乱入戦

 乱入戦とは、学園の規則に則って行われた決闘に第三者が参入することである。

 本来の決闘は一対一。どちらかが敗北すれば低い方の順位へ移動するのだが、乱入戦の場合は第三者の勝利時点で順位の変動が行われなくなる。

 何故このようなルールがあるのかというと―――戦場に一対一などほとんどないから。

 そのため、この決闘に異議を申し立てたい場合にのみ、立会人の許可なく乱入することができる―――


「お前は誰だ?」

「アデルさん……」


 いきなり頭上から降ってきた少年。

 それを見て、剣を握っていたユリウスの護衛———カインとセレナの視線が集まる。

 しかし、二人の疑問を無視してアデルはカインへ横薙ぎに大剣を振るった。


「ぬっ!?」


 咄嗟に剣で受け止めたカインの体が後退する。

 巨体な魔獣の体をも吹き飛ばせるほどのパワーなのだが、それでも持ちこたえられたのは訓練の賜物か? それとも鍛え上げられた肉体故か?


「ふむ……突然乱入戦とは、どういうつもりだい?」


 観客席にいたユリウスがアデルへ鋭い視線を向ける。


「本来、乱入戦は滅多に行われない。何せ、乱入者にメリットがないからだ」


 乱入戦のメリットは決闘を阻害できることだが、それ以上のメリットはない。

 両者に勝ったとしても順位が上がることはないし、逆にどちらかに負けてしまえば乱入者の順位は下がってしまう。

 他学年でも敗北すれば順位が下がり、同学年内で順位の調整が入る。

 確かに、カインは二学年の順位二位ナンバーツー、セレナは順位三位ナンバースリー

 とはいえ、Sクラス残留には関係ないのかもしれない……が、関わる理由も一切ない。


「それを踏まえて、君はどうしてここに? アスティア侯爵家の恥さらしくん?」


 アデルのことを知っていたユリウスは返答を待つ。

 すると、アデルは少し嘲笑気味に―――


「シャラップ」

「は?」

「メリットなんか知るかよ。、それだけで男は拳を握るもんだろうが」


 そう、アデルにメリットはない。

 だからどうした? メリットなど考えていたら、今まで『黒騎士』として誰かを助けてきてなどいない。

 結局は、アデルの自己満足。

 ルナという女の子を見捨てられないが故の……我儘である。


「アデルさん……姫さんは―――」

「今頃こっちに来てる。だから交代だ」


 セレナを庇うように、アデルはカインに向かって立ち塞がる。

 そして、大きすぎる植物の剣をそのまま地面へと突き刺した。


「飛び入り参加歓迎なんだろ、この学園は? 文句はねぇよなぁ?」


 その背中は大きく、頼もしく……どこか温かかった。

 まるで、英雄ヒーローが己のピンチに駆け付けてくれたかのよう。


(姫さんは……)


 この背中に惚れたんでしょうか? と、セレナは思わずホッとしてしまった。

 一方で、アデルと同じぐらいの大剣を持つカインもまた、唐突に口元を緩める。


「構いやしない。それがこの学園だからな」

「随分余裕じゃないか? 年下だからって侮ってんのか?」

「いいや、そのポジションが羨ましいと思っただけだ、深い意味も負けてやる理由もないがな」


 カインが唐突に地を駆けた。

 屈強な体に見合わないほどの速さ。一瞬にしてアデルとカインとの間合いが詰まる。

 その瞬間、両者は思い切り剣を振りかぶって刀身を衝突させた。


「ほう!」


 パワーには自信があった。先程もらった一撃もかなりの重さだった。

 しかし、それでも。まさか己の剣が受け止められるとは。

 カインの驚きに似た声が思わず口から零れ出てしまう。


「二流か? この程度で驚いてちゃ、アスティア侯爵家だと落第点だぞ?」


 アデルの剣が横にズラされ、少しだけ体勢が変わる。

 その境目にカインの脇腹へ蹴りが叩き込まれようとするが、寸前に拳で受け止められた。

 今度は、もう一度振り抜かれる剣がアデルを襲う。


「その巨体でよく小回りが利くもんだ」

「でないと護衛は務まらんさ」


 アデルも寸前で剣を滑り込ませて受け止め、体勢を立て直してもう一度剣を振るう。

 そこからは、剣の応酬だ。目で追える速さでありながらも、重たすぎる鈍い音が連続して響き渡る。

 恐らく、並の人間が受け止めれば一撃だけでも吹き飛ばされてしまうだろう。

 見ていた者は、声も出せぬまま目の前の景色に圧倒されていた。


(こんなもんか?)


 カインは不思議に思う。

 こんな状況で乱入した割には、ただ応酬できるほどの実力なのか?

 だがしかし、その疑問はアデルが後ろに下がった瞬間に吹き飛ばされた。


「『森の王』」


 アデルがそう口にした瞬間、地面から何故か緑が出現する。

 草に木、花や苔。耳を澄ませば、小鳥の囀りまで聞こえてきそう。

 徐々に生い茂始めた空間に、思わずカインは息を飲んでしまった。


(馬鹿な!? 剣士ではないのか!?)


 生まれた植物が支配していく空間を見て、カインは驚く。

 足元から太い蔦が伸びてきたことで、カインは反射的に後退した。

 だが、着地した一瞬で再び別の蔦が足をしっかりと固定していく。


「ぐっ!?」

「この場所もりの王様は俺だ」


 抜け出そうと思えば抜け出せる。

 だが、それよりも先に―――


「頭が高いんじゃねぇのか? クソ三下」


 太すぎる幹の束が、カインの体へ猛威を振るった。

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