第4話
「それじゃあ、大久保にコーヒーを提供したら飯作るね。」
ドリッパーから液体が落ちきると、豆が入ったフィルターを外してゴミ箱へ捨てた。
「あっ、大久保さんへは私が出しておきます。」
「いいよ、オレが・・・。」
「早くパスタ作ってください。生ハムとプチトマトの奴が良いです。」
言葉を遮られて作業まで取られたオレはエリの賄を準備するしかなくなった。図々しいというか、賄の内容まで指定してくる始末。
今日のランチのパスタだし、エリの頼みならば作ってあげなくもないけれどね。
フライパンにニンニクと唐辛子とオリーブオイルを入れて火にかけた。すでにスパゲティーニはお湯の中に入っており、タイマーが湯で上がりまでのカウントダウンをしていた。
オレの後ろから時折笑い声が聞こえた。大久保とエリが談笑している。エリが大久保の事をどう思っているのかは分からない。けれど、普段女っ気が全く無い大久保が普通に会話できる数少ない女性である事は間違いない。エリのコミュニケーション能力が高いってことなのかもしれないけれど。
二人がどんな会話をしているのか、その内容は気にはなるけれど、オレは聞き耳を立てたり二人の間に割って入るような無粋な男ではない。
オレはオレで目の前のパスタソースに集中しようではないか。
すぐにニンニクの周りがふつふつと泡立ち始め、香りが立ち始めた。フライパンを揺すりながらニンニクへさらに火を入れていく。ニンニクの表面がきつね色になったらパスタの茹で汁を入れて色を止める。後は火を落としてプチトマトを入れておく。そこまでソースを作った後はタイマーがゼロになるのを待つだけ。
オレがタイマーの数字を見た時、背後に誰かの気配を感じた。首を回して横目で見ると、エリがオレの背中越しにフライパンの中を見ていた。
「・・・大久保と話さなくて良いのか?」
すぐに返答は無かった。
「なんだか疲れちゃって。」
オレはエリから顔を背けて口元を歪めた。
「すまんな。あれはあれでいい奴なんだ。」
「あ、いえ・・・大久保さんがいい人なのは分かっているんです。分かってはいるんですが・・・。」
なんとも歯切れの悪い言い方だ。だが。エリの気持ちは分からんでもない。大久保を例えるならば、オタクが最も適切な表現だと思う。
まずこれだけは間違いないのだが、オタクの人は自分が専門にしている分野の知識が豊富だ。一般人が知らないような些細な事まで知っているから話をしていると非常に勉強になる。だが、彼等と話をするとその専門分野しか話せない。おまけに頑固な人が多いように思う。この手の人と話しをしていると会話していると言うか、学校や塾の先生とマンツーマンで授業を受けている気分になってくる。
これはあくまでオレの感想だ。
「全部言わなくていいって、分かってるから。」
エリにそう言った時タイマーが鳴った。すぐにタイマーのストップボタンを押して、パスタが入った籠をお湯の中から引き上げた。
「もうすぐできるから、カウンターに座ってなさい。」
はーい、エリが短い返事をする。すぐ後ろにあった気配がすぐに遠ざかっていった。
オレは手早くパスタとソースを合わせて、ヴァージンオリーブオイルを混ぜる。皿に盛り込んで生ハムを乗せて、最後に煮詰めたバルサミコと再度ヴァージンオリーブオイルをかける。ヴァージンオリーブオイルを最後にかけるのとパスタに混ぜ込むのは使用用途が違う。
「はい、できたよ。」
オレはそう言ってパスタを盛り込んだ皿を持ち上げた。エリはカウンターにいるはず。カウンターを右から順になぞるように見た。
まず目に入ったのは大久保の姿。彼はスマホをいじりながらコーヒーを飲んでいた。だが、肝心のエリの姿は大久保の隣には無かった。それから視線を左にスライドさせていく。エリの姿は空席を三つほど挟んだカウンターの端にあった。
エリの前にパスタを置く。ついでにランチの残りのサラダとパンも。オレは含み笑いでエリに言った。
「どんだけ大久保と話したくないんだよ。」
「別に話したくないって事では無いんですが・・・。」
「悪い、少し意地悪な言い方だったな。」
オレはエリの気持ちを察しつつその場を離れた。さて、残りの仕込みを片付けるとするか。食材を出そうと冷蔵庫の取っ手に手を伸ばした。
「なぁ、タム。聞いてくれよ。」
大久保から声がかかった。オレは何も言わずに振り返って大久保を見た。大久保はスマホの画面をオレに向けた。
「どうよ、これ。」
仮面に映っていたのは今大久保がハマっていると言っていたゲームの最終スコア画面だった。大きくハイスコアと書かれていた。
「はいはい、すごいね。」
気のない返事をして冷蔵庫を開いた。
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