第30話 『邪魔者』
『ラスタ!ここは撮影禁止だ!』
『どうしてです⁉︎ 私達にだって知る権利はあるはずです!』
『ダメだ!撮影禁止は命令だ!』
『あ!チェック!ザザザザザザザザザ…………!!』
魔導スクリーンはそのラスタの声の後、プツッと映像が途切れ真っ暗になった。おそらく、カメラマンの持つ魔導ビデオカメラが取り押さえられたのだろう。
「悪い!リーフ、エラン!行くぞ!」
人間と判明してざわめく街の住人達の中、俺はリーフとエランを抱えて一人走り出していた。
「タクトっ!行ってどうする気だっ!」
「エラン、俺ずっと考えてたんだ……!人間側の意見も聞きたいって……!安全に聞ける今の状況を逃すと、この先おそらく人間側に接触ができなくなるっ!」
「タクトっ!お前は守り人だぞっ!万物様をまた危険に晒したいのかっ!!」
俺の胸ポケットに避難していたエランからの言葉に、走っていた俺はピタッと止まる。
「エラン?なぜ、人間に会うだけで万様を危険に晒すんだ?しかもまたって言ったな。何だ?何を知ってる?」
「……すまん、感情が先にでてしまった。だが、タクト。済まないが俺はここに置いて行ってくれ。まだ、俺には人間に会うだけの余裕はない」
キッパリと人間を否定し、でもそれ以上は話す気のないエラン。何度か理由を教えてくれるように聞いてみたが、黙ったままのエランの様子に諦めた俺は「話せるようになったら教えてくれ」と伝え、リーフと共にエランを降ろす。
「グーウウ?」
「ああ、すまない大丈夫だ。……タクト、お前はお前の目で判断するといい。俺はリーフと共に先に万物様のエリアに戻っている」
そう言うエランの様子に黙ってうつ伏せになるリーフは、「グーウ」と言って背中にエランを乗せて、ウーグラフの家の応接室に出したままの門に向かって行った。
その後ろ姿に思うところはあるものの、今は人間に接触するのが優先だと思い、再び走り出す。
ターミナルビルまで近づくと、街の入り口に詰め寄って来ていたフォレストドワーフ達を兵士達が止めている姿が見えた。
「駄目だ!今は戻れ!」
「なんでだよ?いつもの酒だろう?酒買って帰らせればいいじゃねえか」
「まあ、タクト様の酒の方が美味いがな」
「そうそう、それに万物様が守ってくれているんだ。大丈夫だろうが?」
「なぁ?」と後ろを振り返り「そうだ、そうだ!」と言う群衆に対して、渋い表情の兵士達。だから大丈夫だろ、と強行突破をしようとする姿に俺も声を出す。
「みんな、待ってくれ!兵士のみんながそう言うには事情がある筈だ!俺が行って確かめてくるから待ってくれないか⁉︎」
声を上げたのが守り人である俺だとわかった途端に、サアッと群衆が左右に避けて目の前に道が出来る。
群衆達の「仕方ないな」と言う反応の中、兵士達は何故かホッとしている。俺が兵士達に近づいていくと、「タクト様ありがとうございます」と感謝をしつつも困惑顔だ。
その表情の理由は、街のターミナル入り口から反対側の外に繋がる入り口近くまで兵士達と歩いていく事で判明した。
「頼む!万物の樹に会わせてくれ!」
「ふざけるな!人間の分際で何をほざくっ!」
「それより何故このドームに入れたんだ!何を隠し持ってる⁉︎」
「持ってない!何も持ってないんだ!見てくれっ!俺達は今は何も持っていないっ!!」
「そうだ!昔とは違う!」
「酒だって入り口から入れなかったのは知っているだろう!」
チケットロビーでは、バンダナをつけた人間の青年達3人が床にうつ伏せの状態で兵士達に取り押さえられている。
話を聞く限りだと、俺より前に酒を売りに来ていた青年達みたいだ。
(アレ?なんで人間が入れて、酒が通らなかったんだ?っていうかそもそもなんでターミナル内に居る?それに……)
「おいおい、ラスタ達までなんで取り押さえられてんだ?」
「ムグー!ムムムムー!」
「ラスタ……」
何故かフォレスト報道局リポーターのラスタが猿轡を噛ませられた状態で脇で兵士達に拘束されている。
カメラマンのチェックは猿轡はされていないが、今も尚「ムムムムー!」と叫び続けるラスタを呆れるように見ている。
人間の方は一先ず未だ険悪なムードの為、俺はとりあえずラスタの方へと足を向ける。
俺を見つけたラスタは、今度は俺に向かって「ムムムムー」と騒ぎ出すが、兵士達に「ラスタ、黙れ!」と抑えられている。
流石に女性にやりすぎだろ、と思った俺は兵士達に声をかける。
「なあ、そこまでしなくともいいんじゃないか?女性なんだし」
「タクト様!……しかし、ラスタのせいでこの状況に陥ったのです!それに……」
「タクト様!私に説明をさせて下さい!」
兵士の説明を遮ったのは、ムムムム言っているラスタの隣のチェック。
チェックの真剣な表情を見た俺は、出来る限り兵士達に話を遮らないようにお願いしてから、チェックに説明を頼んだ。
ーーーあの映像が途切れた後、まだ拘束されていないラスタ達は現場から去るように言われていたが、なんとか原因を究明したいラスタは、リポーター根性で押し問答していると……
「万物の樹だろ⁉︎ この緑のドームが張れるのは万物の樹だけだ!」
「貴様達には関係ない事だ。とっとと、酒を置いて帰れ!」
「待ってくれ!頼む!」
粘る人間達を兵士達が近づけさせまいとする中、隙を見てラスタが人間達に走って近づいて行ったらしい。
「ねえ!貴方達なんでそう思ったんです⁉︎」
「ラスタさん!後にして下さい!」
ラスタの介入によって兵士達の力が緩んだ隙をつき、ダッと走り出した一人の青年。
兵士達はどうせドームに弾かれるだろうと思っていたら、スッと通り抜けてしまった青年に、兵士達は驚愕。
そして青年自身も驚愕して立ち止まっていた所を即座に取り押さえられ、残りの二人も走り出した為取り押さえたそうだ。
「まさかその二人も入って来れるとは思わず、兵士達に動揺が走っていた所に、タクト様が到着なさいました。因みにラスタの猿轡は、自業自得なのでお気になさらず」
仲間のチェックの言葉に、驚きの表情を浮かべてムムムというラスタ。「とにかく色々聞きたがってうるさいんです」と横にいる兵士さんからも、ウザがられていたのはなんとなく納得。
となると……
「なあ、取り込んでいる所悪いけど、俺にも質問させてくれないか?」
緊迫した場面に、のんびりした俺の言葉が響く。
「タクト様! 貴方様が出てくる必要はありません!」
なんとか俺を引き留めようとするフォレストドワーフ達に、
「……人間?何故フォレストドワーフ達の所に人間が……?」
俺の登場に困惑している青年達。その中、構わず進み最初に入って来た青年の前に膝をつく。
「なあ、あんた達どこから来た?」
「俺達に聞く前にお前から話せっ!」
反抗的な態度に「お前!守り人であるタクト様になんて口の聞き方だ!」と兵士達が更に拘束を強くする。
「あ、悪い悪い。俺、一応万物の樹の守り人をやっているタクトっていうんだわ。ちょっと用があって、人間の街にも行く可能性があるからさ。人間の街がどんな街なのか知っておきたくてな」
一応明るい口調で行ったつもりが、俺が守り人と知ると青年は態度を一変させる。
「え!……守り人様⁉︎……た、頼む!守り人様の前でこんな格好で話しをしたくない!俺達は抵抗しない!逃げもしない!拘束を解いてくれないか⁉︎」
青年は兵士達に一生懸命願い出るが「なにをするかわからん人間を離せるか!」と押し問答が始まる。
そんな中、緊張感が漂う現場にそぐわない、いつもの呑気な笑い声が聞こえて来た。
「ほっほっほ、こりゃ珍しい。コラルド人かの?」
「ああ、珍しく酒を作っているからな。それで今まで取引していたんだが……」
「ガロ爺にウーグラフもきたのか」
俺の後ろから遅れて登場したのは、ガロ爺とウーグラフ。更に、後ろから息を切らせて走ってくるジュード。
「はあっ、はあ……!全く!馬車を用意するまで待つように言っておったのに……!」
「普通に移動した方が早いんじゃて」
「付き合わされる俺は、たまったもんじゃないがな……!」
ガロ爺とウーグラフはそのまま移動して来たらしい。ジュードといえば「もっと立場を理解して貰いたいもんじゃ……」とがっくり項垂れている。
それより気になった単語を俺はガロ爺に聞いてみた。
「ガロ爺、コラルド人ってなんだ?」
「タクトや。コンパスガイド光っておるぞい」
ほっほっほと言いながら、俺の胸元を指差すガロ爺。俺も気づいてコンパスガイドを開いてみると、青い画面に詳細が映し出されていた。
『《コラルド人》
額に小さな葉の痣が浮かび上がる人族。【発酵】スキル持ちが多い種族。二千年以前は万物の樹と人間の架け橋だったが、現在は人族からも獣人サイドからも憎まれる存在。故に広大なルーメリアの森に住む人族。近隣のフォレストドワーフとのみ交易がある』
(ん?これなんか以前の《万物の樹》に関係あるのか?)
俺が疑問に思っている時、同じようにガロ爺をみていたコラルド人の青年。
「……ガロ爺?……ガロ……?っ! 魔法銀のガロ⁉︎」
「生きた歴史の立会い人……か⁉︎」
「っ、我ら祖先の恩人……⁉︎」
どうやらガロ爺を知っているらしい、ガロ爺本人は呑気に「昔のことじゃて」と笑っている。
……うん。この件はガロ爺に吐かせよう。そんで、ラスタ達の拘束をいい加減解いてやるか。
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