定期試験④
何が起こったのか? そんな疑問がアデルの頭を支配した。
「げほっ、がッ……」
周囲を包む土煙。
全身に久しぶりに味わう痛みが襲い、アデルはよく分からぬままゆっくり体を起こした。
壁三枚分は吹き飛ばされただろうか? 別に油断をしていたわけではない。警戒を怠っていたわけではない。
エレシアやカイン、それこそミルのような相手が何をしてきても反応できるぐらいの警戒心は持っていた。
ただ、顔面に現れた蹴りは想像以上のもので。
アデルは徐々に晴れていく土煙の先をキツく睨みつける。
すると―――
「ふむ……まぁ、手加減をしていたつもりはないが、この程度では一発KOはもらえないか」
艶やかな桃色の髪。
美しくどこか異様な雰囲気を醸し出す少女がゆっくりと、アデルのいる空間へと足を踏み入れてきた。
その姿を見て、アデルの中でこんがらがっていた疑問が解けたような気がした。
「なんのつもり……って、聞かなくてもいいか」
「落ち着いてくれたようで何より。意外と冷静なんだね」
シャルロットの体が一瞬にしてブレる。
アデルの真横。そこに姿が現れ、咄嗟に向けられた拳を片腕でガードした。
しかし、直後に走るのは反対側の脇腹への激しい痛みであった。
「な、ん……ッ!?」
そして、そこにいたのはもう一人のシャルロットの姿。
アデルの思考が、いよいよ明確な一瞬の空白を生み出す。
「何が起こっているか分からないだろう?」
「何せ、私が二人もいるんだから」
二人のシャルロットが腰に帯刀している剣を抜く。
明確な敵意。アデルは分からぬまま、咄嗟に地面から生み出した蔦の刃を二人へ振るっていった。
だが、所詮は当座凌ぎ。
二人は跳躍して躱すと、一斉に頭上から剣を振り下ろしてきた。
アデルは作った漆黒の剣を頭に掲げ、振り下ろされる剣を迎え撃つ。
その時———
(剣の、重さが一つ……?)
見た目は二つ。
しかし、手に圧し掛かる重さは剣一つだけの感触であった。
顔に出てしまったのか、シャルロットはその反応を見てアデルと距離を取る。
「気づいたか……まぁ、別に種明かしをしても構わないのだがね」
シャルロットを見据える間、つい瞼を一度閉じてしまう。
その間、何故か桃色の髪を携えた少女の姿は三人に増え、今度は目が開いているにもかかわらず四人へ増える。
どういった原理だ? と、アデルは頬を引き攣らせた。
「敵を倒すのに派手さはいらない」
またしても四人の姿がブレる。
消えた……というよりかは、アデルと同じようにただただ持ち前の身体能力を使って早く動いただけ。
アデルの四方。そこを四人が隙間なく埋めてくる。
「私は何も魔法を使わなくても大人を倒せる。けれど、確実性を求めるのであれば、その
ゴッッッッ!!! と。
頭上から重たすぎる一撃が直撃した。
「単純な火と光の魔法の応用だよ。見えるはずの景色を変え、見えないはずのものを生み出す。蜃気楼に近い現象だろうか? まぁ、ここでご丁寧な講義など不要だと思うがね」
やけくそ。アデルは己の四方全体に太すぎる幹を出現させる。
まるで外敵から身を守るように。すると、シャルロットの姿はまたしても元の位置へと戻っていった。
「そうだな、ご丁寧な講義なんていらん」
アデルは真っ直ぐ見据えながら、首の感触を確かめる。
「単に自分の実力を見せびらかしたい承認欲求の行動じゃねぇんだろ? 結局、俺とルナを引き剥がしたいだけ」
「正確に言うと、君の足止め係さ。今合流されると面倒なんだ、雇い主が取り込み中なんでね。安心してほしい点を挙げるとするなら殺意はないこと」
「…………」
「不安にさせる点を挙げるとするのであれば、このままゴールできずに退学になってしまうかもしれないことかな」
いずれにせよ、このまま引き下がってくれる選択肢はなさそうだ。
アデルは苛立ちを滲ませたようなため息をつく。
「……試験監督がよくもまぁ。そっちだって、こんなことしてりゃ退学になるんじゃねぇのか?」
「私は別に退学になろうがどうでもいい……金さえ手に入ればね。まぁ、そもそも私がいる時点で退学に関しての保険はかけられているわけだが」
アデルの頭の中に、ふと疑問が湧く。
保険———というのは、なんのことだろうか? 確かに、本来であればこうして妨害している時点で退学といった処分はされるはず。現状をユリウスが計画して起こしているのであれば、彼も試験妨害を含めて退学処置になるだろう。
だからこそ、シャルロットの「保険」というワードが気になる。
しかし―――
「君にはなんの恨みはないが……いずれにせよ、私は私の役割を果たさせてもらおう。もちろん、ここで素直に正座待機をしてくれるのであれば色々契約書を交わしたあとに合格だけはさせてあげるがね」
シャルロットは構える。
誰かに習ったような型ではなく、どことなく己が磨き上げたような、見たことのない構え。
アデルはそれを見て、ふと天井を見上げる。
「……どいつもこいつもまぁ、自己中な考え方しやがって」
視線を戻した時———アデルの額には、綺麗な青筋が浮かんでいた。
「
アデルの全身を黒い蔦と幹が覆っていく。
びっしりと、隙間なく。やがて完成するのは、甲冑のような集合体。
「……ははっ」
甲冑を纏っただけで溢れる圧倒的威圧感。
かつて、多くの人を救ってきたとされる『黒騎士』の一端。
油断はできない……もしかしたら、自分よりも? なんてことすら思ってしまう。
そんなシャルロットを他所に、
「前を向いて歩く女の子の笑顔を奪おうとしてんじゃねぇよ、ぶっ殺されてぇのか?」
そして、この場に『森の王』たる緑が猛威を曝け出した。
今ここに、
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