決闘

 決闘とは、王立カーボン学園に作られた珍しい規則ルールだ。

 その規則ルールは実力主義の学園らしいものであり、『勝った者が敗者の者の順位に変動する』というものである。

 内容は双方の合意の下に定められ、立会人の下でいつでも行うことが可能。

 ただし、敗者は一ヶ月の決闘禁止となるために「下がったから新しい人へ!」というのができなくなっている。

 逆に言えば、別の人間であれば勝者に何度でも決闘を挑むことができ———


「なぁ、やっぱりおかしいよこの学園。虐め推奨とか、保護者からバッシングが来るぞ?」

「それだけ才能ある若者を育てようとしているのでしょう。勝った者は何度も決闘ができますし、学園側はノーコストで経験値を溜めさせられますのでお得ですよ、お得♪」

「……自己中エゴイスト集団共め。誰もがサンドバッグを望むMっ子だと思うなよッッッ!!!」


 なんて愚痴っているが、今置かれている状況は変わらない。

 目の前には、朝方突っかかってきた公爵家のご子息であるライガの姿。剣の切っ先をこちらに向け、何やら決闘がしたいと言い始めている。


「そもそも、なんでこんなことになってるんだっけ?」

「騎士部へ案内され訓練場へ、騎士部を見学に来ていたライガ様がご主人様を発見、からの「お前みたいな恥さらしが一位なんてあり得ない!」発言———そしたらこのようなことに」

「改めて思うけど、巻き込まれ事故が酷すぎるな。パワハラで訴えてやろうか?」


 アデルは知らないが、騎士部はこの学園で一番規模の大きい部活だ。

 将来騎士になろうとする者、剣術を学びたい人がごぞって集まり、約百人ほどの規模となっている。

 もちろん、それだけ多い人数であれば多くの縁が得られるという下心はあるだろうが、皆実力主義の学園に染まった向上心がある者ばかりだ。

 おかげで、少し騒ぎが起きただけで好奇心を孕んだ視線がたくさん集められる。


「み、見ていてくださいミル様っ! わたし……ライガが、この恥さらしの化けの皮を剥いでやります!」

「うん、さいてー」


 アスティア侯爵家に憧れがあるライガがそう口にするものの、弟を馬鹿にされたミルは侮蔑しきった瞳を向ける。

 しかし、憧れとは盲目になるのか、ライガは息巻いた様子でアデルに切っ先を向け続けた。


「あいつはさ、簡単に決闘挑んでくるけど……この前俺にやられたの覚えてないの? ってか、俺にメリットないよな? あいつが負けても何もないわけだし」

「そうですね、敗者は禁止期間が設けられるだけで勝者に与えられるものはありませんね」

「何そのありがた迷惑……って、ハッ! いや、俺がこれで負ければいいだけなのでは!?」


 決闘で負けた場合、禁止期間が設けられる。

 もしアデルが負ければ決闘は一ヶ月できなくなり、しばらく挑まれることもなくなる。

 加えて、こんなに人の目がある状態で負ければ「あれ? やっぱり無能?」「『黒騎士』の話はやはりデマだったようだ」などと思われるに違いない。

 我ながらナイスアイデア。アデルは思わず鼻を膨らませてしまう。


「それはオススメしねぇですよ、アデルさん」


 しかし、そんな鼻も後ろから声を掛けられたことによって元に戻る。

 振り返ると、そこには肩口まで切り揃えた茶色い髪の少女と……その後ろに隠れる第二王女ルナ様の姿があった。


「えーっと……君は?」

「セレナって言います。後ろにいる姫さんは……って、知名度的に自己紹介はいらねぇですね。無粋だと思いやがりますが、見学の最中に何やら変なことをしようとしているのを見かけたので割って入らせてもらいました」


 はて、変なこと? アデルはセレナの言葉に首を傾げる。


「……その反応だと知らねぇようですね。あの男、二十二位ですよ?」

「へ?」

「つまり、退

「なん、だと……ッ!?」


 アデルはその場で膝から崩れ落ちる。

 最悪だ、せっかく浮かんだ妙案も退学への片道切符でしかなかったなんて。

 結局、アデルはこんな公衆の面前でライガを倒さなければならない……悲しいことに。

 周囲から「やっぱり強かったんだな」「恥さらしがまさかこんな実力があっただなんて」と思われる可能性が出てきても、勝たなければならない。

 このまま「やってられるか!」と逃げることも考えたが、どうせ明日ぐらいに「どうして逃げたんだ決闘しろ!」などと言われそう。いずれやらなければならないのには変わりなかった。


「なんて……なんて現実は俺に対して非情なんだッッッ!!!」


 世界はどこまでいってもアデルに厳しかった。


「ね、ねぇ……セレナも一緒に戦ってあげたら? 『黒騎士』様、困ってるみたいだし。それか代わってあげるとか!」

「いや、っていう制度もありますし、別に私は構わねぇですが……それより適任が私の横にいやがりますよ?」

「ふふっ、私はご主人様の雄姿かっこいいすがたが見られるのであれば心を鬼にするタイプですので」

「うわぁー、綺麗な顔して鬼っすね、順位二位ナンバーツーさんは」

「いえいえ、順位三位ナンバースリーと王女様に気遣っていただけただけでご主人様も喜んでおられると思いますよ」


 ヒソヒソと、アデルの後ろで美少女三人が話し合う。

 残念ながら非情な世界を呪っていたアデルの耳には届かなかった。


『今年の新入生は生きがいいなぁ。入学初日から決闘かよ』

『っていうか、あれがの弟だろ? 大丈夫なのか?』

『そうよねぇ……確か、アスティア侯爵家の中で珍しい無能なんでしょ?』

『だが、入試成績は一位だという話で―――』


 周囲のざわつきも徐々に大きさを増していく。

 皆、一年生の決闘が気になって仕方がないようだ。

 その時、地面を恨めしそうに叩くアデルの傍に、姉であるミルが優しく背中を擦った。


「大丈夫、アーくん?」

「姉さん……酷いよ、何もしてないのに世界は俺を求めてくる」

「でも安心して! 立会人は私がするから!」

「安心させてほしい場所はそこじゃないんだよぉ」

「怪我させても騎士部が責任持って治すから! だから、遠慮なくあの失礼野郎をぶっ飛ばしていいよ!」

「そこでもないよぉ……」


 どうやら、逃げ道は完全に塞がれてしまっているようで。

 アデルは本気で世界を呪いながら、吹っ切れたように勢いよく立ち上がった。


「あー、もうっ! 分かったよやればいいんだろやれば!」


 その代わり、と。

 アデルは地面から黒い蔦を伸ばしてそのまま剣の形を形成すると、手に取って同じようにライガへと向けた。


「自堕落ライフを妨害しやがって、マジで容赦しねぇ……泣いてお母さんのお腹の中に帰りたくなるほどボコボコにしてやるクソ雑魚がッッッ!!!」


 あぁ、完全に頭に血が上っているやつです。

 後ろで見ていたエレシアは、『黒騎士』の象徴たる魔法を使ってしまうアデルを見て苦笑いを浮かべるのであった。

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