第40話 青の回想

  『僕は、ユウヤであってユウヤではありません。……僕の本当の名は[ベース・プレート]。初代守り人ユウヤのスキルです』


 『スキルが意思を持つのか……?』


 『僕のスキルに所有者の擬似AIを生み出す【スペアベース】があります。ユウヤはそれを使って僕を生み出しました』


 『もはや驚いていられないな……!だけど何でユウヤ君はこの状態になっているんだ?』


 『それはこのまま見てて下さい』


     ーーーーーーーー



 「ユウヤっ」


 「グッ……ハァッ……ビング……さん。ごめん……油断しちゃいました」


 枯れ木に寄りかかり辛そうに息を吐くユウヤくんに、耳の青い青年が心配そうに近づく。


 (あ、ビングって人アクア人だ)


 「まさか奴らがユウヤを狙って毒を盛ってくるとは思わなかった……それもトゥルースを使うなんて……!」


 「……多分、理由があったんですよ……ハァ……グッ!」


 話しながら口を抑えるユウヤ君の手からは血が流れてきていた。それを見てユウヤを抱えるビング。


 「ユウヤ……!そうだ!リードミアキャット様は……⁉︎リードミアキャット様だったら万物様の実からとったエキスを持ってる!それなら……!」


 すると……枯れた木のうろに隠れていた当時のリーフが心配そうに顔を出す。そしてすぐに顔を引っ込めて泣きながらリーフは大きな種と実を抱き抱えていた。


 「(グウウ……!グウ……!)」


 当時のリーフが苦悩しているのが側から見た俺でもわかった。ギッチリ種と実を抱きしめている反面、ユウヤ君のいる方向を見てポロポロ大粒の涙を流していたんだ。


 「ユウヤ、待ってろ!リードミアキャット様を探してくる!必ず連れて来るからな!」


 「ハァ、ハァ……ビングさん……!」


 そんなリーフのすぐ近くで、液状化して地面に溶け込んで消えて行ったビング。


 その様子にハァッ!と息を荒く吐いたユウヤ君。目を閉じて枯れ木に寄りかかり、周りの様子を見るユウヤ君は、とても寂しそうに呟きだす。


 「何でこうなったんでしょうね……あんなに上手く行っていたのに……」


 悲しむユウヤ君の目には、戦い合う人間と獣人に、ユウヤ君を守るアクア族、遠ざかるコラルド人達を守る銀色の壁と目の前で倒れている友人だったコラルド人の姿があった。


 そして目を閉じて、枯れ木に身体を預けたユウヤ君が問いかける。


 「……葉っぱ頭君。そこにいますね……?」


 木のうろに隠れていたリーフはビクッとするが返事はしない。それでもユウヤ君は言葉を続ける。


 「僕の作った【ベースプレート】空間を僕から切り離します。そこに逃げて下さい。いいですね……そこに必ず僕の代わりの守り人が現れます……グッ!……はぁ……その守り人から力をもらって、万物の樹の本体を……育てて下さい……」


 「……⁉︎」


 リーフはうろの中で、木の向こう側のユウヤ君のいる方向に身体を向ける。リーフの目から溢れる涙が、リーフの腕の中にある種と実にポタポタ落ちていく。


 そして苦しそうに話すユウヤ君はそのまま「【メインベースプレート】」と呟く。


 すると、俺がよく見る門が出てきたんだ。リーフサイズだったけど。


 (……あの万様エリアって、ユウヤ君のスキルで作られたのか⁉︎)


 門を見て驚く俺をよそに、目の前では物事が進んでいく。


 「さあ、……行って下さい。……僕は大丈夫……っ!」


 ゆっくりゆっくり立ち上がり、リーフに背を向けたまま前を向くユウヤ君。


 その姿は周囲からゲートを隠すかのように、リーフが移動しても見えないようにしているようだった。


 涙を流しながらも覚悟を決めたリーフは、実と種を抱きしめて門に走っていく。


 「必ず!いつかまた会いましょう!」


 走るリーフの後ろ姿に背を向けて、力強く叫ぶユウヤ君。その声に押されるようにリーフが門を潜るとシュンッと門は消えた。


 その途端ガクっと膝をつき血を吐くユウヤ君。血だらけの手を枯れた木に伸ばし、咳で血がでても、それでも優しく木に語りかける。


 「万さん……大丈夫。僕は、一緒に、います、よ……」


 そう言ってユウヤ君は気を失ったように地面に倒れた。


 すると……


 枯れたはずの木から暖かな光が迸り、木とユウヤ君を包み込んでフッと消えたんだ。


 コンパスガイドだけをその場に残してーーー





 ーーーそして俺は白い空間に戻っていた。


 リーフは俺の胸元から顔を上げない。胸元が濡れているから、ずっと泣いていたのだろう。


 スッとユウヤ君の姿の[ベース・プレート]が現れる。


 『その後、戻ってきたピングがコンパスガイドを見つけて保護してくれました。ピングはコンパスガイドの中に僕がいることを知っていた一人です。僕を呼び出し、状況を理解し、すぐさまアクア族全員を連れて青の都市に戻りました』


 『……ユウヤ君がいなくても、青の都市は大丈夫だったんだな』


 『スキルである僕がいましたから……でも僕にはわかっていました。このスキルだけの僕には終わりがある……と。それからは僕はユウヤの振りをして、ユウヤが残したかのように伝言を作成しました』


 『……リーフに向けた言葉もお前が考えたのか?』


 『……いいえ。あれだけはユウヤの本当の言葉です。消える直前までユウヤが思っていた事ですから。僕はリードミアキャット様を気安く『葉っぱ頭君』なんて言えませんからね』


 『そっか……で、ユウヤと先代の万物の樹は何処に行ったのかはわからないのか?』


 『ええ……それを探し出せるのは、本体様が出したコンパスガイドだけです。そしておそらくそこにいく為の鍵は……タクトさん。貴方のスキルにかかっているでしょう』


 『俺のエア・ポートか……!』


 『はい。まだ鍵は揃っていませんが、ユウヤのスキルである僕がこれからは貴方を助けます。僕の存在は消えますが、能力は継承される筈です。………さあ、時間です。現実の世界に戻って下さい。みんなが心配しています』


 スッとユウヤ君の姿の[ベース・プレート]が手を上げると、光る出口が現れた。


 『わざわざ見せてくれてありがとうな』


 軽く感謝をした俺は、未だしがみつくリーフを抱えて出口に歩き出す。





 光の出口に触れ、フッと消えたタクトの姿を見送ったユウヤの姿の[ベース・プレート]は、徐々に足元から泡のように静かに消えていく。


 『……やっとユウヤ、君の側に戻れます……』


 誰に聞かれるわけでもなく、ただ幸せそうに言葉を残してーーー

 




           ***



 ……ウ………グー……グウウ!


 なんか、リーフが騒いでんなぁ……


 ……揺らすなって……もうちょい寝たいんだから……


 「グーウーウーウ!」


 「うわっ!ってリーフ!耳元叫ぶなって!」


 ガバッと起きた俺の目の前には、前足を組んで頬を膨らしているリーフ。


 「グウウグッ!」


 「寝すぎだってさ、タクト」


 いつのまにかエランも枕下にいて俺を見上げている。


 部屋を見ると青い壁と白い大理石の床、キングサイズの天蓋つきベッドの上に俺はいた。


 「ここは……?」


 キョロキョロと周りを見る俺を、それこそタクトだとばかりに笑いエランが教えてくれた。


 「青の宮殿の客室だ。タクト、覚えてないか?コンパスガイドから光が溢れた時、お前とリーフが倒れた事を」


 エランに言われてそういえば……と思い出す俺。


 (確か、緑の種がユウヤ君のコンパスガイドに取り込まれて、俺が唱えた途端に光が溢れて、白い部屋に連れて行かれたんだっけ……)


 「なあ、エラン。あれからどれくらい経ってるんだ?」


 「丸一日だな。リーフは半日くらいで起きたが、タクトが起きなくてなぁ。結構心配されていたんだぞ?」


 「グーウウ」


 エランの言葉に頷くリーフは、もういつもと同じ表情だ。


 (心配いらないか……)


 そう思った俺はリーフの頭を撫でると、リーフがぎゅっと俺に抱きついてくる。完全に元に戻ったわけではなさそうだ。


 そんな俺達を微笑ましくエランが見る中、部屋の外からバタバタバタバタ……!と足音が聞こえてくる。


 バタンッとノックもせずに入って来たのは、やっぱりあの二人。


 「タクト様!」


 「起きましたかっ!」


 部屋の中に飛び込み、更に俺のベッドまで突撃して来たのは、ラスタとチェック。


 「うん、血色良し!脈よし!リーフ様良し!」


 ラスタが俺の身体を調べ確認していく横では、クローゼットを開けて、これとこれとこれと……と服を選んでいくチェック。


 「ほっほっほ、タクトや。起きたかのぅ」


 その後ろからガロ爺がゆったり歩いて来た。そのガロ爺も何やらいつもとは違い正装をしている。


 よくよく見れば、エランもラスタもチェックも正装姿だ。


 「え?何で全員そんな気合いの入った服着てんだ?」


 俺が呑気にそんな質問をしていると、バフッとチェックから洋服を押し付けられたんだ。


 「街はお祭り騒ぎですよ!誰かさんのおかげでね!」


 「そうですよ!丁度式典の日に起きるなんて、流石、タクト様!」


 ラスタからはよくわからない褒め言葉をもらった俺に、ガロ爺が笑いながら教えてくれたのは……


 「今日は新しい街として初めての祭りの日じゃよ。ここは今日から『ルチェ・レーヴェン』として生まれ変わったのじゃ」

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