第56話 『思い』
フィトンチッドの雫の継承後の二人は更に凄かった。ショーレム王とウォーク宰相は崩れ落ちて、互いに慰めあっていたんだ。
やっぱり思い入れが強い人達にとっては、すごい事なんだよなぁ。俺にとってはもはや家みたいなもんだけど。
……それも、帰るたびに色々変わる家だけどさ。
「タクト様、お迎えに上がりました。ショーレム王様をはじめ、宰相ウォーク様はおめでとうございます。ようこそおいで下さいました。ガロ様、リーフ様、バル様、ラドゥ様はおかえりなさいませ」
空港からグリーンロードに向かう扉の前で俺達を待っていたのは、スーパー執事のフォー。
綺麗な所作で扉を開けると、そこは昨日まではなかった駅のホームが出来ていたんだ。
そして一両編成の列車が止まっている。
「あれ?フォー、こんなんいつ出来たんだ?」
「はい、今朝方この様になっておりました。万物様からの贈り物でございます」
「へえ、早速中を見ていいか?」
「勿論でございます。既にリーフ様がショーレム王様の手を取り、中をご観覧中でございますから」
「リーフよ……早すぎだろう……」
俺より先にリーフが入っていたのはちょっと残念だったが、ガロ爺と共に中に入る俺。その後に皆が続いて入ってみると……
両サイドから天井まで覆うガラス窓。天井の中心部分には照明が縦に並び、豪華な車内を明るく照らしている。
車内はラタン仕様の長椅子と大型サイズの一人様椅子があり、さながらリゾート列車のラウンジの様だ。
「これは見事な……」
「ググウ♪」
椅子に座り車内や車内から見える外の景色に目を奪われる王や宰相の近くで、席を案内する遊びをしているリーフ。
ガロ爺も座り心地の良さに「ほっほ」と嬉しそうに声を上げ、バルとラドゥは口を開けたまま周りを見渡している。
俺も座り、フォーがウェルカムドリンクを出している間に、列車が動き出す。どうやら自動運転式らしい。
速度は5km所要時間10分の豪華列車の旅。
それでも日々手が入るグリーンロードの庭園は見応え抜群。車窓にあった優雅な曲を聴きながらの移動は、ゆったりとした時間を与えてくれる。
んー……いいねぇ。家に帰るのに旅気分とは贅沢。
そう思いながら会話を楽しみ、あっという間にエバーグリーンに到着。
俺とガロ爺とリーフはそのまま万様にただいまの挨拶に向かうため、ショーレム王やウォーク宰相やガロ達を誘ったんだけど……
「万物様にご挨拶するために身を清めさせてくれないか?」
「流石にこの姿ではお会いできん」
とウォーク宰相やショーレム王が告げてくる。ついでにバルとラドゥも同じ思いらしい。
そして、そこは万能執事のフォー。
「ご用意しております。まずは当館自慢の大浴場へとお連れ致しましょう。バル様、ラドゥ様はいつも通り個室に準備をしております」
それぞれの要望を把握していたうちのスタッフは、パパッと動き出す。
俺は安心して後を任せ、まずは万様に挨拶をしにルーフバルコニーへと向かう。
「グーグウ♪」
ルーフバルコニーについたリーフは万様に向かって走り、万様の幹に抱きついている。
ガロ爺は「ほっほっほ、元気そうじゃの」と言って自分のロッキングチェアに座って万様を見上げている。
俺も「ただいま」と言って万様に触ると、サワサワと優しい風が俺の周りを包み込む。
リーフが俺を見上げる中、俺は万様に思いを語り出す。
「また、新たな情報がわかったよ、万様。万様が少しずつ俺に伝えてくれるおかげで、俺はゆっくり確実に物事を受け入れられる。
でもさ、ユウヤさんに会える見込みが出てきたよ。人間が[オークスポルト]という毒も持っている事も……。
俺はどう動けばいい……?人間全てが悪いわけじゃないと信じたいけど、竜人の気持ちもわかる。
……万様は何が見えているんだ?まだ俺は全てを知るには早いのかなぁ……?」
万様に手をつきながら、俺は全てを吐き出した。
守り人とは言え、俺が役立っているのか?俺はどう動けばいいのか?先が見えない事も含めて語りかけると、万様がサワサワと風を送り、優しい光が俺を包み込む。
《我が愛する守り人タクト……貴方は私の分身であり、私そのもの。
全てを一人で抱えなくともいいのです。
大丈夫……!貴方の進む道に共に私がいます。
多くの事を知り多くの感情をその目に映して、私に教えて欲しい。
全てを知るには時間が必要です。
貴方は貴方の思いで動いて下さい。
それがきっといい方向へと繋がるでしょう》
……聞こえてきたのはとても温かく優しい声だった。
俺は、その声が万様だという事をすぐには理解できなかった。なぜなら、やっと万様の声が聞く事ができたのだから。
驚きと感動で万様を見上げる俺に、リーフはぎゅっと俺の足を抱きしめ、ガロ爺はただ黙って見守っていてくれた。
俺は万様が語った言葉と共に伝わってきた圧倒的な愛情に、涙を流していたらしい。
「……万様。うん、俺一人じゃないんだね。あるがままに受け入れていってみるよ」
リーフを抱き上げ改めて気持ちの整理がついた俺。涙は笑顔に変わり、万様に今回の出来事を話し出す俺。
そうしていると、フォーが準備の整った四人を連れて入ってきた。
「皆様の準備が整いました」
フォーがスッと横に立つと、正装に着飾ったショーレム王とウォーク宰相、そしてバルとラドゥが入ってくる。
「お初にお目にかかります。万物様にお会いできるこの特権に感謝をし、祈りを捧げる事をお許し下さい」
ショーレム王が一番前に跪き、ついで宰相、バル達が跪く。
《愛しい者たちよ……私の思いと願いを知って下さい》
万様が優しく語りかけ、木の根が王や宰相、バル達に触れると柔らかな光を放つ。
(……万様、毎回こう言ってたんだな)
おそらく王達は、俺が最初に見た種を植える映像と万様の圧倒的な存在感とあふれる思いが伝えられているはず。
初めて知るであろう、万様の満ちあふれる温かさと深い思いやりの心。
「ほっほっほ、いかな王でもこればかりは耐えられんだろうのぅ」
「グウウ♪」
俺達にも伝わってくる優しい思いは、何度経験してもいいものだ。
当然の様に崩れ落ち、感動の涙を流す王と宰相に、優しく寄り添う万様の枝。
バル達も二度目とは言え、未だ感動から意識が戻ってきていない様にみえる。
四人が感動から戻ってきたのは、もうしばらく経ってからだったけど、訪れる時以上に表情が柔らかくなったショーレム王と宰相。
俺の肩にポンと手を置きながら王が語る。
「タクト……連れてきてくれて感謝する……!竜人国の指標が決まった。まずは多くの国民に周知させよう。そして旅を続けるタクト達の支援に、このバルとラドゥをつけよう。
この先の獣人国には先触れを出しておくが、この先人間の領域に入ると、正直戦いは避けられないだろうな……」
穏やかな表情の中に少し悔しさを滲ませるショーレム王と宰相。
……でも俺だって覚悟は決まったんだ。
ショーレム王に手を差し出して俺は笑って宣言する。
「俺は一人じゃないからな。大丈夫だ。むしろ、竜人国をまとめる方が大変だろ?だから互いができる事を出来る範囲でやっていこうぜ」
俺の表情に安心したショーレム王は、笑って同意をしてくれた。
その様子を見守っていた宰相によれば、新たな竜人国の幕開けとか言ってたな。
その周囲では、ラスタ達がルーフバルコニーに設置したスライドにいつの間にか電源が入り、息吹の樹空港に入ってくる多くの獣人達の様子や竜人兵士達が案内する様子、そして万物空港に到着して万様と感動の対面を果たした竜人達の様子が映し出されていた。
ドワーフもアクア人も竜人も獣人も空港の中では、皆立場は同じ。
それが浸透するまではしばらく時間はかかるだろうけど、万様の願いはいつかあたり前の事になるだろうな、と俺は思った。
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