公爵家のご令嬢

 講堂に集まると、用意されている椅子にはびっしりと人が座っていた。

 あの集団よりも先に入ったはずなのにこれほどの人数とは、この学園に入学してくる生徒の総数には恐れ入る。

 そんな中、アデル達は特に何も言われていないので適当に近くの椅子に座ろうとした。


「ご主人様、こちらにしましょう。横に並んで座れます」

「うーっす」


 エレシアに促され、一番後ろの列の端に腰を下ろす。

 一番前で講師陣に顔を覚えてもらいたいのか、それとも壇上に上がる誰かをより近くで見たいのか、後ろの椅子の方は意外と空いていた。


「ふふっ、こうして制服を着ると本当に学園に入った実感が湧いて興奮してしまいます♪」

「俺に反して何やらお隣が上機嫌」


 別に学園に通いたくはなかったアデル。

 それに対して、隣を向くと楽しそうな笑みを浮かべるエレシアの顔が。


「楽しみですよ、ご主人様と登校デートできますし」

「寮から校舎まで距離あんまないがな」

「授業デートができます」

「俺、寝てそうだがな」

「お弁当デートもできます」

「待て、なんでもデートつければいいと思うんじゃない」


 学園生活が一気にピンク一色に。


「まぁ、それはともかく……楽しみにはしておりますよ。魔法を学べる環境など、実家にいないと早々巡り会えませんから」

「あー、確かにそうだな」


 アスティア侯爵家は騎士の家系だ。

 騎士になるための武器や教材などはあるものの、魔法に関してはそもそも揃っていない。

 魔法家系のエレミレア伯爵家とは魔法という環境の一点においては雲泥の差である。


「ふふっ、でもアスティア侯爵家で学ぶ剣術も楽しかったです。いつかご主人様のようにオールマイティになりたいものですね」

「レディーはドレス着ているだけで充分なんだぞ?」

「いいえ、ご主人様のお隣に立たせてもらうのであれば、シャンデリアの下に立つ以外の魅力も磨かないと」


 そんなもんかね? と、アデルは首を傾げる。


「それに、この学園は実力主義みたいですから、そもそも努力しなければ退学になってしまうかもしれません」

「エレシアで退学ってなったら、クソほどハードル高い気がするんだが……」

「ご主人様、このあと早速お昼寝スポットでも探しに行きましょう」

「うーむ……努力しなければの発言のあとから飛び出るセリフとは思えん」


 とはいえ、アデルもお昼寝スポット探しには大歓迎。

 何故自分は努力しなくてもいいのかは少し不思議だが、とりあえず「楽しみだ」とサムズアップを見せる。


(まぁ、ご主人様には努力など必要のないものかもしれませんが)


 エレシアはそんなことを思いながら、さり気なくアデルの方へ距離を詰める。

 その時───


「あら、エレシアじゃない」


 ふと、背後から声がかかる。

 振り返ると、そこには美麗すぎる女性がエレシアを見て立っていた。

 艶やかな紅蓮の髪に、燃えるようなルビーの瞳。エレシアも美しいが、彼女とは違ってあどけなさは感じられず、大人びた雰囲気を感じる。

 一言で例えるのであれば、美姫という表現が正しいのかもしれない。

 それぐらい、二人の後ろに現れた少女は美しかった。


「お久しぶりですね、シャナさん」

「シャナさん?」

「……ご主人様、一応お貴族様なのですから、四大公爵家の方ぐらいは顔を覚えてください」


 オランナ公爵家の一人娘であるシャナ・オランナは、首を傾げるアデルを見て小さく吹き出した。


「ふふっ、この人がエレシアのご主人様? 噂には聞いていたけど、変わってるのね」

「ふむ……確かにこのイケメン具合いは我ながら変わってると思う」

「全面的に同意します、かっこいいですよご主人様!」

「あれ、ツッコミ役は私になるの?」


 ツッコミ役が両方ボケに回ったことにより、初めましての人は苦笑いを浮かべるばかりだ。


「ごほんっ、えーっと……シャナ様、ですかね? アデル・アスティアです」

「エレシアの友人で、シャナ・オランナよ。あなたの噂はかねがね……っていうか、喋り難いでしょ? エレシアと同じように接してちょうだい」

「いいんっすか?」

「別に私は気にしないし、逆に同年代の人にぐらい肩の力を抜かせてほしいものだわ」


 意外と接しやすい人だなぁ、と。

 回り込んでエレシアの隣に腰を下ろしたシャナを見て思った。

 その時───


「……ご主人様」

「……なんだい」

「今のお気持ちを一言」

「え、超綺麗な人だなーっと」

「…………」

「…………」

「………………むすー」

「え、なにそれめっちゃ可愛いんだけど!?」


 頬を膨らませて、アデルの脇腹をツンツンするエレシア。

 その姿に、アデルはキュンキュンしてしまった。

 一方で───


(へぇー……あのエレシアが、ねぇ?)


 傍から見ていたシャナが、エレシアの態度に興味深そうな視線を向けた。


エレシアがこんな姿を見せるなんて、侯爵家の恥さらし……いいえ、違うわね)


 そして、シャナは徐に口元を緩めるのであった。


(『黒騎士』……これは結構興味深いわ)






『それでは、只今より入学式を行います。まずは新入生代表───ルナ・カーボンさんの挨拶です!』

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