一緒のお部屋がいい

 試験の結果は、なんだかんだありながらも合格。

 詰めっ詰めのスケジュールだったからか、ミルと出会って合格発表を終えて四日が経ち、いよいよ学園への入学が差し迫っていた。

 もちろん、実家に「いやー、合格しちゃいましたよー!」などというご報告はしない。

 適当に手紙だけ送って、アデルは入学まで王都観光へと洒落込んでいた。


 とはいえ、今日ばかりはゆっくり王都観光をすることはなかった。

 王立カーボン学園は全寮制。そのため、入学式が始まるまでに予め寮に荷物を運んでおかなければならないのだ———


「こんなの……こんなのあんまりですっ!」


 学園の敷地から少し離れた場所にある学生寮。

 そこで、普段は温厚で女性関係とスキンシップ以外では滅多に駄々をこねないエレシアが、首を横に振って可愛らしく抗議していた。


「って言われてもなぁ」


 そんな様子を、一方のアデルは困ったように見ていた。

 幸いにして、今は学生寮の中の自分に割り振られた部屋。一人用で、どれだけ騒ごうが迷惑はかからない。

 とはいっても、可愛いメイドが不機嫌になっているのは諫めないといけないわけで。


「無理なもんは無理だろ。だから諦めろって」

「嫌なんですっ!」

「いや、でもなぁ……」


 アデルは「どうしたもんか」と頬を掻く。

 何せ、エレシアがこうして駄々をこねているのは―――



「俺の部屋で暮らすなんて、女子寮住まいの女の子は無理だろ」



 寮は学年ごとの男性寮と女性寮に分かれている。

 そのため、異性と同室などできるわけもないし、そもそも一人部屋に二人は窮屈だ。


「私は使用人ですよ!? ご主人様の身の回りのお世話と膝枕と添い寝をしてあげる義務があるんです!」

「おいこら貴族のご令嬢。後半に私利が混ざってるぞ」


 可愛い女の子らしい我儘であった。


「っていうか、別に一緒じゃなくても会えるじゃん。ここは男性寮らしいし、狼の群れに女の子が放り込まれるのは不安じゃないのか?」

「ご安心ください、何かあれば殿方のナニを潰します」

「安心できねぇけど!?」


 ただでさえ、エレシアは誰もが認めるような美少女なのだ。

 そんな女の子が思春期ボーイの住む巣窟に入って、変な目で見られないわけがない。

 本当に自分と一緒に暮らすのであればまだいいが、これでお隣の部屋、どこかの部屋ということになってしまえば、いよいよ自分が守れなくなる。というより、手を出そうとする野郎もエレシアから守れなくなる。


「はぁ……エレシアも自分の部屋があるんだろ? 同年代の友達を作るには絶好の環境だと思うがなぁ」


 アデルは部屋の隅にあるベッドへ腰を下ろした。

 割り振られた部屋は流石貴族ばかりの学園だからか、二人だと小さいが一人で住むにはもったいないほどの広さと家具が揃っている。

 ベッドの質も、そこら辺の宿屋のものよりかは触っただけでも上質なものなのだと分かった。


「……ご主人様と離れ離れは嫌ですもん」


 エレシアがアデルの横に座って横から抱き着いてくる。

 別に一緒に学園に通うのだから今生の別れでもないだろうに、と思うのだがエレシアの中ではかなり死活問題らしい。


(そんなに俺と一緒にいたいのかね?)


 流石のアデルも、エレシアが自分に心を許しているのは知っている。

 メイドとして一緒に居ようとしてくれているのだ、気づかないわけがない。

 加えて、アデル自身も嫌ではない。本音を言えば、一緒にいられるのなら一緒にいたいのだ。

 とはいえ、そうもいかないのが現実であり―――


「でもな、仮に一緒に住むことが許されたとしても、狼のお部屋に泊まるって色々と問題があるんだぞ? 俺が鋼の理性を持ってると思うな」

「……野球ができるぐらいの子供であれば頑張って容認します」

「すまん、手を出す段階で問題視してくれ」


 九人も子供を容認できるとは、流石である。


「でもなぁ……ベッドも一つしかないし、大浴場だってここには男性用しかないし」

「同じベッドで問題ないですし、個室のお風呂があります。ご主人様と一緒に入れます」

「うーむ」

「凄いです、お風呂ワードでようやく前向きに考えてくださいました」


 アデル・アスタレア。

 隣に超絶美少女がいて女の子慣れしているとはいえ、まだまだ男の子。

 仕方ないのだ、女の子とお風呂というワードを聞いてしまって頑固な天秤が揺れてしまうのは。

 そして、追い討ちをかけるように───


「ご主人様は、私と離れ離れでもよろしいのですか?」

「ぐっ……!」


 抱き着いているエレシアが上目遣いでそんなことを言ってくる。

 縋るような、どこか熱っぽい瞳。それを受けて、アデルの脳内に更に迷いが生じてしまった。

 本来であれば、間違いなく使用人云々の前に女の子が男性寮に住むなどダメなもの。

 しかし、こんな可愛らしい子を悲しませるのは些か―――


「はぁ……寮長さんがいるらしいから、その人がおーけー出してくれたらな」

「ありがとうございます、ご主人様っ!」



 ———結局、エレシアはアデルの部屋に住むことになった。

 寮長にエレシアが二時間にも及ぶプレゼンを行ったのが要因なのだろう。

 説得されたというよりかはごり押しされたもんだよなと、その後アデルの部屋で上機嫌な様子で自分の荷解きをするエレシアを見て思ったのは内緒である。

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