従者VS従者

 本来であれば、下級生が上級生と決闘することはほとんどない。

 もちろん、部活動や試験の内容によって行うことはあるが、両者にとってあまりメリットがないからだ。

 上級生や下級生、両者のどちらかが上の順位の人に勝ったとしても順位の変動はない。

 逆に上の順位が下の順位に負けてしまった場合は順位が下がり、他の同学年の順位が繰り上げするだけ。


 アデルとセレナが戦った際は少々事情が特殊だが、故に滅多に上級生と拳を交わすことはないのだ。

 だからこそ、エレシアにとっては初めての上級生との相対。


(実力が如何ほどかは分かりませんが)


 手加減はなし。

 エレシアは指をカインに向けると、で指先から光を撃ち出す。

 しかし、カインはセレナと剣を打ち合いながら首を捻って躱した。


「無詠唱とは、今年の一年生は少々レベルが違いすぎではないか?」

「そういう割には余裕で避けてくれますね」

「私のついでっていうのも悲しいでいやがりますけどねっ!」


 セレナが素早く脇腹へと剣を振るう。

 すると、カインは振り切る前のセレナの手首を掴み、そのまま鳩尾に蹴りを叩き込んだ。


「かハッ!?」

「知っているか?」


 セレナの体がエレシアの方まで転がる。


「二学年に上がる頃には、入学した百人以上が半分以上学園を去ることになる。初手の試験では成績にこそ影響しないが、次回からはそうもいかない。決闘で茶番が地獄に変わることもある」


 そして、カインは一蹴りで二人へ間合いを詰めると、そのまま横薙ぎに剣を振るった。

 咄嗟に剣をかざして前へ出たセレナの両手に重たすぎる衝撃が伝わる。


「そのため、二学年のほとんどが粒揃いばかりだ。その中で上位の順位に食い込んでいる人間は言わずもがな」


 カインはセレナの剣へ二度、三度と剣を振るう。


「だから、俺もそれなりにやるぞ? だから本気を出したらどうだ、伯爵家の神童」


 カインの視線を受けてエレシアは眉を顰める。

 手加減をされていると思われたのだろうか? エレシアは小さく溜め息をつく。


「私が本気で撃てば、ここが崩れてしまいますので。共倒れという客席も盛り上がらない結果など、私はごめんです」

「だが、このままでは終わるぞ?」

「だからといって、手を抜いているわけではありませんが」


 エレシアが手を叩く。

 すると、上空へ無数の光の粒が浮上し始めた。


光の恩恵を賜りし乙女は平等に祝福をさぁさぁ、私の想いの全てを受け取ってください


 カインの背中に悪寒が走る。

 せっかく詰めた間合い。それを放棄して、後ろへ反射的に後退した。

 その瞬間、光の粒子はカインが寸前までいた場所へと突き刺さる。そこの地面は―――煙を上げて


「……当たればタダでは済まんな」

「降参されますか?」

「まさか」


 カインはもう一度地を駆ける。


「君よりもっと厄介で凄い相手を知っているからな」


 同時にセレナも駆け出す。

 背後からはエレシアが浮かばせた球体が降り注ぐ。

 流石の運用センスだ。味方に当たらぬようセレナの動きに合わせるようにして魔法の弾幕を張り、相手の逃げ道を必然的に減らす。


「上手すぎやしませんかね、エレシア嬢」

「魔法士の本職は後方支援ですよ」


 一発でも当たれば、溶けながら肉体を貫通してしまうだろう。

 その恐怖がカインを襲う……はずなのだが、何故か怯むことはない。

 軽口を叩いてはいるが、エレシアはかなり釈然としない思いをしていた。

 そして、カインはセレナと応酬している最中に少女の首根っこを掴み、場所を入れ替わるように片手で背負い投げをしてみせる。


「ふざけ……ッ!?」

「あの時の二対一では後れを取ったがな、本来こんなものだ」


 地面に叩きつけられたセレナは唇を噛み締める。


(この中で立ち回れるとか、化け物でいやがりますか……ッ!)


 先程から己が役に立っていなさすぎる。

 確かに、殺さないように上手く立ち回っているのは事実。何せ、押し通りたいだけで殺傷をしたいわけではないから。

 とはいえ、支給されている剣は刃をつけていないし、本気で殴ったところでしっかり食らわせないと一撃で意識は刈り取れない。

 手は抜いているが、本気でやっていないわけではない。

 それでもなお、二学年の順位二位ナンバーツーは平然と立ち回っている。

 これが一学年と二学年の差。

 セレナは倒れた状態で剣を振るい、せめてもの抵抗を見せるが足で手首が押さえられ不発に終わる。


「しかし分かりませんね」


 エレシアが指先から光を撃ち出しながら口にする。


「こんなにも堂々とことを起こしておいて、無事で済むのですか? 殺意こそ感じられませんが、明らかに退学並みの妨害でしょう?」

「確かにことは大きいがな、大きいことも周囲が理解しなければなんの意味もない」


 カインは身を捻ることで光を回避していく。


「うちのは虚像を作ることに特化している。こうしている間にも、講堂には俺と君達の虚像が皆と一緒にいる―――つまりは、すでに合格しているんだ」

「…………」

「だから、ここで不正を訴えたとしても「何を言っているんだ?」と思われるだけ。これが俺達の持っている保険だ」


 合格している人間が「私達は妨害されました!」と言っても、信じる者はいない。

 何せ、さっきまで一緒にそこにいたのだから。

 それに、合格しているのに何故そのようなことを? と不信感を煽るだけ。

 そのため、カイン達は決して虚像と本人を同じ空間におらせないよう気を配って戻ればそれでいい。

 少数の意見より、嘘を信じた多数の意見。

 これがまかり通ることを、カイン達は今までの経験で知っていた。


「だから大人しく諦めてくれ、頼む」


 懇願に似たような顔をしながら、カインはついにエレシアの懐まで迫り来る。

 その瞬間、エレシアは───


「……あなたと同じで、私は特に学園には固執していません」


 握り締めた拳に、片手を添えた。

 そして、それを広げると───何故か、その間からが。


「大事なのは主君の身と行く道だけ」


 なんだ、と。カインの脳内に疑問が湧く。


完成ギフト、『光の剣』」


 しかし、関係ない。

 この距離であれば、魔法を行使されるよりも剣を振るう方が速い。

 故に、カインは躊躇うことなく迫った勢いそのまま剣を横薙ぎに振るった。

 そして、エレシアの剣が防ぐようにして軌道へ置かれる。


「私はアスティア侯爵家で学んだことがあるのですが───」


 すると、剣を合わせた瞬間に剣が滑るようにして


「案外、騎士というのは相棒けんがなくなると、どんな人間でも驚かれてしまうみたいです」


 カインは知らない。

 この剣が、先程見せた粒子の集合体だということを。

 太陽の光は収束すれば多大な熱を生む。虫眼鏡で光を集め、紙に当てると燃えてしまうように。

 言わば、エレシアの持っている剣は炎以上の熱性を帯びた魔剣。

 その効力は───鉄をも溶かすブレードである。


「……は?」


 エレシアの言う通り、カインの脳内に一瞬の空白が生まれる。

 その瞬間、背後で立ち上がり剣を構えたセレナが苦笑いを見せた。


「ほんと、エレシア嬢だけは敵に回したくねぇですね」


 直後、ゴッッッッッッッ!!! と。

 鈍い音が頭蓋に走る痛みと同時に、カインの耳へ響き渡った。


(……あぁ、そうか)


 負けたか、と。

 薄れ始めていく視界の中、ふとそんなことを思った。

 そして───


『君は悪役ヒール側には向いてないよ。何せ、君は優しいんだから』


 ───何故か最後、脳裏にの姿が浮かび上がった。




「では行きましょうか、セレナ様」

「まったく……うちの順位二位ナンバーツーも化け物でいやがりますね」


 今ここに、人知れず行われた従者達の戦闘が幕を下ろす。

 またしても下級生が白星を上げるという、番狂わせによって。

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