継承権争い

 国王健在。

 それでも行われるのが王位継承権争いだ。

 退位が視野に入った時、己の席へ子供の誰を座らせるのか……相応しい人間は誰なのか、それを見定める場だと言ってもいい。

 カリスマ性、支持力、腕っぷし、経済力、知能なんでもいい。

 現国王が「相応しい」と思った人間こそが、次期国王への切符を手に入れることができる。

 その切符を手に入れるため、王家の血筋を引く子供はそれぞれ王位を目指して奮闘し、時に争うこともある。

 これが王位継承争いだ———


「と言いますが、未だにそんな話は耳にしませんよ?」


 流石に人の目があるところでは話せない。

 場所は代わり、アデルの部屋。

 エレシアはキッチンで紅茶を淹れながらふと疑問を口にする。

 しかし―――


「なんで男の部屋で様になっていやがるんですか、エレシア嬢は……」

「ごくり……カップが置いてある場所も覚えてたんだよ」

「あなた、女性寮で見かけないと思ったけど……まさかアデルの部屋に住んでるわけじゃないでしょうね?」


 その疑問よりも「エレシアがこの空間に慣れ過ぎている」というのが気になるようで。

 お客様用のソファーに並びながら、三人はそれぞれジト目を向けた。

 ちなみに、セレナはアデルの部屋に向かう途中に合流し、一緒に足を運んだような形だ。


「今更エレシアの行動力に疑問を持っても仕方ないって」


 一方で、アデルは寝室とリビングのドアの開け放ち、顔をしっかりと見せながらベッドへ寝転がっている。

 その姿は、久しぶりに見る自堕落ボーイの姿そのものであった。


「話は戻すが、俺もそんな話は聞いたことがないですよ? まぁ、俺が生きているうちに国王が変わったことがないから、これが普通なのかもしれませんが」

「ううん、普通ならもっと話は広がっているはず。そりゃ、大々的に「争ってます!」なんては言えないけど、少なくとも社交界では絶対に話は挙がるよ」

「その割には、私も話を聞いたことがないのですが……」


 エレシアとアデルとは違い、社交界に足を踏み入れてきたシャナまでもが首を傾げる。

 その姿を見て、ルナはおずおずと手を挙げた。


「あのさ、その前に……敬語やめない? その、『黒騎士』様に畏まられるのって恐れ多いって言うか……」

「この場で姫さんが一番恐れ多い人でいやがりますけどね」

「そ、そもそも私畏まられるの苦手だしっ! エレシアちゃん達も普通にお友達のように接してほしいっ! ほら、仲間になったわけだし!」

「おーけー、ルナ。あい分かった」

「ご主人様は切り替えが早すぎます」


 そもそも他人に畏まるのが苦手なアデル。

 相手が王族だろうが「やったねありがとう!」な気持ちが先行してしまうようだ。


「まぁ、ルナ様がそう仰るのであれば私は構いませんが……元より私の素がこちらなので、そのままでいかせてもらいますね」

「あら、私もよろしいんですか?」

「うんっ!」

「そう、じゃあ遠慮なく」


 言葉が崩れ始めるシャナ。

 心の距離が近づいたと思ったのか、ルナは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「さっきの話でいやがりますが、正確に言うと

「ん? でも、継承権争いがあるから兄貴に目をつけられてるんだろ?」

「感覚的には「その予感がするから今のうちに準備しとこうぜ!」的な? これはユリウスお兄様だけじゃなくて私達兄妹全員が感じていることなんだけど」


 つまり、家族の間で何か感じるものでもあったのだろう。

 国王の体調が芳しくないとか、何かしら紐づくようなアクションがあったか。いずれにせよ、一人だけが感じ取っているわけではないため、勘違いとは考え難かった。


「……ユリウスお兄様が私を目の敵にするのは、単純に一番潰しやすいからだと思う」

「潰しやすい?」

「う、うん……今、私が一番味方少ないから」


 国王が判断する材料は色々あるが、一番はどうしても支持力だ。

 国を率いることになるため、まずは民の支持を受けて認めてもらわなくてはならない。中でも、国の中心たる貴族の味方は必須だ。

 何かあった時に手を貸してもらえたり、意見を尊重してもらえる。

 逆に、なんの支持もなければ貴族達が離れていってしまう。そうなれば、国の運営もままならず、いずれ謀反も―――なんてことも考えられるため、支持の部分が一番重視されるのだ。


「潰しやすいところを早いところで潰していく。ユリウスお兄様は盤面が汚れるのが嫌だから「ひょんなことで力をつけられる」ってことを避けようとしたがるんだよ」

「完璧主義者で潔癖主義者ですか……それで野心も強いともなれば目も当てられませんね」

「私はそもそも王位に興味がない。これは何人かの兄妹も同じことを考えてはいるんだけど……」

「手のひら返しをされるのが怖い、って感じなのかしら? まったく、相変わらず傍迷惑な人ね」


 サロンの設立を認めたくなかったのは、ルナに味方が集まるのをよろしく思わなかったから。

 確かに、真っ先に潰そうとしている人間が力をつけようとするとよろしくは思わないだろう。

 だからこそ―――


「私は潰される前に仲間を集めて。仲間を集めて影響力が増せば、ユリウスお兄様も強行的な手段は取らないと思うから……」


 潰したあとの処理に躊躇させればいい。

 そうすれば、己の命が狙われずに済む。

 事が大袈裟になれば処理が仕切れずに己の野心が潰れてしまうかもしれないからだ。


(にしても、さっきからって話で進めようとしているが)


 そういうリスクが普通に考えられるってことか? と、アデルはルナを見て思う。

 野心がない人間が必死になる時は、基本的に己の身が危険になる時だ。

 アデルも、もし「お仕事ちゃんとすれば大量のお金がもらえるから」と言われても「どうでもいい」と重たい腰を上げようとは思わない。

 ルナも本来であれば積極的にならなくてもいいことに積極的になっているのは、己の身に関係しているからだろう。


「結局、俺達がするのはルナの身を守りつつ味方集めをすりゃいいってことか?」

「え? あ、いやっ! そうしてくれるのは嬉しいけど、私が巻き込んだことだしアデルくんは仲間になってくれるだけで―――」

「何言ってんだ、乗り掛かった舟だし、同船するだけで終わるかよ」


 よっこいせ、と。アデルはベッドから起き上がってリビングへと顔を出した。


「それに、それでルナを守れるんだろう? なら、手を貸さない理由はねぇだろうが」


 真っ直ぐに、素っ頓狂な顔で、さも当たり前のように口にした言葉。


「〜〜〜〜ッ!?」


 それを受けて、ルナは耳まで綺麗な真っ赤になってしまった。

 そして———


「はぁ……またご主人様は誑し込んで。あとで膝枕と肩関節です」

「なるほど、エレシアが惚れた理由がなんとなく分かった気がするわ……」

「姫さんも惚れるわけですねぇ」


 当事者ではない三人の女の子は、それぞれ優しすぎる男へジト目を向けるのであった。


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