定期試験⑤

「エレシア嬢」


 エレシアが照らし続け、視界良好な洞窟の中。

 ゆっくりと歩いていたセレナは、ふと横に並ぶエレシアに尋ねた。


「いかがなさいましたか?」

「いや、いかがなさいましたかって言いやがりますけど、こっちのセリフですよ。んですか?」


 エレシア達は一時間が経とうとしている現在、まだダンジョンの中を探索していた。

 それはもう、くまなく。まるでどこかに落とてしまったピアスでも探すかのように。

 をもスルーして、ずっとひたすら中を歩いていた。


「ふふっ、滅多に見られない場所ですので探検でもしようかと」

「意外とお淑やかを売りにしている女の子もお子様、ってことでいやがりますかね?」

「隙がない女の子よりも、可愛らしい部分を時折見せた方が好かれやすいのですよ。俗に言うギャップ萌えということです♪」


 そんなもんですかね、と。セレナは腕を組みながらチラリと後ろを向いた。

 そこには、ダンジョンに入ってから一度も口を開かず黙々と距離を取ってついてくるカインの姿が。


(なーんにもなしでいやがりますか)


 ここに至るまで、特にこれといったことはされていない。

 てっきり妨害行為でもされるのかと思っていたが、蓋を開ければ何もなし。

 普通に試験に臨ませてもらっているような形だ。


(他の人がどういう感じかは知りませんけど、ちょっと不気味なんですよねー)


 そう思っていた時、ふと正面から巨大な岩が転がってきた。


「これ、二回目なんでいやがりますけど」

「まぁまぁ、ダンジョンのテンプレも存外楽しめるものではございませんか?」


 セレナはエレシアを庇うようにして前へ出る。

 そして、懐に着けていた鞘から剣を抜くと、縦横に一閃ずつ振るった。

 巨大な岩はある程度の大きさの瓦礫となり、その場で崩れ落ちていく。


「お見事です、流石は順位三位ナンバースリー様」

順位二位ナンバーツー様に言われても皮肉にしか聞こえねぇですよ」


 セレナがため息を吐きながら剣をしまった時、ふとエレシアの足が止まる。

 懐から時計を取り出し、時間を確認すると大きく背伸びを一つして───


「話を戻しますが……まぁ、こうして歩いているのは、本当のところはです」


 ───唐突に、そんなことを言ってきたのだ。


「あの、それはどういう……?」

「そのままの意味ですよ。まさか、私が本気でダンジョンの探検を楽しんでいたとでも?」


 正直、おかしいとは思っていたが「そうなんだろうなー」と納得していたセレナ。

 思わず頬を引き攣らせ、エレシアはそれを見てお淑やかな笑みを浮かべた。


「私がこうしてゴールを目指さずダンジョンの中を歩いているのは、万が一が起こっとた時……そして、万が一が起こっている時を想定してです」

「……あ、なるほど」

「別に「合流して共にゴールをするな」などといったルールはありません。であれば、諸々の懸念事項を考慮して合流するべきかと」


 ルナを取り巻く環境の問題が解決しておらず、目下の元凶が接触している。

 そう考えると、別々に受ける試験とはいえ一緒に行動した方がいいのは間違いない。

 もしかしたら、こうして探している間に何か起こっているかもしれないから。


 今回の試験は、成績に影響しない。

 ゴールにさえ辿り着けばいいのだ、であれば限界まで捜した方が賢明。

 エレシアが先程までずっとゴールを目指さないのは、そういった理由だ。

 そして───


「なるほど、な」


 ガキンッッッ!!! と、唐突に剣と剣が衝突する音がダンジョン内に響いた。

 エレシアが少し視線を動かせば、そこにはセレナとカインが剣を合わせている姿がある。


「……やはり、何か仕掛けていますね」

「よく分かったな」

「確信はありませんでしたよ。とはいえ、こうして直接剣を向けられるとは思っておりませんでしたが」


 セレナが剣に力を込める。

 押し返そうとしているのだろうが、元の筋力差があるが故に少し押し負けているような気がした。

 だが、そこへ光の直線が少年の顔のすぐ横を通り抜け、カインはすぐさま後ろへ飛び退く。


「……行かせたくない、っていうことでいやがりますかね?」

「そうでしょう……何せ、試験監督の本分を捨て去りさって妨害してきたのですから」


 二人の警戒心が一気に上がる。

 ここで後退する気は……ない。ゴールへ向かって講師の人を呼ぶということもしない。

 何せ、こうして剣を向けてきたということは妨害の意思があるから。

 


「安心しろ、別に俺は君達の主人をどうこうするつもりはない」


 その代わり、と。

 剣を担いで、申し訳なさそうに口にする。


「俺の役割は、あくまで君達の足止めだ。悪いが、合流はさせん」

「……いいんですか? 試験監督が手を出せば、退学処分ぐらいなるんじゃねぇですか?」

「そこに関しては安心しろ。あの王子が無策で強行するわけがないからな、他力本願すぎるが保険は打ってある」


 カインは剣を担いだまま上を見上げる。

 何もない、ただの天井を───


「それに、仮に退学になろうとも


 ───そして、三人が一斉に地を駆けた。

 ダンジョンの中で初めて、本格的な戦闘が始まる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る