仲間になってほしい

 いきなり言われた「助けて」の言葉。

 唐突だったことから、もちろんアデルの頭には疑問符が浮かび上がった。

 だが、「助けて」と言われて英雄ヒーローが何も思わないわけがない。


 故に、アデルはルナに案内がされるまま教室を出ることになった。

 シャナとエレシアはまだ昼食中だったこともあり教室へと残している。


「それで、どんな状況なんですか? 押し掛けてくるからよっぽどのことなんでしょうけど……」


 どこに向かうか分からぬまま校舎の外に続くテラスを歩く。そこで、アデルは横にいるルナに尋ねた。


「……ごめんなさい、結構面倒なこと」

「マジっすか」

「マジっす……」


 早歩きで進むルナの顔に申し訳さなそうな色が浮かぶ。

 それを見て、アデルは居心地が悪そうに頭を搔いた。


(本当はお偉いさんと関わるつもりはなかったんだが……)


 アデルが『黒騎士』だという話は知っている人は知っている。

 疑っている人も多いが、もしこの学園内で確信を持たれてしまった場合、学園を卒業してからが怖くなる。

 せっかくのんびりと過ごしたかったのに、目をつけられて勧誘でもされたらいよいよ面倒だ。

 それ故に、アデルは正直ルナとはあまり関わりを持ちたくはなかった。

 加えて、ルナは出会い頭にファンだと公言している。

 もうある程度確信があるのだと見て間違いないだろう。

 しかし───


って言われたらなぁ)


 どうにも見過ごすことができない。

 これはアデルのある意味矛盾した優しい性格だからだろう。


(それに、この子……もしかして前に助けた子か?)


 いつぞや、何者かに襲われていた女の子を助けたことがある。

 その時に見た女の子と今横にいる女の子が似ているような気がした。

 もしもその通りだったとしたら、初めに声をかけられたことも納得ができる。ファン云々は置いておいて。


「私、サロンを作るって話をしたじゃん?」


 少し前のことを思い出していると、ルナが口を開く。


「アデルくんも何となく察してると思うけど……味方集めのために作ろうとしたんだよね」

「派閥、ってやつですよね?」

「そう、派閥。私はどうしても味方がほしかったから……」


 ピタリと、早歩きをしていたルナの足が止まった。

 何故? と、アデルの足まで止まってしまう。

 しかし、ルナはアデルの疑問とは裏腹に大きく深呼吸を一つした。

 まるで、何か心の準備でもしているかのように。

 そして───


「『黒騎士』様……ううん、アデルくん。?」


 ───そんなことを、言い始めたのであった。


「…………」


 即答はしない。とはいえ、本当であればアデルは首を横に振りたかったし、思い切り「俺は『黒騎士』じゃない!」と言ってしまいたかった。

 何せ、ドロドロした貴族社会の派閥に入りたくなどないから。面倒事に巻き込まれる可能性があるし、損得で顔色を窺う世界がそもそも肌に合わないから。

 だが、即答するにはあまりにもストレート。

 普通は何か関係値やある程度イベントを挟んで勧誘するはず。そうしないと断られる可能性があるが故に。


「……本当はこんな形で言うつもりはなかったんだけどなぁ」


 しかし、ルナはストレートに何も挟まず言ってきた。

 それも、『黒騎士』というワードを出してまで正直に、真剣な顔で。

 だからこそ「違うんだ」と、否定的な嘘ですらつけなかった。


「……今、何が起こってるんですか?」


 アデルは怪訝そうに少し主軸を変えた質問をする。


「一個上に、私のお兄ちゃんがいるの」

「そういえばエレシアが言ってましたね」

「そのお兄ちゃんが、サロンの設立を邪魔してて……」


 サロンが作れなければ、仲間集めはできない。

 正確に言うとできないことはないのだろうが、サロンを作った方が早く効率的に集められて、関係値も頑固たるものとなる。

 とはいえ、それがどうして己と関係があるのか? なんて不思議に思ってしまう。


「それで、今……サロンの設立を賭けてセレナが戦ってて」


 ルナは再び足を進める。

 護衛の女の子のことを思い出したからだろうか? 先程のスピードよりもさらに早く、もはや走っていると言っても過言ではなかった。

 それに続くように、アデルもまた走り始める。


「なんで、お兄さんがサロンの邪魔を? 別に仲間集めぐらい許してくれそうなものですが」

「……話せば長くなる。それに───」


 言いかけた途端、ルナは申し訳なさそうにアデルを見た。

 その瞳には、何故か薄らと涙が浮かんでいる。


「……ううん、ごめん。やっぱり引き返していいよ。多分、


 アデルにはルナの心情は分からない。

 ここまで連れてきておいて引き返せなど、どういうつもりなのだろうか? 距離が近づくにつれて申し訳なさが勝ったとか? それとも、自分じゃ頼りないから?

 改めてルナの表情を見る……その罪悪感で滲んだ表情は、恐らく前者だろう。


「…………」


 この時、自分はどうするべきだろうか?

 間違いなく、この件に関われば第二王女との関係が強くなるし、他の王族とも関わることになる。

 ひっそりと目立たず堕落した三年間を送るのであれば、間違いなく引き返した方がいい。


「…………」


 アデルは走りながら少し考え込む。

 そして、ゆっくりと口を開いた。


「俺は───」



 ♦️♦️♦️



 第二王女の護衛であるセレナは訓練場にいた。

 昼休憩にも関わらずお弁当を広げるには場違いなところにいるのは、単純に剣を握っているからだろう。

 そして、正面には───


「セレナくん、諦めた方がいいんじゃないか?」


 少し離れた観客席からは、そんな声が聞こえてくる。

 チラチラと見える観客に回っている生徒の中。そこに、何度も見かけたことのある第三王子の姿があった。


「諦め、ねぇですよ……ッ!」

「うーん……なんでそんなに必死になるかな? 仲間集めに必死なのは、もしかしてのかい?」

「〜〜〜〜ッッッ!!!」

「ははっ! そんなに僕を睨むのはいいけど、君の相手は僕じゃないよ?」


 その言葉の瞬間、セレナの目の前に振り下ろされようとしている剣が映った。

 セレナは咄嗟に剣を掲げるが、剣は振り下ろされることなく代わりに空いた胴体へ蹴りが突き刺さる。


「ばッ!?」

「悪いな、嬢ちゃん。こっちも命令なんだ」


 セレナの小柄な体が地面を転がる。

 それを見て、観客席にいた第三王子───ユリウスが愉快そうな笑いを見せた。


「あはははっ! 君が相手にしているのは僕の護衛で、二学年の順位二位ナンバーツーだよ!? いくら君が強くても勝てるわけないって!」


 だから諦めようよ、と。

 ユリウスだけでなく一緒に見ていた何人かの生徒も同じように嘲笑を含めた声を上げた。


(こん、の……ゲス野郎!)


 セレナはルナのことを慕っている。

 気兼ねない友人でもありながら、守ってあげたくなるような優しい性格の持ち主。

 そして、そのためだったらいくらでも剣を握るし、努力もしてきたつもりだった。

 だが、目の前の相手は───己よりも強い。


(一つ上ってだけでも経験キャリアに差があるっていうのに、私よりも順位が上でいやがります!)


 セレナは何度も咳き込みながら、ゆっくりと起き上がる。

 今まで何度も殴られ、負った切り傷と打撲が足を震わせ、思うように体を動かしてくれない。

 それでも……己よりも強いと分かっていても、この勝負だけは勝たなくてはならなかった。

 何せ───


(姫さんにはもっと仲間がいねぇと……で生き残れねぇです)


 あいつに殺されるから、と。セレナはもう一度観客席にいるユリウスを睨む。

 そして、思いっ切り気合いを入れるようにして叫んだ。


「さぁ、来やがれですッ! 姫さんに道を開けろッッッ!!!」


 すると、何故か


「……ぁ?」


 突然の事態に、ユリウスの口から変な声が漏れてしまう。

 ユリウスだけではない、一緒に客席にいた生徒も、剣を握っていたセレナ達でさえ固まり、反射的に頭上を見上げた。


 先程まで青く澄み渡った空に、眩しいほどの明るい陽射し。

 それが細く伸びた木々の集合体によって、全てが遮られているのだと気づいたのは少しあとであった。


 だがしかし、それよりも先に頭上から───



「乱入戦だクソ野郎。女を泣かせる雑魚への躾の時間だ」



 ───漆黒の剣を携えた少年が、訓練場へと姿を現した。

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