定期試験③
どうしてここに兄が? その疑問が浮かび上がる。
それでも、ルナは咄嗟に距離を取った。ここに現れたのが、決して偶然ではないのだと理解しているが故に。
「悲しいね、せっかく妹に会えたというのにそんな露骨に距離を置かれるなんて……もしかして、これが噂の反抗期かい?」
ルナとは対照的に、ユリウスは肩を竦めるだけで飄々とした態度。
そこに苛立ちを覚えるルナだが、ふと脳裏に最近仲良くなったシャナの姿が思い浮かんだ。
「シャ、シャナちゃんは!?」
「ん? あぁ、僕が担当していた生徒か。随分仲良くしているみたいだけど、仲間集めは順調だったの?」
「答えて!」
「心配しなくても、きっと今頃合格して僕と一緒に学園へ戻っている頃じゃないかな」
意味が分からない。
何せ、今こうして目の前にユリウスが立っているのだから。
学園の外に出ている? シャナ達は無事に合格した? いいや、試験監督が担当している生徒から離れるわけがない。
離れるとすれば、きっとシャナ達に何かがあったあと。
ルナの苛立ちがピークに達する。感情に任せて指を向け、魔法の詠唱を準備するぐらいには。
「考えが足りないよ、ルナ。現実的に、己の考えられる範囲では、確かに僕が彼女達をどうにかしてルナに会いに来たって考えるのが妥当。だけど───」
ユリウスが一気に地を駆ける。
たった歳が一つしか変わらないなんて信じられないほどの速さ。ルナは威力ではなく無詠唱で撃てる初級の炎を飛ばしていく。
しかし、ユリウスは体を傾けることで避け、ルナの懐まで潜り込んだ。
「兄妹なんだ、僕が保険をかけずに特攻するなんて考えには至ってほしくなかったな」
そして、鋭い拳が鳩尾へ叩き込まれる。
「ッ!?」
「やるなら徹底的に」
ルナの体が何度も地面をバウンドする。
壁に背中が当たる頃までには威力は落ちていたが、代わりに腹部に走る痛みが呼吸を阻害した。
「けほっ、ばっ……!?」
「この学園に入って退学なんてしようものなら、間違いなく継承権争いはリタイアだ」
継承権争いの評価項目の中。
様々あるが、支持する人間が多いほど有利。
支持する人間にはメリットやデメリットを計上する人間が大半だが、前提として「勝ち馬に乗れる」というものがある。
もしここで、学園を退学してしまうことになろうものなら「不正者」と「出来損ない」のレッテルを貼られ、支持する者は離れていくだろう。
「だから、ここでルナがリタイアしてくれたら助かるんだけどなぁ」
「ッ!?」
「まぁ、する気がないのは必死に仲間集めをしているところで分かるけど」
一歩、一歩とユリウスが近づいてくる。
それを見て、ルナは一生懸命に頭を回した。
「わ、私が不正を学園側に言えば……」
「証人の数で言ったら僕の方が上になるけど、押し通せる自信があるのなら。今、もう一人の僕は皆の合格を講堂で待っているだろうからね」
ユリウスの発言の真偽がどうかは分からない。
ただ、あまりの余裕っぷりと置かれている状況が嘘だとは思わせてくれなくて。
ルナの背中に冷や汗が伝う。
「彼女の魔法は凄いよ。戦闘に活かせることにも拍手だけど、それ以外の使い道においてもパーフェクトだ」
「…………」
「だからこそ、僕は彼女を大っぴらにはしない。知られたとしても処分する。そもそも、アリバイという一点においてだけはどう足掻こうが当事者の発言を無意味にさせる」
薄暗い空間。
アデルがいなくなったことで、薄暗さと静けさが広がる。
(どうする?)
ここで逃げるべきか、それともアデルと合流するべきか。
もしアデルと合流するのであれば、間違いなくユリウスを引き連れることになる。
二対二の状況。己の戦闘能力が劣っている以上、間違いなくアデルに負担をかけるだろう。
そうなれば、可能性として二人で一緒にユリウス達に敗北してしまうことがあり得る。
なら、今から走って己だけでもゴールを目指すか? ユリウスの目的はあくまで自分の退学。
ゴールさえしてしまえば退学は免れるし、学園側に守ってもらえる。
そうなった場合、アデルは一人置いていくことになるだろう。
でも、己の憧れる
でも、己のせいで巻き込んでいるにもかかわらず、置いていくのか?
いやいや、己がゴールを目指せばシャルロットも己を逃がさないと引き返して追ってきてくれるかもしれない。
そうすれば、アデルから脅威を引き剥せる可能性がある。
「でもね、正直不安なんだ。学園を退学したからといって、もしかしたらルナに強力な味方をつけて汚名が返上されるかもしれないから」
しかし、逃げ切れるか?
ゴールまであとどれぐらいあるかも分からない、目的地の場所も分からない現状で、二人から逃げ切れるか?
でも、やっぱり。
己のせいで巻き込んでしまったアデルを危険な目に遭わせたくない。
「残念ながら、学園での殺傷はご法度だ。人の目も多いし、人の目がない今この場でだってどうしても足がついてしまう可能性がある」
どうする? どうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうするどうす───
「まぁ、学園の外に出てしまえばどうにだってなるよね。前は失敗しちゃったけど」
───ルナはその場から急いで背中を向けて走り出した。
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