第19話 もう一人のエルダードワーフ
ジュードの指示で向かった先は、湖の麓の大きな屋敷。
そこは芝生の様な緑の中に、黄色い葉や赤い葉が花の様に咲き誇り、ツタがびっしり壁を覆う屋敷。
屋敷の周りはきっちり管理の行き届いた景観のため、庭園を思わせるほど整っていて綺麗だ。
「ほっほっ、ウーグラフもマメじゃの」
「ガロ様が大雑把なんですぞ?フォレストドワーフたるもの、しっかりアロマ苔の管理ぐらいはしないといかん」
「儂、エルダードワーフじゃし」
「ウーグラフ様もエルダードワーフですぞ?……まあ、言っても仕方のないことでしょうなぁ。ガロ様に言い続けてかれこれ100年以上ですからの」
ため息を吐きながら頭を抱えるジュードに、ほっほっほとマイペースなガロ爺。
因みに、アロマ苔の事をエランに聞いたら、水分を多く吸い込み清浄な空気を出すこの土地ならではの苔だそうだ。
(……空気清浄機と除湿機の役割か)
上手くできてるもんだと思いながら、ジュード指定の場所に魔導乗用カートを降ろし、全員で玄関に向かう。
入り口前で止まったジュードが何かをかざすと、自動ドアのように両サイドにシュッと開くドア。
「おお、凄え!」
玄関を入ると、大きな木に模した柱がエントランス中央に聳え俺達を迎える。
「お帰りなさいませ、ガロ様。そして皆様、ようこそいらっしゃいました」
俺達を柱の下で出迎えてくれたのは、執事風の男性ドワーフ。長い髭がリボンできっちり結ばれているのが面白い。
「フォー。ウーグラフ様は今手が空いているか?」
「ご主人様は、現在執務室にて書類整理中でございます。後数分で終わる為、皆様はお隣の応接室にてお待ち下さいますよう仰せ遣っております」
「ほっほっほ、相変わらずウーグラフの奴も真面目じゃの」
「ガロ様の時は苦労しましたからのぅ。ほんに、いつも抜け出されて大変だったんですぞ!」
「ほっほっほ、フォーよ。ウーグラフに見つけたと伝えてみい。飛んでくるじゃろ」
「⁉︎ 畏まりました!では皆様まずはこちらへ」
執事ドワーフがフォーというのだろう。俺達を応接室へと促し、ソファーに座るのを確認すると「少々お待ち下さいませ」と言って綺麗な礼をして部屋を退室して行った。
(凄え立派な応接室だな。テーブルやソファーの細工が見事だわ)
思わず質感を確かめる俺が座っているのは豪華な対面式の3人掛けソファー。
横にも一人掛けソファーが二つあり、最大で8人は座れる事が出来、しかも大きさは俺でもゆったり座れるサイズだ。
俺がソファーや調度品を興味深く観察していると、ノックの音が響きジュードが「入れ」と指示を出す。
すると、メイド服の女性ドワーフがワゴンを押しながら入って来て、俺達の前にお茶とお菓子らしきモノを置いていく。
「エランサイズの物もあるんだな」
「ほっほっほ、ここには様々な種族が訪ねてくるからの。取り揃えておるんじゃて」
「え?街にはなかなか入れないんじゃなかったのか?」
「取引相手は入れるぞい。ミニコロボックルサイズは、最近になって作ったがの」
お茶を飲みながら教えてくれたガロ爺の言葉に驚く俺に、ジュードがフンッと鼻を鳴らしながら教えてくれる。
エランがその話題になった途端に話に加わってくる。
「ジュード様!その最近になって作った理由はクーパーが関わっているのでしょうか⁉︎」
「うむ。あやつは腕のいい料理人故、ここにもよく呼ばれておるからの。確か今は、ピオールの食堂でいるはずじゃ」
「そうでしたか……‼︎無事で良かった……!」
安堵したのかテーブルの上で膝をつくエラン。
丁度その時、バタバタバタッと足音が聞こえて来たと同時にシュッとドアが開き部屋に入って来た一人のドワーフ。
「見つけたって本当か⁉︎」
ドワーフにしては髪も髭も短くきっちりとした服装のドワーフが、ガロ爺の襟首を掴み詰め寄っている。
「ほっほっほ。ウーグラフ、久しぶりの再会なのに挨拶もなしかの?」
「放蕩親父に挨拶なんぞ丁寧にしていられるか!で、何処だ⁉︎何処で見つけた⁉︎」
「ほれ、そこじゃよ」
結構な迫力で詰め寄られていても、マイペースなガロ爺。俺を指差しほっほっほと笑っているが、疑いの目で俺を見る息子の気持ちがよくわかる。
(ガロ爺……もうちょっと説明しろよ。色々情報過多の状態で困惑している俺に何を言えと……⁉︎)
戸惑う俺の様子を見たガロ爺の息子さんは、ため息を一つ吐きガロ爺の襟首を離して1人用ソファーに腰かける。
「客人達の前で失礼した。改めて自己紹介をしよう。私はこの街の代表をしているウーグラフと言う。一応、そこの放蕩親父の息子でエルダードワーフだ。さて、今度は客人達の名前を教えて貰ってもいいだろうか?」
ガロ爺に対峙した時とはまた違う施政者としての顔で、俺達に対応するウーグラフ様。俺とエランは顔を見合わせて、俺から自己紹介をする事にした。
「初めまして、ウーグラフ様。私は商人のタクトと申します」
「御前にお目にかかれて光栄でございます。ミニコロボックル種のエランと申します。同族が既にお世話になっているとの事、深く感謝いたします」
一応立ち上がった俺とテーブルの上で片膝をつき丁寧に挨拶をするエラン。
「そうか……エランと言ったか。やはり、クーパーの知り合いだったのだな。今、使いをやってピオールと共に、こちらに呼び寄せている。この後ゆっくり話をするといいだろう」
「過分のご配慮有り難く存じます」
丁寧な物言いの中で、明らかにホッとした声色で感謝をするエラン。
エランの嬉しそうな表情に頷いたウーグラフ様は、今度は俺を見てニヤッと笑って話しかけてきた。
「さて、問題のタクトと言ったか。其方、商人ではないだろう?」
直球で否定されて、ウッと思わず表情を変えてしまった俺。「あ、その……」とあわあわしていると、ほっほっほと笑ってガロ爺が会話に入って来た。
「ほっほっ、やはりタクトに商人は無理じゃったか」
「当然だ。そんなに隙がありすぎる商人なんぞ、怪しすぎて本来取引相手にもならんわ。で、伝説の魔導銀の使い手様?いい加減説明してもらおうか」
「おお、そうじゃったの。タクトや、門を出してくれんかの?説明するより見せた方がいいじゃろ」
簡単に提案するガロ爺。俺はと言うと、この2人を信頼していいのか少し不安に思いガロ爺を見つめ返してしまった。
「ほっほっほ。タクトよ、心配はいらん。エルダードワーフもフォレストドワーフも万物の樹に忠誠を誓っておるからのぅ」
俺の不安を感じ取ったガロ爺の言葉に俺より先に反応したのは、身を乗り出したウーグラフ様と立ち上がったジュード。
「本当に万物の樹なのか⁉︎」
「待て!商人ではないとな⁉︎しかも万物の樹じゃと⁉︎」
「ほれほれ、タクト。待てないようじゃから、早よせい」
全員の目線が俺に集中し一瞬狼狽えてしまった俺だが、気を取り直して【ギア・メインポート】を唱える。
『《エルダードワーフ》ウーグラフと《フォレストドワーフ》ジュードも秘密基地に招待しますか? はい(MP2000消費)/いいえ(キャンセル)』
いつものように指示が出て来て『はい』をタップすると部屋の中に門が出現する。
「ほっほっほ。ほれほれ、万物の樹に会いたいんじゃろ?」
唖然としているウーグラフ様とジュードの背を叩き、門に歩き出すガロ爺。
その後を急ぎついて行くジュードと手をぎゅっと握り締めたウーグラフ様がついて行き、俺もエランを肩にのせて門を潜ると……
「グーグーウッ‼︎」
俺に向かって飛び付いてきたリーフ。肩によじ登って来たかと思うと「グーグー!グーググー‼︎」と言いながらベシベシ俺の頬叩き出す。
「イテッ、イテーよ、リーフ!なんだかわからんが、悪かったって!」
両手でリーフを掴み俺から離すも、リーフは気持ちが収まらないのか「グーグー‼︎」と言ってベシベシ俺の手を叩き続ける。
「タクト、リーフが置いて行くなって言ってるぞ」
その様子に苦笑いしながら通訳をしてくれたエラン。
「あー、そっかそっか。悪かったって、リーフ。ぐっすり眠っていたお前起こすの可哀想でなぁ。今度は絶対置いていかねえから、許してくれって」
苦笑した俺が謝るも、前足を組み頬を膨らますリーフ。
「わかった!今日はリーフの好きなもん作ってやるから!なんならブラッシングも付ける!」
とりあえず機嫌を取る俺の様子に、リーフは疑うように目を細めて俺を見上げる。
すると、やれやれと言わんばかりのポーズで「グーフー……」と言うリーフにちょっとイラッとしつつも、とりあえずもう片方の肩の上に乗せると機嫌が直ったみたいだ。
「それはリードミアキャットではないか……?しかもそれだけ懐いていると言う事は、もしかして、タクト。……其方が守り人か?」
振り向いて俺とリーフの様子を見ていたウーグラフ様が、驚愕の表情で俺に聞いてくると、その後ろで聞いていたガロ爺があっさり肯定する。
「ん?なんじゃ?儂、言わんかったかの?」
さも言ったかのように言うガロ爺に、フルフル震えたかと思うとガロ爺の襟首を掴み問い詰めるウーグラフ様。
「こっのクソ親父!いい加減惚けるのは止めろってんだ!どうせ俺を揶揄う為に黙っていたんだろうがぁっっ!」
「ほっほっほ、猫を被るのは止めたのかの?ウーグラフ」
「仕方ねえだろうが!素で接すると舐められるって言ったのは親父だろ!……って言うかこんな事してる場合じゃねえ!」
ポイッとガロ爺を投げ離し、俺の前まで来て跪くウーグラフ様。
「守り人タクト様。先程は、大変失礼致しました。我が種族からの全ての非礼の責任は、どうか私一人の命で償っていただけないでしょうか?」
俺が先程とはまるで違うウーグラフ様の言葉に驚いていると、ウーグラフ様の隣に慌てて跪くジュードからも嘆願の声が上がる。
「守り人様!私こそ大変ご無礼を!どうか私めを代わりに処罰して下さいませ!ウーグラフ様は我が種族にとってかけがえのない方でございます!どうか……どうか‼︎」
必死に庇い合う二人の前に、またもやパニックになる俺。
「いやいや、何言ってんですか!二人とも顔を上げて下さいって!俺はそんな大層な人間じゃないですし、気にしないで下さい!って言うか、ガロ爺!笑ってないでなんとかしてくれって!」
俺も膝をついて顔をあげるように願うも、なかなか顔をあげようとしない二人に、横で楽しそうに笑っているガロ爺に助けを求める。
「ほっほっほ、そうじゃのう。二人共、万物の樹に挨拶しなくていいのかの?」
ガロ爺の言葉でハッとした二人は顔を見合わせて、サアッと顔を青くする。
「守り人様、この非礼は後ほど。その前に、万物様にお会いさせて頂けないでしょうか?」
「どうか、私めにもその光栄な機会を頂く事をお許し下さい!」
顔をあげてくれたのはいいけれど、今度は俺に許可を求める二人に俺は更に困惑する。
(万様に会うっていったって、もう既に見えてんのになぁ……って言うか、ガロ爺め。俺が困っているのも楽しんでいるな……!)
「あー、もう!わかりました!わかったから立って下さい!」
もう万様に全部任せようと思って頼み込む俺の言葉に、ようやく立ち上がってくれた二人。
「おお!ありがとうございます!タクト様!」
「なんと寛大な……!」
それでも態度の変わらない二人に、げんなりしながら案内する俺の様子を肩の上で苦笑しながら見ているエラン。
その様子をレインタクシーのカゴの中で、同じく苦笑して見ているマリーと不思議そうな表情のキースとレナ。
ガロ爺は相変わらずほっほっほとマイペースに笑い、俺の肩にいるリーフに至っては当然のように胸を張っている。
(万様〜、この状況何とかして……!)
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