懺悔?

 結局、アデルはお昼休憩が始まるまでずっと屋上で寝てしまった。

 もちろん昼休憩は授業などなく、寝起き早々寮に行ってエレシア手製の昼食をいただき、教室に戻ったのは午後一番の授業から。

 さて、サボった人間のお咎めとかあるのかな? なんてお気楽なことを思っていたアデルくん。

 現在———


「さぁ、懺悔を」

「足がァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


 重石を抱いて正座をしていた。


「酷いっ! 人としてやることが酷いっ! それでも人を導く聖職者の所業か!?」

「ふむ、懺悔が足りないようですね」

「ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 どうしてこのようなことになっているのかというと、ざっくり言えば「教室に戻った瞬間に拉致」である。

 目の前に立っている神父のような恰好をした講師に首根っこを掴まれ、引き摺られるがままやって来たのは拷問器具などが勢揃いする懺悔室。

 そして、アデルは新入生にもかかわらず堂々とサボった罰として、十露盤板の上に正座して石抱きを行わされていた。


「なるほど、学園にはこのような場所もあるのですね」


 エレシアが横で正座しながら物珍しそうに見渡す。

 こちらは、単なる正座である。


「生徒の中には信徒もおられますからね。全寮制である以上、伸び伸びと過ごしてもらうためであれば教会であっても学園側は用意します」

「そうなのですか」

「待って、俺の知ってる教会からほど遠いんだけどこの空間!」


 辺りにあるのは血痕と拷問器具。

 懺悔室にあるような衝立も懺悔できるような椅子も何もなかった。座れるのは三角木馬ぐらいだ。


「っていうか、なんで俺だけ石抱きでエレシアには何もないんだよ!?」

「レディーにそのようなことができるわけないでしょう?」

「すげぇあからさまな男女差別ッッッ!!!」


 ゴトッ、と。アデルの膝の上にもう一枚石が乗る。

 文句を言ったからだろうか? アデルの顔が更に苦悶に染った。


「しかし、私も長年学園に勤めてきましたが、初日から堂々とサボる生徒は初めて見ました」

「俺も人生で初めて堂々と体罰を受けました」

「順位に影響がないとはいえ、流石に授業は受けるべきですよ?」


 仰ることは講師としてはごもっともである。

 しかし何故だろうか? 足の痛みのせいでまったく耳に響いてこないのは。


「とはいえ、あなたがアデル・アスタレアくんですか」


 石を一枚「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」置きながら、神父姿の講師は口にする。


「ご存じなのですか?」

「えぇ、私は貴族ではありませんので社交界の噂は耳にする程度ですが、採点会議の際にかなり話題となりましたので」

「流石はご主人様ですね。話題に事欠かない人です」

「嬉しくない……こんなに冷たくて重いプレゼントも、話題の中心になることも嬉しくない」


 主人を褒められ誇らしそうに正座をするエレシアに反し、アデルは冷たい石の感触を味わいながらさめざめと泣く。

 卒業生が少ないのは、懺悔ごうもんをさせられて逃げ出す生徒がいるからではないだろうか? なんてアデルは思ってしまった。


「筆記試験ではほぼ満点。剣術では講師を倒し、魔法では見たこともない魔法で的だけでなく空間を支配。間違いなく、歴代の生徒の中でもトップクラスの実力を持っているでしょう……だからこそ、私はあなたに期待しております」

「期待しているなら、もっと丁重に扱ってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

「さて、懺悔を続けましょうか」

「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 結局、アデルが解放されたのは放課後になってからであった。



 ♦♦♦



 茜色の陽射しが校舎の中を照らし始めた頃。

 アデルは小鹿になった足をなんとか踏ん張りながら、ゆっくり睡眠を取るために寮へと向かっていた。


「うぅ……足が、産まれたての子鹿のように」

「帰ったら頭なでなでしながら膝枕とマッサージしてあげますから、寮まで頑張ってください」

「ぐぬぬ……」


 脳裏に浮かぶのは、もう二度と見たくもない血で彩られた懺悔室と冷たい重石。

 アデルは恨めしそうに天を見上げると、小さく呟いた。


「……次からサボる方法を変えないと」

「真面目に授業を受けるという選択はないのですね」

「ない」

「ないですか」


 もう初日にどんな授業を行ったのかは分からない。

 これから追いつけるかどうかを普通は考えるのだが、アデルはそれよりも「懺悔室に行かずにサボれる方法」を考え始める。

 自堕落ライフを謳歌する者は、どうやら肝っ玉も思考も一味違うようだ。


「にしても、なんだか騒がしいよな」


 アデルが不意に周囲を見渡す。

 芝生で埋め尽くされた敷地の先には訓練場やら運動場、それこそ教会やら別の校舎まである。

 そこからは騒がしい喧騒が耳に届き、本来寮に戻っていそうな生徒が多く視界に入った。


「どうやら、皆様は部活動探しをされているみたいですよ」

「部活動?」

「はい、この学園にはどうやら各々やりたいことをするために部活というものを作っているみたいです。馬術に剣術、魔法研究に菜園など、生徒の自主性を重んじるために多く用意されているのだとか」

「へぇー」

「恐らく、騒がしいのは部活動の勧誘と部活動探しに勤しんでいるからですね」


 ふぅーん、と。アデルは興味なさそうに鼻を鳴らす。

 放課後に騒がしいということは、放課後に何かをするということ。部活動がなんたるかはいまいち理解していないが、放課後まで縛られるのはごめんと思っているアデルはそもそも興味が湧かなかった。強いて言うなら、菜園が少し気になるぐらいだろうか?

 その時———


「アーくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんっ!」


 ふと、背後からそんなが耳に届いてしまった。

 いつもなら、反射的に足を動かしていたのだが、今日に限っては悲しいことにそうもいかない。


「ちくしょう、さっきの影響で足が動かねぇッッッ!!!」

「大人しくされたらいかがですか? 袋のネズミさんも、存外可愛らしいですよ?」

「猫に弄ばれて死んじゃうのに愛でる余裕があるのかぐぇっ!?」


 そう言いかけた瞬間、背後から思い切り抱き着かれる。

 あまりの衝撃と重さに、思わずそのままこけてしまいそうだった。

 そして、アデルの顔の横から可愛らしくも美しい顔が覗き込まれる。


「ようこそ、アーくんっ! お姉ちゃんは自堕落な弟に会えて嬉しいぞ☆」


 ミル・アスティア。

 以前出会ってしまった、アデルのお姉さんだ。

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