第18話

 この世のモノとは思えない、正体不明の影がオレの目の前に。オレに興味を示していないのか、それともいつでも殺せる獲物と判断したのか、黒い影の赤い光は夜空を見上げて動かない。


 どうなるんだオレは、考えれば考える程どんどん深みにハマるオレの思考。それに比例してどんどん大きくなる心臓の音。


 田舎町ではこの時間になると人通りも車の往来は皆無。誰かがこの状況を見て助けてくれるなんてことは無い。そもそも、他人がこの状況を見たところでオレを助ける事なんて不可能だし、助けを求めようにも説明できないだろう。こんな事になるのは理解していたし覚悟もしていたさ。それでも、目の前で事が起こってしまうと人の思考なんて簡単にフリーズしてしまうものだ。オレはそれを現在進行系で体感している。


 今は動いても大丈夫なのか、それとも動かないのが懸命か、下手に動いて黒い影を刺激して攻撃なんてされたくはない。けれど、動かないで殺される事態なんてもっての外だ。この場合は一か八か、どちらを選択するにしても勝算が薄い賭けである。


 緊張で喉が乾くけれど唾を飲み込める程の唾液はでていない。だが、息だけでも飲み込まないことには決心も鈍ってしまいそうだった。


 ゴクリ。思っていたよりも喉が大きな音を立てた。


 赤い光がオレを見る。言うまでもなく再び体が硬直した。目を離せないし瞬きもできない。赤い光がターゲットをオレに定めたように顔であろう部位を近づける。そして、一番近い四肢をオレの真上に持ってきた。


 あっ・・・ヤバい、これは死ぬやつだ。


 そう思った時、真上にある黒い影の四肢が降ってきた。迫るそれは凄くスローに見えたけれど、オレは悲鳴を上げる事も叶わず、走馬灯を見ることも無かった。ただ、動かない体が恨めしく思った。


 オレに戦う力があれば。抗うだけの力がオレにあれば・・・。


 凄く強い意思だった。そう思ったオレの右手に何かを掴んだ感覚があった。それはあくまで感覚で握っても感触は無い。次の瞬間オレは右手に掴んだを、迫りくる黒い影の四肢に突き刺していた。


 反撃を想定していなかったであろう黒い影が飛び退いた。一瞬オレの視界から消える。駐車場の出口を見ると、三つの足で体を支える影の姿。そして、地に着けない一本の足には白いナイフが刺さっていた。



 異形の影は悲鳴を上げる事なく不気味な赤い光をオレに向けている。だが、あの光を向けられているにもかかわらず、オレの体が硬直して動かなくなる事はなかった。命の危機を感じて突き刺したアレが何なのか分からない。ただ、あのナイフがなければ命が無かった。


 頭の中がゴチャゴチャして思考がまとまらない、ただ一つ明確なのは生き残る事が最優先ってことだ。


 黒い影が白いナイフが刺さった腕を振るう動作を見せる。奴の腕の長さでは届かない距離。だが、首筋に冷たいものを感じた。オレの直感が身を低くしろと警告を鳴らしているような。屈んだ瞬間、頭の上を高速で何かが通過した。さっきまでオレの頭があった場所。駐車場を囲むフェンスを破壊したそれは異形の影の腕だった。それはありえない長さだった。


「考えろ。どうすれば良い、考えろ、オレ。」


 仕事中同様に呟いて次の行動を決める。


 とりあえず距離を取るべき、だけど後ずさった分だけ黒い影に距離を詰められる。野生の獣同様、一定の距離を保ったまま逃がしてはくれない。もしも背中を見せたら、その時は一撃で・・・。店内に逃げ込もうにも、奴をどうにかしないと店ごと破壊されかねない。


 異形の影を撃退しようにも白いナイフは手元に無い。状況を整理すると答えは簡単に出てきた、もはや手詰まり。


「・・・まいったね、これは。」


 白いナイフが一本だけあってもなんともならないけれど、十本・・・いや、数十本あればなんとかなるのではないか。そう思った時、再び右手に何かを掴んだ感覚があった。さっきと同じ感覚で同様に感触はない。どうすればベストだろう?そう思った時、異形の影がこちらへ向かってきた。


 避ける、オレにできるのはそれしか・・・いや。


 オレは右手を振った。野球選手の送球に似たフォーム。掴んでいたモノを投げつけた。飛んでいくのは白いナイフ、それは真っ直ぐ飛んで行く、オレの理想を具現化するように。一直線に飛んでいった白いナイフが黒い影に突き刺さった。それでも、迫る黒い影の速度は落ちない。さらに一本、投擲。命中。そして、もう一本、投擲。命中。さらに、もう一本、願えば願った分だけ白いナイフが具現化されていく。十数本は刺さったであろう、しかし異形の影は接近を止めなかった。


 気が付いた時には奴にとって必殺の間合いの中にオレは立っていた。死を予感する。赤い光がオレに向けられた。


 ダメだ。まるで効いていない。奴の撃退はできないらしい。


 しかし、ただでは死にたくなかった。だが、できる事はすでになく、異形の影の動きを見ている事くらいしか・・・それでも、想像だけでもオレは勝って死にたい。千本の白いナイフと、それが全身に刺さる黒い影をイメージした。すると、オレの背後から白いナイフが一斉に飛んでいく。


 オレがイメージしたのは正にこれだった。異形の影の体には千はあろう白いナイフが刺さっていた。


 不意に体から力が抜けていく。地面に膝をつかないと倒れてしまいそうだ。下を向いて大きく深呼吸した。奴は沈黙しただろうか、顔を上げて異形の影に目を向ける。赤い光と目が合う。全身に刺さったはずの白いナイフが消えている。奴はまだ動けるらしい。今度こそオレは死ぬのか・・・オレが居るのはヤツの間合いの中だ。


氷刃ひょうじん霜月しもつき。」


 女性の声が聞こえた。次の瞬間異形の影は氷に覆われ、砕けてしまった。


 異形の影が場所を挟んだ向こうに人の姿。赤い袴と白い着物。その上に白と赤を基調とした外套。巫女だ。そして、彼女の手には薄い青に輝く刀身の刀が握られていた。

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