第41話 タクトの思い

 [ブルーメイル]から[ルチェ・レーヴェン]に変化した街はガヤガヤといつも以上に賑やかな朝を迎えていた。


 街のあちこちで祝祭の為の屋台が準備され、一般家庭の庭ですら解放する住民達の姿が多く見られている。


 そんな街のあちこちからは、こんな声が叫ばれている。


 「ルチェグレープどっかで余ってないか?」


 「ルチェピーチなら、さっきフェイの息子が採りに行ったぞ」


 「あ、ルチェコーンとルチェオニオン今から採りに行くけど、欲しい奴いるかー?」


 「あー悪い、ついでにルチェ野菜適当に持って来てくれ!」


 「こっちはルチェフルーツ各種適当に持ってくるから、欲しい奴は早めに教えてくれ!」


 街中の至るところから聞こえてくる、[ルチェ]が頭につく野菜や果物達。


 この野菜や果物は、湖底都市[ルチェ・レーヴェン]から続く木の根が、湖面で絡み合って出来た不思議な島[ルチェガーデン]の産物。


 [ルチェガーデン]は採ってもすぐに次の実がなるという、無限に野菜や果物が採取可能な島。


 これを理解した時、アクア人達は大歓声を挙げた。


 何しろアクア人であれば[ルチェガーデン]と[ルチェ・レーヴェン]との行き来は楽々。


 液状化さえすれば、あっという間に湖底から湖面まで移動が可能だからである。


 そして感謝の気持ちから、この奇跡の現象を起こした守り人のために、万物の樹の元に届けてもらう為に、朝から精力的に動き出していたのだ。


 そして新たな都市として再出発する式典の時間になると、王宮の庭園には大勢の人が押しかけていた。


 庭園ではステージのような大きな台座の上で、楽器を掲げた男女が時間と共に演奏を始める。


 魔鯨という魔物から作られるハープのような楽器が美しい旋律を奏でる中、その旋律と共に正装したルネード王が住民の前に現れる。


 ルネード王が都市中に響く魔導スピーカーの位置に立つと、音楽が止まり、人々の歓声が湧き上がる。


 スッとルネード王が手を挙げるとピタっと歓声が止み、頷いたルネード王が都市の住民達に語りかける。


 「親愛なる我がアクア族の民よ!今日という喜ばしい日を共に祝える事を心から感謝する!ーーそして、皆に告げよう!我らの[ブルーメイル]としての使命は終わり、今、新たな使命が加わろうとしている事を!」


 ルネード王がバッと両手を挙げたその時ーーー

 

 王宮の上に巨大な三枚の画面が現れた。


 どの方向からも見える画面には、現在ルネード王の姿が映し出されている。そして画面が切り替わり映し出されたのは……


 『はーい!皆さん始めまして!私、フォレスト報道局のリポーターラスタと申します!映像担当は相棒のチェックです!栄えあるこの式典を中継する特権を頂き、ルネード王と皆さんに感謝致します!』


 そう、進行役として本領発揮のラスタとカメラ担当のチェックである。


 因みに何故この二人がこの大掛かりな装置を持っていたのかについては、話は数時間前に遡るーー





 「万様にちょっと顔出したい」


 俺は起きて早々、ベース・プレート扮するユウヤさんが見せた事実を整理したくて【ギア・メインポート】を唱えて門を出す。


 すると、全員が一旦戻る事になり、ついでに一緒にいたジョシュ王太子と護衛のバッカスも万様エリアに行く事になったんだ。


 「いいのでしょうか!まさか万物様にお会いできるなんて!」


 「お……私もいいのですか?」


 急に万様に会う事になった興奮気味のジョシュ王太子と、困惑顔のバッカスに通行許可証は出したけど……


 「んー……二人はとりあえず万物の樹空港ターミナルビルにいてくれ」


 なんとなく、今日は二人を万様に紹介するのは躊躇われて、ラスタとチェックに二人の案内をお願いする事にした俺。


 ……まあ、その短時間であんな準備ができるなんて、フォレスト報道局すげえよなぁ。


 どうやらラスタ達がいなくとも、ヴェル魔導具工房と提携して開発していたらしい。


 ……一体フォレスト報道局は何を目指しているのやら。


 多少呆れながらも感心する俺をよそに、遠くから見た万様に感動し空港に驚いたジョシュ王太子やバッカスは、フォレスト報道局員の案内でリカーショップタクトやギフトショップクイニーの店を時間まで楽しんでいたらしい。


 俺といえば、ガロ爺とエランとリーフを連れて俺の本拠地[エバーグリーン]に戻り、ルーフバルコニーで万様に会っていた。


 「万様……俺、先代の守り人のユウヤさんの事を、少し……知る事が出来たんだ。ユウヤさん、先代の万物の樹の事を万さんって呼んでたみたいだなぁ……なんかネームセンス俺と似てて笑ったよ」


 苦笑しながら万様に話かけている俺の肩にはエランが座り、リーフは俺のもう片方の腕に大人しく抱かれていた。


 ガロ爺は俺の後ろで、愛用しているロッキングチェアに座りながら話を聞いている。


 そんな気を使わない仲間達がいる中で、俺は自分の気持ちを万様に伝える。


 「俺……なんで先代の万物の樹が枯れたか、まだ納得いってないんだ。


 以前だってグリーンドームはあっただろうし、ユウヤさんも強力なスキルがあった。味方も多かっただろうし、万様のように朝露が薬にもなったはずなのに、実をリーフが抱いていた事もわからない。


 ……けどさ、万様。俺、一つ思った事があるんだ。今まで俺と万様が仮契約の状態だったのって、俺の保護のためなんじゃないかって」


 俺がそういうと反応したリーフは俺の顔を見上げ、エランとガロ爺は黙ったまま。


 万様は変わらず暖かい日差しを俺に届け、サワサワと葉を揺らしている。


 「まだ……これは仮定だけど、本契約をすると俺と万様が繋がるって事だろ?そうすると、欲深い奴らに俺が狙われる。ユウヤさんのように……」


 万様は俺の言葉を正解とも不正解とも言わず、ただ清涼で涼しげな風を送り、俺の髪を揺らす。


 「俺さ……正直言って、人と獣人が戦う光景見た時、怖かったんだよなぁ……。何故、互いに『万物様の為に』って言って戦っているのか、それも動機は一緒なのに相手が敵になるのがわからなかった……!」


 俺が言葉に詰まった時、万様が俺を暖かい陽の光で包み込んだ。


 暖かい光に包まれて初めて、俺は自分が怒りを抱いていた事に気付かされる。


 (万様は俺に怒りを持っていて欲しくないんだな……)


 暖かい光に包まれていると、怒りが落ち着き穏やかな気持ちになった俺は、改めて万様を見る。


 「万様は俺に、コンパスガイドに導かれて先代の万物の樹の場所へと行くように言ったよな……


 確かに危険は多い……人間に1番会いにいきたくはないけど、恐らく人間の街も行き先に入っているんだろうな……


 旅の途中で新たな真実が見つかったり、今もまだ戦い続けている理由を知る事になって危険が迫っても、俺は万様の依頼を諦める事はしない……!


 ……だから万様、俺、願ってもいいかなぁ。


 俺も万様の守り人として、ユウヤさんのように最後まで一緒に居たい……!


 そりゃ、力不足かもしれないし、まだまだ関係は浅いかもしれないけどさ。……もう、万様は俺にとってこの世界の唯一の肉親なんだ……!だから……っ!!」


 俺が次の言葉を言おうとした時、足元に強い光が生じたんだ。


 光はすぐに収まり足元にあったのは、通常サイズの胡桃マーケットの胡桃が二つ。但し、一つは胡桃自体が虹色だった。


 リーフはそれを見てピョンッと腕から飛び降り、虹色の胡桃を持って、「グーグ」と言いながら俺の前で胡桃を持ち上げる。


 エランは「タクトにしか開けられないみたいだぞ」と通訳をしながら受け取るように促してきた。


 俺が虹色の胡桃をリーフから受け取り、開けてみるとそこにあったのは一粒の緑色のタブレット。


 そのタブレットの表には、虹色の木が描かれている。俺が指でつまんでじっくりみていると、リーフが俺のズボンを引っ張ってきた。


 「グーググウ」


 「それを飲み込めだそうだ」


 リーフがジェスチャーで俺に伝えるのと同時に通訳をするエラン。


 促されて俺がタブレットを飲み込むと、暖かな光が俺を包み込み……


 これで、俺が守り人として万様と本契約で繋がったんだ。


 詳しくは後で語ろうと思う。何せ今は、ラスタとルネード王との対談が終わったところなんだ。


 『ルネード王様、色々経緯を語って下さりありがとうございました。さて、皆さんここまでの経緯はわかりましたね?ーーーそして!いよいよ新生[ルチェ・レーヴェン]として、更なる飛躍を遂げるセレモニーが始まります!』


 進行役のラスタが手を伸ばした時、大画面にはその手の先に居た俺とリーフが映し出される。


 俺の手の中には、もう一つの胡桃マーケットの胡桃から出てきた虹色の種。


 リーフは俺を見上げて頷き、歩き出す。


 歩き出した俺達の映像と共に、ラスタがリポートで観客を盛り上げる。


 『さあ!皆さん、注目しましょう!ルチェ・レーヴェンの未来を形作る空港ができる瞬間をっ!!!』

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