現れたのは
ルナ・カーボンはそこまで『弱い』存在ではないというのは、先に伝えておく。
それこそ、順位に縛られた学園の中で八位に組み込むほどには実力に長けている。
もちろん、アデルやシャナ、護衛であるセレナには劣るものの、魔法士としては同年代よりも飛び出ていた。
あの魔法家系の神童とも呼ばれたエレシアと比べられると苦笑いしかないのだが、それでも。
それでも、王族の名に恥じない程度には秀才の域であった。
しかし───
「この程度かい?」
飛び出る土の槍。
それを一瞬で打ち砕いてみせたのは───自分の兄。
ルナはその光景に唇を噛み締め、走りながら小さく詠唱する。
「土の恩恵よ、彼の者に鋭利な裁きを……ッ!」
ユリウスの周囲を、またしても土の槍が覆う。
射出に躊躇いはない。すぐさまユリウスへ全てが向けられるが、瞬き一つしている間にユリウスは握っていた剣で砕いてしまった。
「二流も二流。別に凡才っていうわけではないんだけど……」
ユリウスの姿がブレる。
今までの勘が働いたのか、咄嗟に走ることをやめて体を丸める。
すると、レディーに対して容赦のない一振りがルナの胴体を襲った。
「やっぱり、僕の妹としては失格だね」
華奢な体が地面を転がる。
ルナは痛みに顔を苦悶なものに変えながらも、起き上がってすぐに駆け出した。
(ふざけてる! やっぱり、差がありすぎ……ッ!)
ユリウス・カーボン。
王族の中で最も戦闘に特化した才能者。
剣聖の生まれ変わりと呼ばれるほど剣術の才に恵まれ、
その実力は風評だけでなく、ルナは今まで何度も目の当たりにして経験してきた。
だからこそ、改めて───ふざけるな、と。悪態をついてしまう。
(もうっ、なんで誰とも出会わないの! Sクラス、優秀すぎ!)
事情を知らない第三者と出会えれば、証人が増えるのに。
それでも、何故か誰とも出会わない。もうとっくにクリアしているか、これもユリウス達が何かをしたのか。
まだ迷惑をかけたくないアデルやエレシア達と出会わないのは僥倖だが、何も要素がないのは厳しいものがある。
故に、ルナは危機感を覚えながら引き続きゴールを目指す。
「上の兄姉達は役に立たない」
ルナは脇にあった地下への階段に飛び込んだ。
その瞬間、先程までいた場所に振り下ろされた剣が突き刺さる。
「一番上の兄は権力に酔いしれ、二番目の兄は勉学の虫。姉の方は幾分か国のことを考えているようだが、それでも所詮はレディーの中での話だ。行動力が伴わないし、起こそうと考えても実際にはしないだろう」
階段を転がるように落ちるルナへ、ユリウスは視線を向ける。
「逆に、ルナはもったいない。特段他の兄姉達よりも才能があるわけではないが、行動力がある。もっと早く産まれていたのであれば、もう少し派閥の仲間も増えていただろう」
カツン、と。ユリウスの足音がダンジョンの中に響き渡る。
それが死神の足音だというのを、ルナは知っている。故に、会話をすることなく一目散に下の階のダンジョンへ駆け出した。
「だからね、ある意味ルナの方が僕にとっては恐ろしいんだ。上ばっかり見ていると、足元の石が近づいているのに気づかないからね。早々に道を整備しておきたいんだ」
背中を向けた、その一瞬でルナの脇腹へユリウスの蹴りが突き刺さる。
「〜〜〜ッ!?」
「僕は上を行く、国をもっと躍進させるために」
地面を転がる。それも中々止まらない勢いで。
距離が離れたことで、ルナは少しだけ安心する───まだ逃げられる、と。
そんな妹の心情などどうでもいいのか、ユリウスは懐から取り出した時計で時間を確認して、そのまま懐にしまう。
「そ、そのためなら家族も殺すって……?」
ルナは咳き込みながら、ようやく口を開いた。
「綺麗事でも述べるかい?」
「……やっちゃいけない一線ってものがあるじゃん」
「必要な犠牲かどうかは、結果を見て判断すればいい」
ルナは無詠唱で土の礫を手のひらから飛ばす。
しかし、ユリウスは難なく剣で弾き飛ばした。
「やるなら徹底的に。僅かな汚れも許さない。殺す殺さないが問題じゃなくて、確実性がそこにあるだけ。自分が非道でクソ野郎って言うのはもちろん自覚しているさ」
それでも、やる。
理解していてもなお、この道を進むことに躊躇いはない。
野心家───それも、典型的なイカレ野郎。
もしも、ここで自分がユリウスに倒され気を失ってしまおうものなら、間違いなく退学にさせられるだろう。
何故、今の行動がバレないのかは知らないが、この余裕が嘘ではないというのを教えてくれている。
そして、ここで己が負けてしまえば───学園の外で己がどうなるのか分からない。
ふと、以前に街の外で死にかけた事件が脳内に蘇る。
それは、確か憶測でしかないが身内の兄が用意したもので───
(…………ぁ)
ルナは立ち上がろうとした瞬間、足に力が入らないのを理解した。
少し前に死にかけた事件がフラッシュバックしたのか、今までのダメージが現れたのか。
ルナは一生懸命に、子鹿のように震える動かない機械を動かそうとするかのように何度も叩いた。
「……動いて」
「終わりだね」
「動いてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
このままじゃ負ける。
負けて、退学して、皆と別れてしまって……死ぬかもしれない。
その恐怖が、何度も必死に足を叩くルナの瞳から大量の涙を生ませた。
「鬼ごっこは、これにて
ユリウスがゆっくりと剣を携えて近づく。
そして───
「それじゃ、凡才な
───天井から瓦礫が降ってきた。
「ん?」
ユリウスは反射的の頭上を見上げる。
瓦礫が落ちてきたのは、己とルナとの間。
まるで地面が砕け抜かれたかのように降ってきた瓦礫の中……ふと、知り合いに似たような少女の姿もあった。
少女は瓦礫と一緒に地面へ叩きつけられ、ユリウスは思わず口を開く。
「シャルロット……どうしてここに?」
「そんなの、決まっているだろう……ッ!?」
言いかけた瞬間、シャルロットは咄嗟に起き上がってユリウスの下まで飛んだ。
その姿は、まるで何かから逃げているよう。
次の瞬間、開いた穴から黒と緑に染められた数体の巨大な騎士の剣が地面へ突き刺さった。
「……よかった、間に合った」
遅れて現れたのは、一人の少年。
その少年は所々崩れている黒い甲冑を身につけており。
ルナを庇うようにして、ユリウスの前へと立ちはだかる。
「ア、アデルくん……!」
現れた背中を見て、ルナは思わず声を上げる。
迷惑をかけたくなかったのに。やっぱり傷ついてほしくないと、そう思って逃げていたのに。
それでも、嬉しく思ってしまうのは。
きっと、この背中がかつて───
「あとは任せろ、姫さん。だからもう泣き止め」
───泣いている己を助けてくれた、大きな背中だったからだろう。
『黒騎士』。
噂の通り、誰かの
「さぁ、
今日もまた、
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