第34話 連れ去られたリーフ

 《どうしました?葉っぱ頭君?》

 《今日も元気でいいですねぇ、君は》

 《……今度は何入れたんです?これ?……にがっ!》


 「グウゥ………」


 湖の砂浜で足を伸ばして座り込むリーフ。その背中が哀愁を背負っているように見えるのは、俺の気のせいではないだろう。


 「リーフちゃん、なんか元気ないですね。いつものノリがないですよ?」


 「ラスタ、お前もたまにはああなってみろ」


 「む、チェック!その言葉そっくりそのまま返すからね!ずっと魔導ポッツ調べまくっている人にいわれたくない!」


 「あーそうですか。それに、俺はお前に付き合っている暇ないの。この素晴らしさを讃えた特集組むんだから、邪魔すんな」


 「あ、でもさ。この角度も入れて、全体の構図も入れた?で一個ずつズームしてくの」


 「む……!お前、やっぱセンスあるよな。待てそれなら……」


 黄昏れるリーフの近くで、息の合うフォレストドワーフ同士が画策している姿を見ながら、木に寄りかかってコーヒーを飲む俺。


 俺の肩の上ではエランがリーフの姿を黙って見ている。因みにガロ爺は……


 「ぐごぉぉぉ……」


 俺の隣で呑気に日向ぼっこをして、いつのまにか熟睡していた。


 今、俺達はグシェール湖の湖畔でピクニックという名の作戦会議を開いていたはずだったんだ。


 といってもリーフはここについてからあんな感じだし、ガロ爺はほっほっほとしか言わないし、あの二人は取材始めるし……


 「結局エランだけなんだよなぁ、相談できるの」


 「あまり力になれるとは言えないがな」


 「でも、また万様から謎の宿題がきたからなぁ。一人で考えるより助かるさ」


 そういう俺の手の平には[緑の種]が一つ。


 今朝の胡桃マーケットでこの緑の種が出てきたら、リーフがまた大事そうに俺のもとに持ってきて、コンパスガイドに入れるように言ってきたんだ。


 そして表情されたのはこれ。


 『[緑の種]@#¥%〜-*/#@*=…………

  条件が揃ったところでグロウアップと唱える』


 「そもそも、条件ってなんだよー?そこ見えなきゃ意味ないのに……!」


 「タクト。……今、緑で思いつくのはなんだ?」


 「緑?万様だろう?あと木や草や山、草原、ピーマン、きゅうり、緑茶に野菜……」


 「ぷっ、タクト野菜が重複しているぞ?」


 「後出てこないんだよ。エランは何を思いつく?」


 「俺か?俺も万物様や緑のドームに苔植物、それにミニコロボックルには緑は平穏と調和の意味を持つからな」


 「おおー、真面目な解答が来たな」


 「……もう一つ、緑には毒という意味もある」


 「おいおい、穏やかじゃねえな……!」


 「ああ、そうだ」


 エランもまたそう言って黙ってしまう。こうなると、しばらく俺も空気を読んでそのまま景色を眺める事にする。


 (それにしても……気持ちいい景色なんだよなぁ)


 青空とその空の色を映しキラキラ光る湖面。

 その湖面を揺らす爽やかな風。

 そして……


 「波に引っ張られるリーフって!」


 「グゥウウウー!!」


 「え?何アレ!」


 「リーフ様!」


 「……!あれは!」


  景色をボーっと見ていたら、俺の目に飛び込んで来たのは波に後ろ足を掴まれ引っ張られるリーフの姿。


 慌てて助けようとする俺達が動き出すよりも早く、すっぽりリーフは覆われてしまい、波に連れ去られてしまったんだ。


 俺やラスタやチェックが叫ぶだけの中、エランだけがリーフを連れて行ったのが何か気付いたらしい。


 「みんな!魔導ポッツに乗ってくれ!リーフを追う!」


 エランの気付いた事も気になるが、俺はリーフの事の方が心配で緑の種をコンパスガイドに収納し、急いでガロ爺を起こす。


 「ガロ爺!ガロ爺!起きてくれ!リーフが波に連れていかれちまった!追うぞ!」


 「……ん?なんじゃ?この湖に波じゃと?」


 焦った俺は、呑気に質問してくるガロ爺を引っ張り起こし、急いで魔導ポッツに連れて行く。


 バタバタとラスタとチェックも魔導ポッツに乗ってきたのを確認し、扉を閉めて魔導ポッツを起動させる。


 【エアファスト】と【エアバブル】を唱え、湖の中へと魔導ポッツごとダイブする。


 大きな水音と共に湖の中に入った魔導ポッツから、必死にリーフを探すが姿が見えないというよりも……


 『……見て下さい!あの神秘の湖と言われたグシェール湖が、底に行けば行くほど緑色が濃くなっています!いったい何故⁉︎』


 そう。すぐにリポートを始めたラスタが言うように、入って数メートルは綺麗な水だったのが、底に行くたびにとあっという間に緑色の水に変わって辺りが見えなくなったんだ。


 (くっそ!これじゃリーフを探せねえ!)


 ドンっと運転席を叩き苛立つ俺に、肩にいるエランが声をかけてきた。


 「タクト。大丈夫だ。コンパスガイドの磁針に沿って進んでくれ」


 「エラン⁉︎ リーフの居場所がわかるのか⁉︎」


 「いや……だが、恐らくリーフはその磁針の先にある青の古代都市にいるだろう」


 エランのその予想に「「「は⁉︎」」」と反応する俺とラスタ達。すると、ガロ爺もエランの予想に同意する。


 「そうじゃの。恐らく、以前儂が連れていかれたように仮死状態になってアクア族に運ばれているじゃろう。リーフが無事な事だけは確かじゃろうて」


 「やはりガロ様もリーフを連れ去ったのはアクア族だとお考えなのですね……」


 「エランよ。リーフを連れて行った波の色は、透明じゃったかの?」


 「はい。すぐに湖の色に紛れてしまったのですが、あの不自然な透明さはアクア族が液状化した状態だと思われます」


 エランの言葉に「やはり、そうじゃったか」と髭を撫で始めたガロ爺。


 『なんと言う事でしょう!リーフ様がアクア族に連れ去られたようです!何故リーフ様が連れ去られたのか⁉︎そして本当にアクア族がいるのか⁉︎ 青の古代都市は存在するのか⁉︎ 我ら取材陣も未知の領域へと突入していきます!』


 その様子をしっかり撮影しているラスタとチェックは、意外に冷静だ。しかし、録画が終わると窓の外を心配そうに見る二人の表情には、いつもの笑顔はない。


 (みんな心配してるぞ、リーフ。無事でいろよ)


 「わかった。じゃ、磁針が示す方向へ行くならオートモードにする。俺だってこの真緑の水中じゃどうもできないからな」


 そう言って操作をオートモードにして、運転席を立つ。


 オートモードにした途端スピードが上がったのか、窓の外の緑の景色に線が入る。


 潜水スピードが上がっても、船内の気圧や空気が薄れないのは流石スキルだな、と感心しつつも気持ちはリーフへと向かう。


 それは皆一緒なのだろう。


 ラスタ達は映像の確認に余念はないし、ガロ爺は目を閉じたまま黙って座り、エランは俺の肩から降りて運転席で前を見つめている。


 少し落ち着こう、と思って後ろのドリンクバーに向かい、コーヒーのボタンを押しながらもやはりリーフの顔がよぎる。


 (リーフ……やっぱりお前の選択は確かだな。飲み物があるだけで、少し気持ちが落ち着く……)


 コーヒーを飲みながらリーフとのやりとりを思い出し、ふっと笑う俺に、エランからの声がかかる。


 「タクトっ!水の色が薄くなってきたぞ!」


 エランの声に運転席に戻る俺とガロ爺。ラスタ達は既に撮影に入っていた。そして、前方がだんだん緑から透明に変わってきた時……


 『……⁉︎ 見て下さい……!景色が一変しました!ここは本当に、湖の中なのでしょうか……?』


 ラスタが驚きながらも声をあげる中、俺は開いた口が塞がらなかった。


 そこは、緑の苔が絨毯のように敷き詰められ、大きな海藻が木のようにどっしりと茎を伸ばし根を張る、湖底の樹海という表現が当てはまる場所だった。


 「湖底なのに光があるぞ……?」


 ボソっとカメラを回しながら呟くチェック。


 そう、ここが海面近くのような日の光が筋のように前を照らし、とても幻想的な風景となっていたんだ。


 そしてゆっくり進む魔導ポッツが海藻の樹海を抜けたると……


 見えてきたのは見事な城壁に囲まれた、蒼い建物一色の大きな街。


 城壁の周りは透明な丸い壁で囲われいて、その街の中に水はないように見える。


 すると、丁度リーフが何かに包まれてその透明な壁を通り抜けると、囲いの中に現れたのは青い短髪の軍服のような服を着た青年。


 その青年がリーフを抱いたまま、街の中に入って行く。


 「おい待て!リーフを返せ!」


 聞こえるはずがないのに叫ぶ俺は、オートモードを解除し手動で街を覆う泡に突撃をかける。


 衝撃が来るかと思いきや、スッと通り抜けた魔導ポッツ。


 スウッと湖底に着地し、急いで外に出ようとすると……


 「待て、タクト!囲まれているぞ!」


 エランが外に出ようとする俺に、静止を呼びかける。


 そして、一瞬の間に沢山の兵士姿の人間に攻囲されていた魔導ポッツ。


 (……コイツら、どこにこんなに隠れていたんだ⁉︎)

 

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