している。食事のお客さんが大半ではあるけれど、カフェ利用の方々もそこそこ居る。伝票の枚数は多いけれど、集計してみると同じ商品が多い。実に料理を作りやすい内容だった。


 店内は和やかな雰囲気のまま時間が経過していく。注文が入らないのならばそれはそれ、今できる仕事を進めておくべきだ。


 それから数十分、ものの見事に追加や新規の注文が入る事はなかった。仕込みに集中できるようにとエリが気を効かせてくれた・・・それは考えすぎか。コーヒーの注文はチラホラ受けていたようだが、エリが一人でも対応できる数でしかなかった。お陰様で仕事が捗ったと申しますか。


「これでよし。」


 今日やっても良い仕事を終わらせる事ができた。


 相変わらずテーブル席は満席だがカウンターには誰も座っていない。度々カウンターにもお客さんが座っていたけれど、先述の通りコーヒーのみの注文でエリが対応していた。


「あっ、終わったんですね。仕込み。」


 そう言ったエリはカウンター内に居た。ようやく話し相手ができた、そう言わんばかりの笑顔を向けてくる。なんとなくエリも手持ち無沙汰なんだろう。


「今日はこれ以上は見込み込めないかな。」


「注文も多くなかったから数字的にさみしい感じですね。あーあ、このままだとこのお店潰れちゃうな。」


 エリがクツクツと笑う。彼女のジョークは少しブラックが混じっている。


「おいおい、縁起でもない事を言わんでくれ。今日ただめだったって話だろ。明日頑張ればいいさ。」


 前向きな言葉を吐いたはいいが、店主としては不安な気持ちでいっぱいだ。まぁ、一月は長い。トータルで目標に到達していれば問題はない。


 その後すぐ、エリは会計のためにレジへ向かった。話し相手を失ったオレは冷蔵庫の整理を始めた。


「すいません。」


 不意にかけられる声があった。顔を上げて声の方へ目を向けた。

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