第58話 コラルド人の思い

 いつもよりざわめくフォレスト空港。


 それもそのはず、今日はコラルド人達がフォレスト空港に到着する日だからな。


 「あ、そこの飾り取れかけてるぞ!」


 「ねー!僕達ここで良いの?」


 「ナミージュの準備も大丈夫か?」


 「今、リハーサル中だ!」


 「5番カメラテスト入ります!」


 なんと町中が総出で彼らを待っている。


 これには以前万様の言葉があった。


《愛しい子達……どうか彼らを許して欲しい。彼らに罪は昔も今もないのだから……》


 これはウーグラフに直接万様が語ったらしい。そう、街を治めるウーグラフに。


 エルダードワーフとしてまだ万様との付き合いが浅いウーグラフは、執務の合間をぬってよくエバーグリーンに来ていたらしい。


 自分が万様に語る事は多くとも、万様から語られ尚且つ頼まれるこの特権。


 ウーグラフは、周りから見てもそれはそれはテンションが高かったらしい。


「フォレスト報道局で特番を組め!街にビラをまけ!全ての住民に知らせ、協力者を募るんだ!!」


 魔導具に特化したフォレストドワーフの街。もはや魔導TVは各家庭に普及され、新たな娯楽として急速に受け入れられていた。


 その魔導TVで、俺達にも徐々に明かされてきた真実をまとめたミニドキュメンタリーが何度も街で、職場で、家庭で流される。

 

 そしてウーグラフのテンションが、住民達にも移って行く。


 「ねえ、もっと喜ばせられないかなぁ?」


 「深緑祭みたいに?」


 「うん!だってずっと苦しかったんでしょう?だったらこれからは僕らの街がついてるよっていえないかなぁ」


 「あ、それ良いね!だって楽しい事はこれからだって一緒に作れるもんね!」


 それでも発端は小さな子供達の声。大人はやはり気持ちの区切りをそうそうつけられず、ただ受け入れるだけでも良いだろうと考えていた。


 この点では、子供達から教えられた住民達。


 大人の感情はそうそう拭えない。

 それでもいい。

 忘れる努力をしていけば……



 ーーーー彼らには忘れられる権利があるのだから。




 そう大人達が受け入れてからが早かった。


 報道局は取材班を組み、歓迎のVTRを作り出す。


 大人達は街をあげて屋台を準備し、子供達はウェルカムボードを制作し、歓迎の歌を準備する。


 そしてフォレストドワーフの歌姫も立ち上がる。


 バックコーラス隊に、フォレストハープ演奏者が歌姫をさらに引き立てる。


 それにアクア人が参加に手をあげてからは、ルネード王も助力を惜しまなかった。


 残念ながらショーレム王率いる竜人国は見守るだけだが、既に魔導TVは要人達が持ち帰っている。


 竜人国はその様子を逐一見て、判断を下す機会は開かれている。


 そう、フォレスト空港にコラルド人が入れさえすれば…ーーー




       ***




 ーーコラルド人族長の息子ドックsideーー


 ……フォレストドワーフの街まで後もう少しか……


 「ザイル!今回の土産は大丈夫か?」


 「当たり前だ、ドック!何度も精査しているし、道中何度も確かめている!っていうか何度目だよ、ドック!」


 「悪い、つい気になってな。……トルク!親父の様子はどうだ?」


 「今のところ具合は悪くなっていない!だが、少し休憩を挟んだ方が良いだろう!」


 「わかった。皆、聞いたか!目的地までもう少しだが、一旦休憩に入る!」


 俺の声におお!と返事をする総勢30名のコラルド人。今回の同行者には気を遣った。何せ前回が前回だけに……


「トルク、プレーゴの方はどうだ?」


「大人しくしているさ。元々奴は大人しい男だからな」


「そうだな。だが、プレーゴを陥れた女が捕まらないのは痛いな」


「仕方ないさ。気づいたのが逃亡された後じゃ何にもできん」


 (……我らをまたしても嵌めようとするとは……!!思い出すだけで胸糞悪くなる)


 そうプレーゴを見ながら俺は眉間に皺を寄せる。


 今回の犯人プレーゴは酒作りの名人と呼ばれるコラルド人指折りの職人。フォレストドワーフに売りに行く酒は主にコイツが作っていた。


 前回もコイツの力作と言われて、安心して確認せず持ってきたのが罠となった。


 酒作りに精を出していて女に耐性のなかった奴に、近づいてきた一人の流れの女。


 コイツが元凶だった。


 どうやらプレーゴの隙を見て毒を混入したらしい。


「怪しいと思ってたんだよなぁ。近くの人間の村から来たって言ってたけど、ありゃ絶対フリューゲルから来たんだぜ!」


「トルク、それはまだ確定していない」


「ドック、そうは言っても、フリューゲルは人間至上主義者で、俺達の立場を元々気に食わない態度を示していたじゃねえか!」


「そうだな。だが、万物の樹の存在が明らかになったんだ。俺達コラルド人は“仲介者”だ。例えそれを他の民族が許さないとしても、誇りだけは忘れるな」


「……まあな。悪い、ちょっと熱くなった。水、飲んでくるわ」


「ああ」


 トルクの後ろ姿を見ながら、ため息を一つ吐く。


 (仲介者としての誇り……か……)


 正直、俺自身にも言った様なものだ。仲介者は万物の樹に有用な栄養素を作る発酵スキルが与えられる。


 だが、時折【発酵】と同時に【腐敗】スキルを持つ者が現れる。万物の樹にも影響を及ぼす【腐敗】スキル。


 これは族長家族だけに伝えられている筈だったが、おそらく二千年前に人族に知られてしまったのだろう。


 奴らは事あるごとに我らを取り込もうとする。


 今回もフォレストドワーフからも孤立させて、人間側につかせたかったとすぐ予想は出来た。


 ……だが、おかしいのはなぜ今回はコラルド人を捨てる様な行為に出たのか……?いつも必ずすり寄ってくるのが定石だったのに……


「ドックー!そろそろ族長の容体が安定したぞ!出発可能だ!」


 同行者の青年が親父の様子を伝えてくれる。


 「よし!後少しだ!みんな出発するぞ!」


 俺の声におおお!と声を揃えてそれぞれが持ち場につく。俺達の誇りを取り戻す為にーーー




 そして出発してしばらく……


 「緑のドームが見えたぞー!」


 「フォレストドワーフの街だ!」


 「ん?何だ?あの樹?」


 先を歩く青年達が声をあげた為俺も改めて見てみると、前回には無かった大樹がフォレストドワーフの町を守っているかの様に佇んでいる。


 「あれは……眷属の樹……!」


 「親父?わかるのか?」


 「ドック、よく集中してご覧……。“仲介者”には聞こえる筈だ」


 馬車の中で横になっていた族長である親父が、目を閉じて意識を研ぎ澄ませている。


( ……眷属の樹って言ったよな……?まさか……!)


 俺もまた耳を澄ますと聞こえてきた優しい囁き。


《どうか休んで……貴方達を拒む者達はここには居ない……我らを支える一族よ……》


「親父!声が……!」


「ああ、聞こえた……!おそらく成人している者達は全員聞こえているだろう……!やはり……我らは間違っては居なかった……!」


 涙を流しながら笑う親父の顔がぼやけるくらい、俺もまた涙を流して笑っていた。


 馬車の外でトスカとザイルが俺を呼ぶ声がする。


 (……あいつらも涙声じゃねえか……!)


 思わず腹の底から笑いたくなるのを我慢して、袖で涙を拭い俺は族長代理の顔になる。


「親父、出番までには顔整えておけよ?」


「言われるまでもない……!」




ーーー額の葉の痣は眷属の声をも聞こえる仲介者の印ーー




 長く苦しめられたこの額の痣。


 拭いさりたい、とコラルド人として生まれた誰しもが一度は思ったことがあったこの痣。


 ーーーだが、今この瞬間、俺達全員の中で薄れていた誇りに、はっきりとした光が差した。


  ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

作者より:ここまでが第一部完結となります。書くことはまだいっぱいありますが、一旦完結マークをつけさせて頂きます。再開は今のところ未定です。

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