入学前の騒ぎ
さてさて、ようやく現実逃避の三年間が始まるぞ。
二日が経ち、今日は記念すべき入学式。
予め渡されたパンフレットには『退学制度あり、学園の基準値を満たせない者が現れないよう願っております♪』などと物騒なワードが書かれてあったものの、平穏平和な日々をこれから頑張って過ごそう。
授業といった面倒くさいものがあるが、父親に
故に、極力目立たず、『黒騎士』だと気づかれないよう騒ぎは起こさず過ごす───
「おいっ、こんなところに恥さらしがなんでいるんだ!?」
……過ごすつもりだったんだけどなぁ。
「(……なぁ、酷くね? 世界って祝いの門出でも厳しく当たってくるの?)」
「(世界はご主人様に成長してほしいんですよ、鞭と鞭ってやつです)」
「(それ、スパルタオンリーで泣くだけのやつじゃん……)」
学生寮から出て、入学式がある講堂へ向かう最中。
綺麗に整備された庭と噴水がある一本道に、本年入学してきたであろう生徒達が何やら集まっている。
そして、その集団の中心にはおろしたての制服を着たアデルとエレシアの姿が。
あとは、赤い髪が特徴的なガタイのいい男の子の姿があった。
「お前みたいなやつが、どうしてここに……答えろ!」
その少年の後ろには、取り巻きらしき生徒が数人。
どうやら、アデルに向かって怒鳴り散らしている男がリーダーのようだ。
「(流石はご主人様。開幕一番でもう揉め事など……して、公爵家の三男様とお知り合いだったのですか?)」
「(いやー、なんかあの子うちの父上に憧れているみたいでさー、俺みたいな存在が気に食わなくて毎回突っかかってくる)」
ヒューレン公爵家の三男───ライガ・ヒューレン。
アデルの知り合いで、由緒正しき騎士家系に憧れを持つ男の子。
それ故に、恥さらしであるアデルのことを嫌っている連中の筆頭で、常日頃出会う度に目の敵にしてくるのだ。
気持ちは分かるし、仕方ないとも思う。だが「こんなところ&時間にすることないじゃん」的なことを、アデルは思った。
「いやいや、ここにいるのは学園の生徒になったからですが?」
「嘘をつくな!」
「え、俺ってそんなにダメな子って思われてんの!?」
何もしてこなかったのは事実なんだけども、と。
即答ダウト発言に、アデルはさめざめと泣いた。
「ライガ様、あまりご主人様を虐めないでください」
その時、アデルを庇うようにエレシアが一歩前へと出る。
その姿は虐められっ子を守るかっこいいヒーローのよう。その背中に、アデルは瞳から薄ら涙を流しながら感動した。
「エレシア……」
「ご主人様を虐めてもいいのは私だけです」
「えれしあさぁん……」
どうやらアデルに味方はいらっしゃらなかったようだ。
「ふんっ! どうせ汚い手でも使って入学したんだろ!」
「そーだそーだ!」
「ミル様達ご兄妹に泣いてお願いしたに決まってる!」
アデルの試験を見た生徒は極わずか。
もしかしたらこの場にいるのかもしれないが、残念ながら見ておらず不正だと言っているライガに抗議する者はいない。
仮にも、相手は王族に続く貴族会のトップ。学び舎という箱庭の中にいようとも、変に刃向かって目をつけられたくはないのかもしれない。
「(なぁ、別に蔑まれたり罵倒されるのはばっちこいんだけど、あいつら新聞とか見てないわけ? 少しぐらい『黒騎士』を疑ってくれてもいいと思うのは俺だけですか、あんさー?)」
「(それ以上にご主人様の汚名が強いのかと。強烈な色はどんな色を足しても変化しないものですし)」
「(うーむ……そういうもんか)」
アデルは「無視をするな!」と騒ぐライガを無視して、そのまま背を向ける。
「お、おいっ! 待て恥さらし!」
その時、立ち去ろうとしたアデルをライガが慌てて引き留める。
止まる必要もないのだが、アデルは大きなため息をついて振り返った。
「……なんっすか? 別に一世一代の
「大アリだ! まだ話は終わってないだろ!」
「いやいや、だったらせめて入学式が終わってからにしましょうよ。気になって立ち止まってるギャラリーと一緒に大人数で遅刻でもかます気ですか?」
そう、こうして話してはいるが時間は差し迫っているのだ。
ぶっちゃけサボりとかトンズラとかにはなんら抵抗もないアデルだが、入学式ぐらいはちゃんと出席しないといけないというのは分かっている。
アデルの発言に筋が通っていると分かったからか、ライガは悔しそうに唇を尖らせた。
それを見て、アデルは肩を竦め先を───
「は、はんっ! 恥さらしはやはり公爵家の人間である俺に対する敬意というのを知らんらしい! 魔法家系の家から逃げてきた女を引き連れて遊んでるぐらいだからな!」
───した瞬間、唐突に足が止まった。
すると、
「精々、負け犬同士戯れているといい! 俺は王家の騎士団へぶぎゃ!?」
ライガの頭が、地面に叩きつけられた。
『『『『『……………………ッ!?』』』』』
後ろにいた取り巻きも、周囲で見物に徹していたギャラリーも、目の前の光景に思わず固まってしまう。
何せ、一瞬。本当に一瞬で、ライガの頭が思い切り地面に叩きつけられて倒れ込んでしまったのだから。
そして───
「俺を馬鹿にするのはいいが……うちの
その頭を掴んでいるのは、恥さらしと馬鹿にされていた少年だったからだ。
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