第45話 温泉会議

 一旦魔導ポッツを停止させて、万物の樹空港でアクア人達の情報を集めること数日。


 その間に俺達は『万物の宿』で英気を養っていたーー


 「絶景かな、絶景かな」


 「ええのう……真昼間からの温泉も」


 「確かに……万物様が一望出来るなんて、贅沢ですね」


 「っかあー!気持ちいい!」


 『万物の宿』自慢の大浴場で、浴槽の縁に頭を乗せて目の前に広がる大パノラマを堪能する俺。


 一段浴槽の床が上がっている場所のジャグジーで、ボコボコ気泡塗れになっているのがガロ爺。


 クーパーとエランは、窓際のミニコロボックルゾーンでゆったり浸かり伸び切っている。


 万物の宿の温泉は種族ごとに快適に入れる仕様なんだ。


 それに、今のこの時間は宿の好意で俺達の貸切。浴室の反響も手伝って会話するには問題ない。


 そんなゆったりとした温泉に入りながらも、頭の中では竜人達の行動がよぎる。


 「……なあ、竜人達の一部がフォレストドワーフの街に向かって出発したって言ってたっけ?」


 「そうっすね。それが昨日みたいっす」


 「ほっほっほ、来るなら手土産持って来て欲しいのぅ」


 「その手土産が争い事なら、即お帰り願いたいですよ」


 俺がチェックからの報告を思い出して口にすると、それに即座に補足するクーパー。ガロ爺はマイペースに手土産の話をすると、エランはふうとため息を吐いている。


 争う事のない日本人だった俺はどうしても違和感を持ち、こう考えてしまう。


 「話合いで終わるって事ないのか?」


 それには即座に首を横に振るクーパー。


 「出発したのが竜人一の武力を持つ御仁っすよね。あれ?エラン。チェックの奴他にも何か言ってなかったっすか?」


 「確か……指揮官は『雷光のバル』だったな。雷スキル持ちだそうだが、魔法銀のガロ様には効かないし、街にはグリーンドームがあるから大丈夫だろって話だが」


 「わしゃ首突っ込まんぞい。ウーグラフに任せるわい」


 エランがガロ爺の名前を出すと、これには嫌そうな顔をして答えるガロ爺を見て、俺もまた自分の立場を考える。


 「あー……確かに。俺も出たらややこしい事になる……か?」


 「タクトはそうっすねぇ。一先ず、待機の予定っすよね」


 「竜人の街にも一旦いくのは中止にしたぐらいだからな」


 クーパーとエランが言うように、俺達の行動は相手の出方次第と言う事になっている。


 (戦いを知らない俺としては、そんな話すら無くなって欲しいものだが……)


 そんな事を考えながら顔をバシャバシャ洗っていると、カラカラ……と入り口が開いた音がして誰かが入って来た。


 「新たな情報が掴めましたよ!」


 「チェック。……どうでもいいが、そのまま入ろうとするなよ?」


 「おっと……!そーでした」


 裸のまま勢いよく俺達のいる浴槽に向かって来たチェックに、駄目だしをする俺。


 温泉を愛する元日本人として、身体を洗わずに入るってのは見逃せないからなぁ。


 そこに「グーグウ♪」とご機嫌に鳴きながらトテトテと遅れて入って来たリーフ。


 チェックのいる洗い場に向かい、リーフはチェックの横にちょこんと座る。


 「それじゃ、リーフ様から洗いましょか」


 「グーウウ♪」


 チェックがリーフのお付きの人のように世話をするのも、今やラスタとリーフのリポート姿が報道局の人気を更に引き上げているからだろう。


 今日もラスタと共に『突撃!本日のターミナル!』を撮って来たリーフ。ご機嫌の様子でチェックに洗って貰って、気持ち良さそうにグーグー鳴いている。


 そんなリーフの身体を洗いながらチェックが俺達に教えてくれたのは、竜人にも穏健派と強硬派と中立派がいると言う事だった。


 「アクア人凄いですよ!影にあれだけ向いている種族はないでしょう!」


 「チェック、待て待て。と言う事は、諜報活動しているアクア人は報道局の者達か?」


 「チッチッチ……!甘いですよ、タクト様。アクア人とはいえ一般人を危険な任務に就かせるわけないじゃないですか!」


 泡をつけたまま人差し指を横に振るチェックに、ちょっとイラッとしつつも話を聞いていくと……


 「は?俺達にも護衛のアクア人がついているって?」


 「なんじゃ?タクトは知らんかったのか?儂んとこには挨拶にきおったぞい。今もいるんじゃぞ?」


 驚く俺になにを今更、と呆れているガロ爺。そんなガロ爺に言われて姿を出したアクア人が二人。


 「タクト様には気付かれるまで黙っていろ、という命令でしたので大変失礼しました」


 「私共はルチェ・レーヴェン遠征部隊出身の私ケルンと同僚のホークでございます。先日、ルワンダ王にタクト様付きに任命を頂きました。他3名程おりますが、現在竜人国ハジャフールに任務に赴いております」


 いきなり大浴場の床から出てきたのは、兵士服を着たアクア人二人。黄色の髪のケルンと焦茶の髪のホークが二人、片膝をついて最敬礼のポーズをとりながら自己紹介をして来た。


 (いや……風呂場にかっちり着込んだ兵士達がいるのって違和感ありすぎ……!と言うか、こちらは裸なんだが……)


 若干引きながらも「二人とも、宜しくな」と言うと、笑顔で「恐れ入ります」と言って任務に戻った二人。


 液状化されると全くわからないだけに、チェックが言うのも納得してしまう俺。


 「ん?じゃ、この5人がチェック達と情報を共有しているのか?」


 「いやいや、5人だけの筈ありませんよ。裏では遠征部隊全員が動いています。……凄い倍率だったらしいですよ?タクト様の専属護衛。だから、この5人は特に腕利きだと思って下さい」


 自慢気に言うチェックに、俺はガロ爺だけでも過剰戦力だと思っていたのに、更に加わったのか……と少し遠い目をしてしまった。


 そんな俺の代わりに本筋を聞いてくれたクーパー。


 「で?具体的に何がわかったっすか?」


 「そうそう!こちらに向かっている『雷光のバル』ことバル団長ですが、穏健派に属しているそうです!戦えば強いですが、基本話が通じる御仁だそうですよ?他種族からも人望の厚い方だと言うことらしいので、そう構える必要はないかも知れません!」


 こちらに関しては願った人物が来たとチェックは喜んで報告していたが、そこは報道局員。


 「とまあ喜んできましたが、穏健派は食わせものが多いですから、最後まで気を抜く事なく周囲を探って行きたいと思っていますけどね」


 そう言って、あくまでも公平な見方で物事を見る報道局の姿勢に、感心した俺。


 まとめると、総勢100名弱の兵士達でフォレストドワーフの街に向かって来ているという。


 指揮官は話ができそうな人とあって、俺は最初からあってもいいんじゃねえ?と顔に出していたら、しっかりチェックに駄目だしされたけどさ。


 そうしていると、綺麗に洗い終わったリーフが俺の横から温泉に入って来た為、俺の膝にのせてじっくり温泉に浸からせる。


 クワァと欠伸をし、何やら眠そうにしているりーフ。


 しばらくすると俺に寄りかかって膝で眠ってしまった。


 そんなリーフを連れて一足先に俺が上がると、ガロ爺も一緒に立ち上がり脱衣場の方に一緒に歩いて来たんだ。


 だから、残ったエランとクーパーがこんな話をしていたとは思わなかった。


 「エラン?その様子だとまだ話していないみたいっすね?」


 「……わかるか?」


 「そりゃ、人型のアクア人見るだけでもビクッとしているんすから、わかるっすよ」


 「悪いな……アクア人とわかっていてもこの様だ。なんとか人間領に入る前になれないとな」


 「まあ、エランの気持ちもわからなくも無いっすよ……だって小さい頃人間に奴隷のようにされていたら、拒否反応出るのは当然っす」


 「……タクトの時は会った瞬間に優しい力がわかったからよかったが、どうもタクト以外は難しくてな」


 「まあ、俺だって下手すればそうだったっすからね……今後タクト達と行動を共にすると、人間領に行く事は決定事項みたいなもんっすから……足でまといにならないようにするしか無いっすね……」


 クーパーの言葉に静かに頷くエラン。


 そして、聞こえてはいたが空気を読んで黙っていたチェックと液状化しながら見守っていたホーク。


 ただ温泉から立ち上がる湯気だけが、それぞれの表情を包み込んでいた。

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