黒騎士の一端

 周囲で見ている生徒は目撃する。

 噂程度でしか耳にしていない、英雄ヒーローの一端を。

 助けられた者にしか分からない、『黒騎士』たる由来を。

 それは、木と蔦で構成された漆黒の剣で持って、理解させられる───


(なんだ?)


 ライガの頭に疑問が過ぎる。

 何故、唐突に何もない場所から剣が生まれたのか? いや、そもそも剣の形をしているだけであれは剣なのか?

 禍々しいほどまでに黒く、それが握られた瞬間に恥さらしと馬鹿にしていた少年の雰囲気が一変する。

 そして、その雰囲気を纏った少年は何故か作り出した剣を横薙ぎに振るい始めた。


(待て、四メートルはあるぞ……?)


 普通に振るっても、剣の長さ的に届かない。

 そもそも、自分とアデルの間は剣の長さの三倍以上があり、振ったところでただただ宙を切るだけ。

 一瞬疑問に思ったが、ライガは「やはり何もできない無能だ」と口元を緩める。

 しかし───


「油断慢心。てめぇ、そんなんでアスティア侯爵家に喧嘩を売ったのか?」


 


「がッ!?」


 咄嗟に庇った胴体へ重すぎる一撃が加わる。

 体は吹き飛ばされ、ライガは何度も視界の上下が変わるほど地面をバウンドしていく。


(な、なんで……剣が伸びた!?)


 ライガは気づいていない。

 あれが『森の王』によって形成された魔法であることを。


 クロイガ、という植物がある。


 どんな突風や衝撃を受けても倒れないよう根だけでなく、幹や枝といった細部まで頑丈に進化した

 その強度は世界一を誇り、大砲に撃たれても傷一つ付かないという。

 クロイガは、アデルが『黒騎士』として纏っている甲冑にも使用されており、今形作っている剣も同様である。

 突発的に生成した植物を成長させ、剣身を伸ばす。初見では間違いなく油断を誘い不意をつける技だ。

 だからこそ、疑問が疑問として残ったまま現状把握を阻害していく。

 とはいえ、アデルはそんな疑問を解消させるための時間を与えるほど優しくはない。


「まさか、これで終わりとでも?」


 駆け出し、いつの間にか追いついていたアデルの蹴りがライガの鳩尾へ突き刺さる。


「ばッ!?」

「甘ぇよ、三下。喧嘩売ってきたんなら、少しぐらいは期待させろボケ」


 ライガの体が進行方向を変え、もう一度地面を転がっていく。

 だが、その道中───何故か、背中に柔らかい感触が。

 壁にぶつかったか? なんてまたしても疑問に思ったが、訓練場の壁までは距離がある。

 そして、それが植物で作られた壁だということをあとで気づく。

 とはいえ、気づいたところで時すでに遅し。


(蔦が、絡まって!?)


 体に蔦が伸び、両手足を拘束し始める。

 気づいた頃にはしっかりとホールドされており、斬ろうとしても手首がまったく動かせなかった。

 そこへ───


「残念賞だな。これじゃあ、ミル姉さん達の足元に届くどころか騎士として活躍してもすぐに死ぬぜ?」


 ───アデルの飛び膝蹴りが容赦なく顔面へと叩き込まれた。


「あ、ガ……ッ」

「これにて閉幕エンドロール。次からはちょっかいかけてくんなよ?」


 直撃したライガの首がたらりと垂れる。

 息はもちろんしている。それぐらいは手加減したから。

 それでも気絶したことは間違いなく、アデルは鼻を鳴らしてゆっくりとエレシア達の下へ帰っていった。


『『『『『……………………』』』』』


 ただの好奇心で、観戦のつもりだった。

 しかし、周囲で見ていた生徒達は皆同じように───異端児ヒーローの一端を目の当たりにして、思わず呆然と固まってしまったのであった。



 ♦️♦️♦️



 ミル・アスティアは震えていた。


(す、っごい……)


 己もアスティア侯爵家の人間として才能に溢れ、それなりに活躍してきたつもりだ。

 学生の身でありながら王家の騎士団に加入し、多くの任務をこなすことで実力を証明してきた。

 故に、プライドも自信もかなり学び舎という箱庭の中では誰よりも持っているつもりであった。

 ただ、今目の前に広がった戦闘は───と、自然とそう思わせるもの。


(アーくん……やば、超さいこー)


 間違いなく、アデルの実力はアスティア侯爵家の兄妹の中でも随一だ。

 戦闘に愛されたような鬼神と見紛うほどの才能。そして、それらを無駄にすることのない技術スキル

 騎士家系に遜色がないほどの近接戦闘テクニック。騎士家系でありながらも魔法家系の人間と遜色がないほどの魔法行使能力。

 大陸全土を捜しても数少ない

 あんなに今まで才能がないって感じだったのに。可哀想だなーって思っていたのに。

 もしかすると、本気で戦えば騎士団長である父親にも勝てるのでは? なんてことを思ってしまう。


(こ、こりゃ……お父さんに報告しないと!)


 ミルは内心で決意する───こんな才能、野放しにするわけにはいかないと。

 ただ───


(アーくん、普通に滅多に見ない魔法使ってたけど……頭に血が上ってたのかな? 隠そうとしてたのに、これだとめっちゃバレると思うけど)


 ただ、そんなところも可愛らしい。

 ある意味ブラコンな姉は上機嫌な笑みを浮かべるのであった。



 ♦️♦️♦️



(きゃー! やっぱり『黒騎士』様さいこー!!!)


 ルナ・カーボンは目の前の光景に唖然ではなく、一人だけ歓喜していた。

 周囲が呆然としている中、ルナだけは瞳をハートにさせる。


(もうほんっっっっとかっこよすぎ! 恥さらしなんて言われてるけど、もうもうもうもうっ! 関係なさすぎ!!!)


 王国の第二王女であるルナ・カーボンは『黒騎士』の大ファンだ。

 どこぞの記者に「正体を知る」というある意味大目標を先に越されてしまったが……その正体が由緒正しきアスティア侯爵家の恥さらしだと知ってしまったが、それでも気持ちは変わることがなかった。

 あの日、あの時。

 彼に助けられた瞬間から、ルナはずっと『黒騎士』であるアデルを

 だからこそ、その一端を目の当たりにして興奮せずにはいられなかった。


「姫さん、姫さん。だらしねぇ目になってやがりますよ」


 ペシペシと、横からセレナに叩かれる。

 それを受けて、ルナはようやく現実へと戻ってきた。


「あ、うん……ごめんちゃい」

「はぁ……まったく、大ファンなのは分かってますが、ここは公衆の面前でいやがりますよ。少しは乙女らしく慎みぐれぇ持ってください」

「うぅ……護衛の当たりが強い」


 しょんぼりと、ルナは可愛らしく肩を落とす。

 しかし、現実に戻ってこれたからこそ改めて思い始めた。


(やっぱり、味方になってほしいなぁ……)


 じゃないと、と。ルナは少しだけ悲しそうな瞳を浮かべた。



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