第37話 青の追憶 リーフサイド

 タクト達がようやく答えに気づいた時、王宮にいたリーフは困っていた。


 「グゥー………」


 「お兄様!リードミアキャット様にドレスを着せて見たの!」


 「カレア……リードミアキャット様は嫌がっておられないかい?」


 「そうかしら?こんなに似合ってるのよ?」


 「グゥ……」


 「……やめて差し上げなさい。ほら、リードミアキャット様は私の部屋に戻しなさい」


 「いやっ!お兄様ばっかりずるいもの!私が接待して差し上げるの!」


 「あ!カレア!待ちなさい!」


 王太子の部屋から逃げ出すカレア王女に、ぎゅっと抱かれて逃げ出せないリーフ。


 そもそもこうなったのは、王太子の執務室で丸まって寝ていたリーフを、人間年齢で言えば7歳児に当たるカレア王女が見つけて気に入ってしまったのが運の尽き。


 リーフはおもちゃの着せ替え人形のように遊ばれていて、げんなりしていた。


 ……もとからリーフは此処に来たくなかったのだ。


 そう、グシェール湖の波打ち際で黄昏ていた時、王太子に声をかけられていたのを無視するくらいに。


          ************


 『お初にお目にかかります、リードミアキャット様。私はアクア族王家の者でございます。お迎えに参りました。さあ、我が王宮に参りましょう』


 「………」


 液状化したまま波に偽装したアクア族に挨拶をされたリーフ。リーフはアクア族を知っていた。そして、何故呼ばれているのかもわかっているが……それでも首を横に振るリーフ。


 『何かございましたか……?』


 心配するアクア族には悪いが、リーフは項垂れる。


 リーフの心の中には、葛藤があったのだ。


 大好きなタクトを自分が連れて行かなければならない場所には危険も多い。


 リーフは悲しい思いをするのはもう嫌だったのだ。


 《葉っぱ頭君……》


 そう記憶の中で優しく呼びかけるユウヤが眠る『ブルーメイル』に行くのも、リーフには辛かった。


 行きたくない……


 それがリーフの本音だった。


 ただ黙って首を振るリーフに、『やはり……』と予めリーフの返答がわかっていたらしい声が聞こえ顔をあげると、リーフの後ろ足が波に掴まれていた。


 「グゥウウウー!!」


 リーフの叫びに気付き近づこうとするタクト達。アクア族が扮した波に飲み込まれながら聞こえてきた声は……


 『失礼します、リードミアキャット様。ユウヤ様より無理矢理でも連れて来て欲しいと伝えられております。少し強引になりますがお許しください』


 とても紳士でとても優しくリーフを包み込むものだった。






 ーーーそして気がついたら、リーフは『ブルーメイル』宮殿の一室にいた。


 「……グウ?」


 見慣れない青い壁の豪華な部屋。

 リーフは天蓋付きのフカフカベッドで目を覚ます。


 此処はどこだろう、とぼー……とするリーフ。


 リーフが起き上がったのに気がついたのであろう。ノックと共にドアが開き、知らない人がリーフに近づいてきた。


 「お初にお目にかかります、リードミアキャット様。今代の王族で王太子のジョシュ・ブルーメイルと申します。王よりお迎えの特権を頂きましたが、ユウヤ様の伝言とはいえご無礼をお許し下さい」


 立派な衣装を着た青年がリーフがいるベッドの前で跪き、挨拶と共に許しをリーフに求めてくる。


 リーフはタクトがいつも言っている気持ちがよくわかる気がした。


 ベッドからピョンと飛び降り、トテトテと青年に近づいて青年の頭を前足でポスポス叩く。


 「グウグーグ♪」


 「リードミアキャット様……お許し頂けるのですか……?」


 「グーウ」


 気にしないでという思いが伝わったのだろう。青年は綺麗な笑顔でリーフに感謝を伝え、更にリーフに現在の状況を伝える。


 「王宮に使いが参りました。今代の守り人様とガロ様そしてフォレストドワーフ2名とミニコロボックル一名が、貴方様の後を追い『ブルーメイル』に到着したご様子。……やはり、今代の守り人様も此処までくる手段がお有りだったのですね」


 「グーグッ!グーググウ♪」


 当然っ!という思いで返事をするリーフを微笑ましく見るジョシュは、リーフに抱き上げる許可を申し出る。


 「今、皆様を迎えに部下を送り出しました。王宮に到着するまでの間、私の部屋でお待ち頂けませんか?美味しいお菓子をご用意致しました」


 「グ!グーグ♪」


 お菓子!と喜び両前足をあげて抱きあげを許すと、リーフを優しく抱き上げるジョシュ。


 そして、王太子の部屋に行きお菓子を食べて満足したリーフは、タクト達がくるまで昼寝でもとソファーで丸まっていた所を、突撃して来たカレア王女に捕まり……


 「はい、今度はこれを着て見て下さ〜い」


 「グーグゥ……」


 現在、王女の自室でリーフはまた違うフリフリのドレスを着せられている。


 タクトとお揃いのスーツがお気に入りだったものの、基本服は好まないリーフ。


 みんなが来るまでの辛抱と思っていた時、カレア王女がリーフに話しかけてきた。


 「リードミアキャット様は、此処に来たくなかったって本当?」


 子供だからこそ率直に聞いてくる言葉にリーフはぎょっとする。チラッと周りをみると、大人の付き人達は「姫様……!」と焦っている。


 まあ、仕方ないと思ったリーフ。「グウ」と素直に頷くと、子供ならではの「何で?」が始まった。


 リーフは思った。どうやって伝えよう……と。


 そんなリーフの困惑している様子を気にしない姫様。マイペースに一人で話し出す。


 「みんな待っていたのです。それこそお父様も楽しみにしていたのですよ。……でもね、リードミアキャット様。カレア知ってるのです」


 口に小さな指を当てて「ナイショよ」と言いながら、付き人を一人だけ残して残りのメイド達を下がらせるカレア王女。


 「お父様達にナイショで、カレア、コンパスガイドを触った事があったのです」


 ニコニコと衝撃的な事を言うカレア王女。


 付き人の侍女も「お止めできず申し訳ございません」とリーフに謝ってくるが、リーフには何のことやらさっぱりわからない。


 「あのね、先代の守り人様ユウヤ様って言うのね。とっても優しくて素敵な声の方。そのユウヤ様が言っておられたの。《リードミアキャット様は此処にくるのを躊躇われるでしょう》って。《だから無理にでも連れて来て欲しいのです》って言っておられたのよ?本当にそうだったなんてっ!って思ったらお兄様のお部屋にどうしても行きたくて!」


 「グーグゥ?」


 両手を胸の位置で組み、嬉しそうにリーフに話し続けるカレア王女。


 その伝言で何でテンションが上がっているのかがわからないリーフは、首を傾げて次の言葉を待つ。

 

 「だって、次の言葉が素敵だったの!私、ちゃーんと覚えて来たのよ?記憶力いいんだから!」


 「グーウ?」


 「あのね……


 《そして、葉っぱ頭君に伝えて欲しいのです。君が君を許さなくても、僕が君を許します。君が僕に会いたくなくても、僕が君に会いに行きましょう。君は僕の大切な宝物。かけがえのない唯一の親友なんですから》って!


 ……でもね、この後の言葉は聞けなかったの。何か仕掛けがあったみたい。それに誰かが来たからすぐに逃げ出してきたから……リードミアキャット様?……泣いているの?」


 カレア王女に言われるまで、リーフは自分の瞳から涙が出ている事を気づかなかった。


 涙は過去にユウヤと共に置いて来たのだから。


 「……グッ……グウ……グーグゥゥ……」


 目を開きながら涙を流し続けるリーフの様子に、慌ててリーフを抱き上げるカレア王女。


 リーフは生まれて初めて、嬉しくても涙が出る事を知った。


 あったかくて嬉しくて、でも当時を思い出すとやっぱり切なくて……


 それでもリーフが思いだすのは、ユウヤの穏やかで優しい笑顔。


 いつもニコニコ笑って、リーフのイタズラを許してくれる温かい人柄。


 そして、何度も何度も思い出しては後悔してきた後ろ姿。


 リーフはカレア王女の胸の中で、ユウヤの最後の言葉を思い出していた。


 《必ず!いつかまた会いましょう!》


 ……随分待たせてしまったユウヤに思いを寄せて、いつしかカレア王女の胸で眠っていたリーフ。


 この時、リーフは久しぶりにユウヤが生きていた時の楽しい夢を見ていた

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