英雄VS悪役
シャルロットの魔法はアデルと同じく特殊だ。
現象としては蜃気楼と似ており、実際のところは幻覚幻聴に近い。
相手の視覚に己の望む造形を映し出し、発言や造形が生み出す音を相手の意識から想像させる。
簡単に言えば今の流れなのだが、無論言うまでもなく構造と理論としては複雑。
シャルロットは、この魔法を十歳の時に編み出した。
そのおかげで戦闘にも応用ができ、アリバイ工作や偽物を作る際には右に出る者はいない。今まで、そうしてユリウスの力になってきた。己ではなく、己以外の誰かの体を相手に見せることによって、己の存在すら隠し続けてきた。
もちろん、魔法という力であるが故に魔力が枯渇してしまえば自ずと消えてしまう。
必須事項として、まずは「意識を奪われない」こと。
意識さえ続いていれば講堂にいるカイン、ユリウスの体は消滅しない。
証人が多数おり、いくらアデルやルナがシャルロットの存在を暴露しようが、誰がどっちの話を信じるかなど明白。きっと「退学の悔しさから出た言い訳」程度にしか捉えられない。この行為が問題視されることはほぼないだろう。
(まぁ、この状況であればメインの二人を担当している私だけは少々アリバイ工作の矛盾消しに苦労するのだが)
だから、己のするべきことは―――
(如何にこの化け物を主人に近づけさせないか、かな)
足元に広がった草木。
そこから幾本もの蔦が伸び、シャルロットは剣を振り回すことによって切り刻んでいく。
(気絶させるのがベストではあるが、高望みをしていいのか分からないね)
今度はシャルロット相手に巨大な幹が迫り来る。
だが、その幹はシャルロットの体をすり抜け、そのまま奥の壁を破壊して広々した空間を作り出していた。
何体ものシャルロットが一斉に地を駆ける。直後に鋭利な蔦が横薙ぎに振るわれたが、それぞれの動きをして全員が回避。
アデルの懐に迫った瞬間、空いた胴体へ剣を思い切り振り抜いた。
しかし―――
「かっ、た……!」
感触は鈍い。ダイアモンドにでも当ててしまったかのよう。
現にアデルを纏っている黒い甲冑は傷一つついておらず、直後に本体である己に剣が振るわれた。
(『黒騎士』。あの英雄にまさか剣を向ける日が来るとは……弟達に言ったら怒られそうだ)
シャルロットは剣を握り直す。
そこからは、他のシャルロットを無視しての剣の応酬だ。
一歩も退くことはない。ただただ剣と剣が衝突する音だけがダンジョン内に響き渡る。
そして直後、応戦していたはずのシャルロットの剣がすり抜け、アデルの後頭部へ重たい衝撃が走った。
「……ッ」
「目の前に集中しすぎではないかい?」
シャルロットがやったことは至って単純。
後退している途中に虚像だけを残し、己の姿をアデルの視界から消して無警戒の部位へ剣を振るった。
これだけ。これだけではあるが、アデルと剣を合わしながら行うことがどれだけ難しいか。
息継ぎのタイミング、間合いの測り、加えて魔法の行使速度。
間違いなく、並大抵の人間ができることではない。
これは、間違いなく―――
「まさか、俺以外にも魔法剣士がいるとは」
「表現の仕方は各々に任せるよ。私はこっちの方がやりやすいだけすぎない」
魔法剣士の数が少ないのは、単に魔法を扱える剣士が該当しないから。
魔法も使えて、剣も振るえる。それぐらいであれば、誰にだってできる。
しかし、それはあくまで器用貧乏にすぎない。
剣で一線で戦う騎士に勝てるか? 魔法で研究漬けの魔法士に勝てるか?
つまりは、そういうこと———剣と魔法の両方に特化しており、戦闘において併用できる異端児にのみ、その呼び名が適応される。
「好きに呼ぶといいさ、そもそも名声に興味があればこんな
アデルが大振りに剣を振るい、虚像や姿を消した己も同時に距離を取る。
その瞬間、姿の見えないはずの己にのみ太い蔦が伸びてきた。
斬れば居場所が分かってしまう。故に跳躍して距離を取ったが、再び着地した足元から同じように蔦が伸びてきた。
(なるほど、感触で居場所を掴んできたか)
虚像はあくまで虚像。実体はない。
そのため、触れている場所には重さは乗らず、触れている感触を確かめられるのであれば姿が見えていなかろうが捉えることは可能。
しかし―――
「安直、ではあるがね」
シャルロットが指を鳴らす。
それだけで、周囲一帯を紅蓮の炎が覆った。
この規模を無詠唱———きっと、もし客席があって誰かが鑑賞していたのであれば、驚かずにはいられなかっただろう。
「植物は火に弱い。燃やしてしまえば、脅威でもなんでもないのではないかな?」
炎の海から太すぎる幹が燃えながらシャルロットへ迫る。
「だが、燃えるだけだろ?」
「しかし、燃えるのだろう?」
シャルロットは軽く剣を振って真っ二つに幹を両断していく。
真っ二つに分かれた幹は壁に当たると、そのまま灰となって崩れ落ちてしまった。
「威力がお粗末」
暗い空間にあった緑が、一瞬にして赤黒く染まっていく。
自然の恩恵たる癒しが、一瞬にして地獄絵図に変わってしまったかのよう。
(……いける)
燃え盛る中を駆け出し、多くのシャルロットがアデル目掛けて剣を振るっていく。
(いける)
対処はできていない。
多くを繰り出す剣戟の何度かがアデルの体を打ち、炎の影響もあってようやく黒の甲冑のところどころに崩れが生じていく。
(いける……倒せる)
本当に誰かがこの光景を見ていれば「信じられない」と口にしたはず。
互いに学生。にもかかわらず、目にも留まらぬ速さで繰り出される剣戟。同時に生み出される強力すぎる魔法。
熟練の大人ですら、きっとこの場の戦闘に参加したところで相手にはならないだろう。
それぐらいにまで、今起こっている光景は異常すぎる。
異端児と異端児。天才をも超える才能を持っているからこそ生み出される戦闘。
しかし、それでも押しているのは間違いなくシャルロットだ。
(足止めではなく、勝利が……!)
それは、シャルロットが一番よく分かっている。
剣を交え、実際に一撃を畳み込み続けているからこその確信。
「……おい」
そして、この確信が仮初であったことも―――
「この程度か?」
―――直後、シャルロットの体が五枚の壁を越えて地面へと叩きつけられた。
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