やっちゃった
ついカッとなってしまった。
アデルの脳内には後悔とスカッとしたような感情が入り混じり、どことなく背中から冷や汗が流れる。
(や、やっべ……アデルくんアグレッシブすぎ……)
エレシアが馬鹿にされたので、そのまま一瞬で距離を詰めて頭を地面に叩きつけた。
そのおかげで周囲から何故か視線が集まり、手にあるライガからはまったく反応がない。
生きてはいると思うが……気絶させてしまったのは間違いないみたいだ。
(い、いやいやいや……確かにアデルくんはアグレッシブなわんぱくボーイだけども、エレシアを馬鹿にしたこいつが悪いし、そもそもなんで無抵抗で攻撃受けちゃうの馬鹿じゃないの痛いでしょ!?)
単純にアデルの速さに反応ができなかっただけだと思うのだが、とりあえずアデルは咄嗟にライガの頭を離す。
「ご主人様は、路上ライブから有名人を目指そうという目標でもあるのでしょうか?」
ゆっくりと、エレシアが小さくため息をつきながら近づいてくる。
「こんな公衆の面前で騒ぎを起こすなど、一日にして問題児枠になりますよ?」
「だって仕方ないじゃん! エレシアが馬鹿にされたんだよ!? 大切な人が馬鹿にされちゃたんだよ!?」
「…………」
「そりゃ、カッとなっても仕方ないと思うの俺はいいけど大事な人が馬鹿にされたんだか───」
「も、もうその辺で勘弁してくださいっ」
「ぐももっ!?」
エレシアが顔を真っ赤に染めながら、アデルのお喋りな口を両手で押さえる。
大切な人ワードは嬉しいのだが、こんな公衆の面前で連呼されるのは勘弁してほしいみたいだ。
「そ、それよりもご主人様。早くここから立ち去った方がいいかと」
エレシアは周囲を見渡す。
あまりの出来事に驚いて固まっていた生徒達が徐々に我にへと返り、ざわつき始めている。
このままではいつか講師陣が駆けつけ、中心にいるアデル達が原因だと学園側に知られてしまうことになるだろう。
そうなれば面倒事になり、入学早々の問題児として今以上に騒ぎになるのは間違いない。
「おーけー、エレシアさんいいことを言うじゃないか! 逃げるが勝ち! 素晴らしいことわざ!」
「実際問題、逃げるためにここへ来たようなものですしね」
「いっそのこと、座右の銘にしちゃいたいぐらいだよちくしょうッッッ!!!」
アデル達は急いでギャラリー達の間を縫って講堂へと駆け出す。
集団から抜け出して距離を取っても、新入生達は未だにざわついていた。
♦️♦️♦️
「姫さん、見ましたか今の?」
一方で、ざわついたギャラリーからはすこし離れた場所。
校舎の二階の窓にて、一人の生徒が興味深そうに外の景色を覗き込んでいた。
ストレートな茶色い髪と、小柄な体躯と子供らしい愛嬌ある顔立ち。少しばかり鋭いエメラルドの瞳が、なんとも特徴的であった。
そして、声を掛けた先にはもう一人───
「見たって、セレナ。その上で答えるけど……ヤバい、かっこよすぎる」
艶やかな月と同じ金の長髪。
端麗で誰もが見蕩れそうなその顔は、酷く真っ赤に染まっていた。
透き通った瞳もどこか熱っぽく、まるで恋する乙女である。
「姫さんのそのお熱っぷりを見る限り、彼があの『黒騎士』で間違いないみたいですね」
「ふふんっ! 伊達に『黒騎士』様を追いかけてきてなかったからね!」
むふん、と。可愛らしく胸を張る少女───ルナを見て、セレナは頬を引き攣らせる。
「その割には、正体看破の栄光はどこぞの記者が持っていきましたけど」
「それなんだよ最悪だよあの記者ふざけんなッッッ!!!」
(ありゃりゃ……一国の王女が
セレナは脳裏に浮かぶ光景に苦笑いを見せた。
その時、横にいたルナがふと尋ねてくる。
「ねぇ、彼と戦ったらセレナは勝てる? 万が一……いや、億が一にもないとは思うんだけど」
「ねぇと思うんだったら聞かないでくださいよ」
もはや質問する意味がなくなる余計な言葉であった。
「でもまぁ、そうですね……ぶっちゃけ、今のやり取りしか見ちゃいなかったですけど、少し厳しいっすね」
「そうなの? でも、目で追えてたんでしょ、今の動き? 私は見えなかったけど」
「目で見えてるからって勝てるって思ったら大間違いですよ、姫さん。その道理が通るなら、今頃狩猟に勤しんでいる人達は動物相手に歴戦無敗のエリートです」
「あー、そういうこと」
「そこに、姫さんの好きなお話で出てくる魔法だったりって話が加わったらもうお終いっす。姫さんの護衛としては恥ずかしい限りかもしんねぇですけど、白旗上げちゃいますよ、白旗」
やれやれと肩を竦めるセレナ。
とは言うが、セレナは入学生。子供の身でありながらも第二王女の護衛を務められるほどの実力の持ち主だ。
色々と理由があって抜擢されたものの、腕っ節は誰もが認めるもの。
だから、このような弱気な発言をされてもルナは非難することはなく───
「流石は私の命の恩人。かっこいいなぁ……」
「お目々ハートにしてねぇで、私達も講堂に行きましょうよ。王女が初日遅刻とか、反抗期だって騒ぎになっちゃいますよ」
「うぃうぃ、了解!」
そう言って、二人は窓から離れ校舎へと向かっていく。
皆入学式に向かっているからか、人気のない廊下には二人の足音がよく響いたのであった。
「んで、姫さん……彼はうちらの派閥に入れるんですか?」
「そりゃ、入れたいね! だから勧誘頑張らないと!」
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