帰宅

「あ゛ーっ、ちかれたー!」


 騎士部で吹っ掛けられた決闘が終わり、皆が呆然としている間に「アーくん凄いよっ! これはもう騎士部に入るしかないよ!」という無駄に愛に溢れる勧誘から無事逃げられたアデルは、部屋に戻るなりぐったりとソファーへともたれかかる。


「ご主人様、制服が皺になってしまいますよ?」


 遅れて部屋に入ってきたエレシアが「もうっ」と腰に手を当てる。

 少しばかり膨らんでいる頬がなんとも可愛らしかった。


「えー、めんどいめんどい。今日は自堕落ボーイにしては頑張った日なんだ。これぐらい海よりも広い寛大な心で見逃してくれぃー」

「まぁ、確かにご主人様は頑張られましたが……」


 入学早々に屋上でサボってはいたが、説教を受けて謎に吹っ掛けられた決闘も受けた。

 普段遊んでばかりの姿を知っているので、頑張っていると言えば今までよりは頑張っている。

 だからこそ、エレシアはあまり強く発言することができなかった。

 その代わりに―――


「分かりました、頑張ったご主人様にこれ以上労働を強いるのはよくありませんね」

「着替えが労働の枠組みに入るって珍し……おいコラ待て。何故俺のズボンに手をかける?」

「妥協して私が脱がして差し上げようかと」

「君は本当に今を生きるレディーなのか!?」


 妥協案が中々積極的であった。


「分かった、脱ぐよ俺着替えるよ! 流石にこの歳でそういう事態以外でナニを女の子にお披露目なんてしたくねぇ!」

「そう、ですか……」

「何故シュンとなる今を生きるレディーさんッッッ!!!」


 露骨に落ち込んだ姿を見せるエレシア。

 その姿に「そんなに見たいのか?」と恐怖を抱くものの、取り急ぎ寝室へ向かって急いで部屋着へと着替える。

 そして、しばらくしてリビングへ顔を出すと、エレシアは気持ちを切り替えてキッチンで何やら料理をし始めていた。


「あれ? 学食行かねぇの?」

「ご主人様は、私の手料理はお嫌いですか?」

「え、めっちゃ好き」

「ふふっ、そう言っていただけるので作っているんですよ」


 エレシアは制服の上からエプロンを身に着け、上機嫌で鼻歌を歌い始める。

 後姿はまるで結婚したばかりの奥さんのよう。アデルはリビングに置かれてある椅子に座り「可愛いなぁ」と思いながらその姿を眺めた。


「そういえばご主人様」

「ん?」

「訓練場を離れる際、ルナ様とお話ししていらっしゃいましたが……何をお話しされたのですか?」


 ミルから逃げるように騎士部から出る際、アデルはルナに話しかけられた。

 アデルとしてはお偉いさんに関わって目をつけられたくないためスルーしたかったが、相手が相手。

 だから仕方なく話に応じたのが、その際———


「あー、なんか今度自分でサロンを作るからできたら顔を出してほしいってさ」

「サロン……と言いますと、部活のような集まりのことなのでしょうか?」

「話を聞く限りそんなもんだな。ただ部活みたいに汗水流して目標に向かって走り出すスポ根じゃなくて、仲良しこよしの話の場を設けるって感じかな」


 サロンは部活とは違って、これといった目的はない。

 用意された空間に招待されたものが各々好きなことをして過ごすという場所。貴族のご令嬢が集まりやすく、お茶会やらが開かれたりすることが多い。

 もちろん、ご令嬢限定になるかどうかはサロンのリーダーが決めること。部活とは違って、サロンは完全に招待制なのだ。


「つまり、ミル様が仰っていた派閥の仲間集めの場所ってことですね」

「あとは単純に自分の派閥の関係を強めようとするためだろ。若い内からどろっどろの貴族社会を演出しなくてもいいのになぁ」

「皆さん、私達とは違って貴族意識が高い方ばかりですからね」

「そう考えると、シャナは割かし変わり者なのかなぁ? 自堕落ボーイの俺でもめっちゃ接しやすい」

「私もですよ。ところで……結局、参加されるのですか?」

「え、しないお偉いさんフェードアウトしたい」

「ふふっ、そう仰ると思いました」


 エレシアがお淑やかな笑みを浮かべながらアデルの下へ近づく。

 この短時間で作ったのか不思議になるスープやカットステーキがお盆と一緒に運ばれてきた。


「すげぇな……マジック?」

「朝方早く起きて準備をしておいただけですよ。種も仕掛けもなくて残念でしたか?」

「いいや、エレシアの勤勉さに舌を巻いてるぐらい褒めてる」


 美味そー、と。アデルはマジマジとテーブルに並んだ食事を見る。

 その間にエレシアが自分の分とフォークやナイフを持って来て、アデルの横へ腰を下ろした。

 すると―――


「ご主人様、あーんです♪」


 エレシアが可愛らしい笑みを見せながら、アデルへステーキが刺さったフォークを向けた。

 それを、アデルは


「うむ……美味うまし」

「ふふっ、そう言っていただけて嬉しいです♪ もう一ついかがですか?」

「あーん……エレシアは絶対にいいお嫁さんになるよなぁ」


 貴族の大半の食事は料理人が作る。

 そのため、滅多に自分で作ることはないのだが、エレシアはメイドとしてアスティア侯爵家にいるので一通り料理ができるように学んでいる。

 それに———


「ご主人様は奥さんに料理を作ってほしいのでしょう?」

「やっぱりなぁ、そういう家庭の方が温かそうだし。幸せ者って感じがして俺はそっちがいい」

「私も、そちらの方が好きですよ♪」


 ―――これも花嫁修業。

 好きな男の子の望みがそこにあるのなら、たとえ貴族としては考えられないことであっても女の子は頑張れる生き物なのだ。

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