第31話 ガロ爺の思い

 「っはぁー、やっと話せる!何よ、チェック!自業自得って」


 「……お前、自覚しろよ」


 「何よ!私だって空気は読むわよ?」


 「なら、今読め」


 「え?あら……?」


 ラスタとチェックの様子に苦笑いしているウーグラフに、ほっほっほと呑気なガロ爺。ジュードは頭を抱え、俺はラスタらしいと、一安心。


 だけど俺達を囲む兵士達は、ものものしい雰囲気を醸し出したままコラルド人3人を囲い、コラルド人3人はすっかり静かになり緊張しているのかビシっと姿勢を正して立っている。


 「まあ、ラスタもチェックも座ってくれよ。ただチェックは、カメラを回して録画だけしてくれるか?」


 「え!いいのですか⁉︎」

 

 「ああ、ちょっと思うところがあってな。だけど、ラスタは黙っててくれよ?」


 「はいっ!努力します!」


 (いやいや、そこは分かりましたが聞きたかった……)


 少し不安になるもラスタを出来る限り止めるようにチェックにお願いし、俺はコラルド人に向き合う。


 「なあ、あんたらも見なよ。ここ、綺麗だろう?万様が張り切って作ってくれた屋上庭園。まだフォレストドワーフ達以外で見た事ある奴らはいないんだぜ?」


 緊張を解く為にガラス越しに見える屋上庭園を話題にした俺達がいるのは、フォレスト空港三階の会議室だ。


 ーーーあの後、流石に外の様子がザワザワしすぎて来た為、場所を移動する事を提案した俺。


 ウーグラフやガロ爺の許可もあって、渋々だけど兵士達もコラルド人3人を三階の会議室に連行してくれたんだ。


 まあ、その中でもウケるのが、うるさいからってここにくるまで猿轡をしたままだったラスタ。実際、移動中猿轡をしていてもムームムとラスタがうるさかったのには笑ったよ。


 まあ、俺ですら三階はまだそんなに来たことなかったから興味深いけどさ。なんたって三階は主に事務所やスタッフルームだからな。


 それでも、屋上庭園は誰でも来れるように作られているから、この会議室のガラスはマジックミラーのような作りをしている。


 一般公開は先にしていた為、この屋上庭園も街の住民達のお気に入りになり、普段は人は絶えないが今は花々だけが静かに咲き誇っている。


 そんな屋上庭園を目を細めてみている青年達。その姿を見ながら、俺はガロ爺に顔を向ける。


 「さて、まずは……ガロ爺。コラルド人について知っている事、全部吐いてもらおうか?」


 「なんじゃい。儂から聞かんでも本人達がおるじゃろ?」


 「いや、ガロ爺に聞きたいのは、当事者側の事だ。ガロ爺は以前コラルド人を助けたんだろう?恩人って呼ばれるくらいだ、接点を忘れたとは言わせねえぞ?」


 「ほっほっほ、先に言われてしもうたわい。……まあ、簡単に言うと、コヤツらの種族の一人が、以前の万物に《毒》を盛ったんじゃ。で、怒り狂った人間達や獣人達に種族ごと絶やされそうになったのを助けただけじゃよ」


 「いやいや!だけって言う割には内容濃いから!サラっと言い過ぎだろ!」


 「真相はそんなもんじゃ。それに噂や尾鰭がついて今じゃ違うように伝わっておるじゃろ?のう?コラルド人よ」


 ガロ爺から視線を向けられたコラルド人達の様子をみると、確かに3人共驚いた表情をしていた。


 「えーと……、真ん中の赤いバンダナの人。そうそう、あんた。なんで驚いているか教えてくれるか?」


 俺は、1番先に緑のドームを潜り抜けたという、赤バンダナの青年を指名する。体格いいし、この3人の中でリーダーっぽい感じがしたからな。


 「……俺達が伝え聞いていたのは、人間が《万物の樹》に毒を盛り、その責任を俺達に押し付けたという話です。……俺達の祖先が持っていたのは栄養剤って聞かされていたのに……まさか、俺達の先祖が直接関わっているなんて……⁉︎」


 グッと手握り未だ信じられないと言う表情で俯いてしまった赤バンダナの青年。他の二人も「信じられない」「なぜそんなことを……!」と驚愕の表情をしている。


 その一方で、兵士達やラスタ達もまた驚いている。


 「なあ、ラスタ。ラスタ達はなんで驚いているんだ?」


 「あ!今は話していいんですね!私達フォレストドワーフには、一切ガロ様は教えてくださらなかったんですよ⁉︎なんで、そんな重要な事教えてくださらなかったんです⁉︎」


 教えて下さいと問い詰めようとするラスタをチェックが止めているが、兵士達の眼差しも全員ガロ爺に向いている。


 これには苦笑いしながらも、いつもの調子で笑い出したガロ爺。


 「ほっほっほ。物事には話す時があるって事じゃ。じゃがのぅ、出来れば……この事で心を頑なにしてほしくなかったんじゃよ。自分達の目で今のコラルド人を確かめて欲しかったんじゃ」


 少し、寂しそうに言うガロ爺。


 「……それ、エランも言ってたな。なあ、ガロ爺。もっと詳しく教えてくれよ。以前の《万物の樹》に本当は何があったか」


 皆も俺と同じ意見だったのか、ガロ爺に全員の視線が集まる。


 「ほっほっほ。……嫌じゃ」


 ガロ爺の答えに周囲からガタタタっと音がする。思わず俺も「オイ!」とガロ爺に掴みかかってしまった。


 「ほっほっほ。皆、若いの。タクトよ、答えはコンパスガイドが導いてくれるじゃろ」


 「いや、そうだとしても!先に情報があった方がいいんじゃないか?」


 「ならばのう……そこな赤い布のコラルド人の青年。名をなんという?」


 「は、はい。コラルド族長の息子のドックと言います!」


 「そうか、ドッグよ。お主、万物の樹にあって何を言うつもりだったのじゃ?」


 「それは……!……我らが罪がない事を証してもらおうと思ってました。しかし、我が祖先の一人が罪を犯したのであれば、もはやお会いする事すらおこがましい……!」


 「ふむ。では、そうじゃのぅ。……この中で比較的若いのはラスタかの?ラスタよ、コラルド人の一人がこういっておるが、お主はどう思うのじゃ?」


 ガロ爺のご指名に待ってました!という勢いで話し出すラスタ。


 「私、ずっと思ってたんですけど、それって今でも悪いんですか?だって、貴方達が何かした訳じゃないですよね」


 ラスタの言葉に「確かに」と俺は頷くも、コラルド人もフォレストドワーフ側もハッとした表情になる。


 更にラスタの言い分は続く。


 「頭っからその他の情報を否定しているから、正しい事が伝わらないんじゃないですか?」


 ずけずけと踏み込んで来るラスタに、コラルド人側もドワーフ側も少し勘に触ったらしい。


 「お前に何がわかる!」「ラスタ!お前は若いからだ!」「俺達が間違っているとでも言うのか⁉︎」ザワザワとラスタに向かって騒ぎ出す双方。


 俺は、ラスタの意見に全く同意だった為、仲裁に入ろうとしたところ、ほっほっほとガロ爺の笑い声が間に入って来た。


 「いいのう、ラスタよ。やはり種族に染まっておらんという事は、考えが柔軟で良い」


 ラスタの頭を撫でながら、部屋にいる全員に問いかけるガロ爺。


 「皆、考えてみるんじゃ。儂らの言葉次第で次世代はいかようにも育つということをのぉ。感情に流されずに、今の一人一人を見てみるんじゃ。……そこな、兵士よ。万物の樹にもあった事のないこのコラルド人の青年が万物に何か罪を犯したかのぅ?」


 急にガロ爺に指されたフォレストドワーフの兵士は、口を結んで黙ってしまい、答えられない様子だ。


 その様子を見て「ふむ」と頷いたガロ爺。今度はコラルド人の青のバンダナの青年を指差し質問する。


 「そこな青年よ。お主はフォレストドワーフや獣人だからという理由だけで憎まねばならぬと思うかの?」


 「……!……俺達は、長い間苦労してきたんです!簡単に考えは変わりませんっ!」


 「ふむ。ならばラスタはどうじゃ?お主達にも平等に対応し、真実を知ろうとする者もフォレストドワーフだからという理由で憎まねばならぬのかの?」


 「それは……‼︎」


 言葉に詰まる青年の様子に「ふむ」と言いながら髭を撫でるガロ爺。


 「儂はのう……悲しいのじゃよ。何故、何もしていないもの同士が憎まねばならんのじゃ?……それがどうしても儂を苦しめる。儂らが憎めといっていたと言われているようでの……」


 そう寂しそうにいうガロ爺は「おっと、喋りすぎたわい」といって俺を見る。


 「タクト、お前の立場からの意見はどうじゃ?」


 うっ、ここで俺に振るのかとちょっと思いながらも、俺はなんとなくガロ爺が願っているのがわかった気がした。


 ガロ爺は昔を知っている。それは《万物の樹》が枯れる前の人々の生活も知っているという事だよなぁ……


 (ガロ爺……以前のようにとは言わなくても、全ての種族が争わずに住む事を願っているのか……!だから……)


 「ガロ爺は、俺達に先入観で物事を見ないようにして欲しいって思っているんだろ?でも、コラルド人が俺の前に現れたから一つ情報を出してくれたんだ。違うか?」


 「ほっほっほ」


 「なら、俺は元々敵対なんかしたくなかったんだ。それにここにいるって事は、万様がこの3人を受け入れたんだ。俺自身は、3人を歓迎するぜ。……問題を取り除いて来たらな」


 好意的には言ったが、一つ問題は残っている。俺はドックという青年に顔を向けると、青年がハッと気づいたようだ。


 「……本来ならば、酒が通れて俺達が通れなかったって事か……!という事は今回の酒に何か……?ザイル!今回の酒は誰が用意した⁉︎」


 ドックが青いバンダナの青年に問いかけると、ハッと気づいたザイルという青年はボソッと「……おそらくプレーゴだ」と呟く。


 どうやらその人物に、何か思い当たる事があるのかもう一人の青年も顔を顰める。


 そしてスッと俺の前にドックという青年が跪くと、残りの二人も俺の前に跪き、ドックが代表して声を上げる。


 「……大恩人様や守り人様の前で大変失礼しました。そして我らの内部の問題をここまで持って来てしまったことにお詫び致します。今はまだ、我らは万物の樹……万物様に顔を向ける事はできません。しかし、問題が片付いたら今一度伺いに来てもよろしいでしょうか?」


 俺の前で跪く3人の頭上では、「ふざけるな!」と兵士達からの罵声が飛び交うも、その場でコラルド人を擁護したのは意外にもチェックだった。


 「なあ、待ってくれ!……個人の思いはそれぞれだが、万物様やガロ様の思いは理解しただろ!万物様やガロ様の事を思うなら、少し様子を見るくらいはできるんじゃないか⁉︎」


 チェックの言葉に、思うところはあったのだろう。罵声は止まり、「どうする?」と言ったザワザワとした声に変わった兵士達の声。


 更にラスタもまた声を上げる。


 「私、情報を伝える側になって更に思ったのよ!伝える側っていくらでも誤魔化せるって!でもそんなの私のリポーター魂が許さない!私達報道局が真実の情報を伝えていくわ!それから判断したって遅くないでしょ⁉︎」


 今回のラスタの声は無視されず、兵士達に届いたようだ。周囲からは、ザワザワする声さえなくなっていた。


 そして今まで黙っていたウーグラフが声を上げる。


 「コロラド人のドックと言ったか?この酒の件は、問題を解決してから詳しく聞こう。その釈明の機会を二ヶ月後に持とうじゃないか。勿論その際は族長に出て来て貰うがな。……どうだ?出来るか?」


 ウーグラフの言葉に一瞬困った表情をしてドックは、それでもウーグラフの目をはっきり見て宣言した。


 「わかりました……!では、二ヶ月後の緑の月にまたお伺いに参ります」


 後ろから焦った声が聞こえたにも関わらず返事をしたドックに頷いたウーグラフが、兵士達に3人を玄関まで送る指示を出す。


 俺とガロ爺に再度頭を下げた3人が会議室を退室して行った後、ガロ爺に俺はニヤっと笑って確認する。


 「どうだ?ガロ爺。俺の答えは正解だろ?」


 「ほっほっほ、新たな厄介ごとを呼び込んだのを気付かんようじゃ、まだじゃのぅ」


 「は?何を……?」


 「タクト様っ‼︎どうか、旅に私達報道局も同行させて下さいっ‼︎」


 「ラスタ⁉︎」


 ガロ爺に何のことか尋ねようとしたところ、ズザザザザッと勢いよくスライング土下座してきたラスタ。これにはチェックも予想出来なかったらしい。


 立ち上がらせようとするチェックに抵抗し、そのままの体勢でラスタが頼み込んできた。


 「このラスタ!まだリポーター歴は浅いですが、タクト様の旅がこの世界の遺恨を断つものだとリポーター魂が訴えております!是非ともこのチェックと共に同行の許可を!」


 「ええっ⁉︎俺もおおお⁉︎」


 「何よ!チェック!このでっかい山逃す手はないでしょう⁉︎」


 「ていうか、ラスタ!どうせなら最後まで体裁を保て!なに素を出しているんだ‼︎」


 「もうこれはしがみついてでも行かないと駄目よ!そうね、チェック、ヴェルに魔導具頼み込まないといけないわ!旅には準備が必要よね!」


 「だから、止まれラスタ!許可は何処に行った⁉︎」


 「考えてみたら、後ろからコッソリついていけばいいかなって思ったのよ。……ん?それじゃ決定的瞬間が取れないわ。やっぱりタクト様ああああ!」


 「えーと……色々すみません、タクト様。こんなんですけど根は素直な奴なんです。俺からもお願い出来ませんか?」


 またスライディング土下座をするラスタとその横でカメラ回しながら願い出るチェック。


 その様子に、この二人同類だろと思った俺。


 妙な勢いに呑まれた俺は、ただ「あー……うん」としか言いようがなかったんだよなぁ。


 その横でガロ爺は「賑やかになるのう」と呑気に笑い、ウーグラフやジュードが「アレは止められんな」「確かに」と言っていたこの場面。


 録画だと思ってカメラを回していたチェックが、間違って魔導スクリーンに転送されていたのを知るのは、このすぐ後。

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