部活と派閥

 背後から抱き着いてきた女の子。

 いるとは知っていたが、まさか入学初日に見つかってしまうとは。

 遭遇率って何パーセントぐらいだろ、と。抱き締められながらアデルは現実逃避に似た疑問を抱いた。


「お久しぶりです、ミル様」


 ミルが現れたことにより、エレシアは挨拶程度の軽いお辞儀を見せる。

 それを受けて、ミルは抱き着きながら可愛らしく手を振った。


「うんうん、エレシアちゃんもおひさ〜! あれ? もしかしてデート中?」

「はい、下校デートです」


 距離が短すぎるデートだと、視界の先に映る寮を見て思った。


「なぁ……なんか用、ミル姉さん?」


 げっそりとした表情で、アデルはミルを引き離す。

 背中越しに伝わるやわっこい感触が少しばかり名残惜しく感じたのは内緒だ。


「なんか用? って言われてもなぁ〜、アーくんが学園に入ることも言ってくれなかったし、挨拶も来てくれなかったからわざわざ捜してハグしに来たんじゃん!」

「ハグ」

「あと、チュー!」

「待て、いくら俺でもチューまでは容認していないっ!」


 唇を向けてくるミルを手で押し退けるアデル。

 横でエレシアが羨ましそうな顔をしていたが、アデルの内心はそれどころではなかった。


(あー、めんどいっ! だから会いたくなかったんだよ!)


 いくら兄妹の中で数少ない仲良くしてくれている相手だとしても、アデルとしてはしばらく関わりたくはなかった。

 何せ、ミルはアスティア侯爵家の中でもしっかりと才能と性格を引き継いだ女の子。

 関わってロクなことはないし、サンドバッグにされる可能性もある。更には、容姿や家柄、実力もあって社交界ではかなり有名だった。きっと学園でも同じような人気っぷりを発揮しているに違いない。

 であれば、関われば余計に目立つのは必須。

 それに───


(姉さん、俺が『黒騎士』だって普通に勘づいてたもんなぁ)


 だからこそ、関わらずにそっと距離を置きたかった。

 学園という箱庭で逃げ続けるのは難しいが、何もこの前の今日では流石に会うのは記憶に新しいことから避けるべき事項。

 それらも合わさって、アデルはこの学園にいるミルや他の兄妹に学園へ入ることは伝えていなかった。

 とはいえ、そんなことを正直に言えるはずもなく。

 アデルは押し退けた姉に向かって真剣な表情を見せた。


「俺、さ……才能が何もなくて、学園に入れるかどうか分からなかったんだ。だから、姉さんには中々報告しづらくて……」

「でも、アーくんが入試一位って話は聞いたよ?」

「……………………」


 情報が伝わるの早ぇな、と。

 アデルは泣きそうになった。


「ねぇねぇ、そういえばエレシアちゃん!」

「はい、なんでしょうか?」

「エレシアちゃんはアーくんが『黒騎士』だって知ってたの?」

「おっと、ミル姉さん! 真偽を確かめる前にあたかも俺が『黒騎士』だという前提で話を進めるんじゃぁない!」


 普通はまず本人に向かって確かめるものだろうに。

 どうやら、ミルの中ではアデルが『黒騎士』なのは確定されているようだ。

 そして、それを受けたエレシアはお淑やかな笑みを浮かべて誤魔化した。


「ふふっ、さてどうでしょう?」

「むー、こりゃアーくんに口止めされてるにゃぁ〜? これは一緒にお風呂に入って本人から直接吐かせないと……」

「あれ? 姉弟関係が壊れそうな不穏ワードが聞こえたけども?」

「であれば、私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「……………………………………なぁ、いつにする?」

「凄いよ、アーくん。どれだけエレシアちゃんの裸が見たいの」

「素直ですね、ご主人様は」


 アデルは姉弟関係の崩壊よりも欲望に素直になれる男の子であった。


「あっ、そういえばアーくんってなんの部活に入るか決めてる?」


 欲望に素直な男の子に向かって、ミルは唐突にそんなことを口にする。


「いや、入る気ないけど。だって放課後エンジョイ勢に暑苦しいスポ根は似合わないって」

「でも、部活に入ったら派閥とかに役立つよ? 一応、部活の他にサロンっていうのもあるけど」

「派閥?」


 途中に聞こえた言葉ワードに、アデルは首を傾げる。


「んーっとねー、派閥っていうのはそのまんまの意味だよ? 有名なお貴族さんのチームに入れてもらって仲間にしてもらう感!」

「何やら、社交界の縮図のようなものですね」

「実際間違ってないかなー? 学園で築いた派閥がそのまま大人になっても引き継がれるみたいだし。生徒のうちから仲間を増やしておこうぜ、大人になったら縁が作れるから! ってイメージで合ってると思う」


 貴族社会は一枚岩ではない。

 多くの勢力や思惑が入り乱れ、一人で生きていくには中々難しい。

 そのため、大半の貴族が誰かしらの派閥に所属、もしくは己の派閥を作って仲間を増やしていく。

 そうすることによって、己がピンチに陥ったり、利益を分けてもらったりなど手を取り合える。

 もちろん、これはあくまで綺麗に言った話だ。汚い部分も必ずどこかには転がっているものの、せっかくこうして貴族が集まる学園にいるのだから縁を作って損はない。

 だからこそ、学園の中に『派閥』というのが存在しているのだろう。


「ミル姉さん、俺は超興味ない。どろっどろしてそうでお洋服汚れそうだし」

「私も正直、あまり派閥というのは興味ありませんね。俺色に染めてやんよ! というお言葉を誰かさんから待っているので、今はまだ白いお洋服を着ていたいです」

「おいコラ、こっちを見るなこっちを」


 物欲しそうにアデルを見るエレシア。

 それを受けて、アデルは頬を引き攣られた。


「えー、でもアーくんには私の部活に入ってほしいー!」

「えー」

「大丈夫だよ、アーくんだったら絶対に似合うし馴染める素晴らしい環境だから!」

「ほほう?」


 ミルはアデルのことをよく知っている。

 自堕落で、遊びたがりで、魔法のこともあって植物関連のものは全般的に好きで。

 それらを理解しているミルが「似合うし馴染めるし!」のキャッチコピーを謳ったのだ。

 アデルは「本当なのかも?」と、少しだけ興味をそそられる。


「ちなみに、なんの部活?」

「騎士部!」


 アデルは興味をすぐにドブへ捨てた。


「却下、無理無理。ミル姉さんは俺のことをなんだと思ってるわけ? 無能って呼ばれてるボーイって知ってるだろうに、虐められる弟見たい主義?」

「大丈夫、アーくんなら余裕だよ!」

「ハッハッハー! 記憶障害かな、マイシスター?」


 アデルの背中に冷や汗が伝う。

 脳裏に、この前の窃盗犯を捕まえた時のことが浮かび上がってしまった。


「あら、ご主人様はミル様に勝ったのですか?」

「うふふ、違うんだよエレシアくん。これはミル姉さんの妄想捏造で───」

「うんっ! 私が任務に出掛けてる時に『黒騎士』の格好をしたアーくんがいてねー!」

「おっと、ミル姉さん病院に行こう! 頭の中身を診てもらったあとにお口にチャックをつけてもらわないと!」


 やんややんや。アデルの手遅れ感満載の言い訳と楽しそうなやり取りが校舎と寮を繋ぐ敷地に響き渡る。

 そして、ついに───


「もーっ! そこまで駄々をこねるんだったら、私の部活に見学しに行くよ! お姉ちゃん権限で文句は言わせません!」

「待って、そこに関しては一切話題が挙がってなかったはずなんだが!?」

「あの、ミル様……これからご主人様は私と一緒に膝枕を───」

「部活に行けば、アーくんのかっこいい姿が見られます」

「行きましょう、ご主人様っ!」

「何故手のひらを返したそこで!?」


 アデルは抗議するものの、両腕をエレシアとミルに掴まれて引き摺られていく。

 途中「いーやーだー! 離せー!」という子供らしい駄々が聞こえたものの、その声はやがて訓練場の方へと消えていってしまった。






 そして───


「おいっ、恥さらし! お前にを申し込む!」

「えぇー……」

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