最終局面、開始
アデルがここに現れたのは、決して偶然ではない。
シャルロットと戦闘をしている最中、地面に根を伸ばして音を確認していた。
根は相手に気づかれないよう、シャルロットと相対する前……地面に剣を突き刺した瞬間に埋めている。
もしも何かが起こっているのであれば、激しい足音や魔法といった衝撃が伝うはず。他の生徒の可能性もあったが、きっと本気で戦っているのであれば振動の度合いは違う。
そうして感じ取っていき、シャルロットと戦闘をしながら───ここまで至る。
「ア、アデルくん……」
ボロボロと、瞳から涙を流しているルナ。
端麗な顔はくしゃくしゃになっており、艶やかな綺麗な金髪は土で汚れている。
アデルは後ろを振り返って近づくと、ルナの目元を軽く指で拭った。
「泣くなって、な? 俺、あんまり誰かが泣いてるところ見るの、好きじゃねぇんだ」
「で、でも……わたっ、私……アデルくんを、危険な目に……」
「こんなの、別に危ない範疇に入らないって」
というより、と。
アデルは小さく口元を綻ばせた。
「前にもこんなことあったよな、今ちゃんと思い出したよ」
「ッ!?」
甲冑越しで見えない表情。
それでも、この状況に似つかわしくない優しい声音と言葉が、ルナの胸を激しく打った。
まさか、覚えていてくれたなんて。
自分はあなたに助けられたんだよ? と、出会った時から言いたかった。
それでも、きっと自分は『黒騎士』という
なのに、覚えていてくれた。
そして、今———
「あの時と同じ」
アデルは立ち上がって、いつぞや向けてくれた安心する背中を見せてくれた。
「安心して守られろ。最後は絶対に笑わせてやる」
そう言って、アデルはゆっくりと二人へ向かって歩き出した。
対面にいるユリウスは剣を軽い調子でゆっくりと揺らしており、横にいるシャルロットは荒れた息を整えている。
「終わったかい?」
「ご丁寧に待っててくれたのか?」
「そりゃ、
要するに、時間を稼いで少しでもコンディションを整えたかったということだろう。
アデルはユリウスの反応に少しだけ眉を顰ませる。
「そもそも、どんな手を使ったんだい? シャルロットの息が荒れているところなんて初めて見たよ」
「……そうかな、金さえ払ってくれればシャトルランでもやってみせるが」
「じゃあ、今度お願いしようかな。ついでにカインも一緒に体力作りでもやらせよう」
なんとも緊張感のない会話。
いや、どちらかというとユリウスに危機感がないのか。
シャルロットは軽口を叩きながらも、アデルから視線を外さない。警戒心は曝け出したまま、すぐに対応できるように。
それを、もちろん主人であるユリウスは感じ取っている―――
「まぁ、彼が僕達の思うように沈んでくれたあとの話、にはなるけどね」
近づいていたアデルの足が、ようやく止まる。
両者の距離は、ざっと五メートル。駆け出せばすぐに間合いが詰まりそうな距離。
そして、アデルの背後には何体もの巨大な緑の騎士達が並ぶ。
「……どうして」
「ん?」
「お前らは、普通に生きている女の子の邪魔をする? それも、ルナはお前の家族だろ?」
相手は家族。
それなのに、退学へ追い込もうとしている。
ルナが傷つけられているのは、ボロボロになって汚れている制服を見れば一目瞭然。
額に青筋が浮かんでいるアデルを見て、ユリウスは肩を竦めた。
そして———
「僕の野心のため」
―――アデルの眼前に、突如剣が振るわれた。
「…………」
それをアデルは即座に剣を合わせることによって一撃を躱す。
しかし、一瞬にして目の前に現れたユリウスはそのまま剣を振るっていった。
目にも留まらない速さ。加えて、流れるように見せる剣戟。相手がどう動き、どう振るえば崩せるのかを理解し、ミスを誘発させる剣術。
流石は剣聖の生まれ変わりと呼ばれる男。間違いなく、以前見たカインとは剣筋もスピードも桁が違う。
傍で見ているルナは、思わず息を吞んでしまった―――それらを難なく受け流すアデルに。
「へぇ、やるとは思っていたけど、まさか余裕で僕の剣を受けるなんて」
「俺がどこの家の出か忘れたのか?」
「知っているよ、騎士家系。あと、恥さらしだって言われていることもね」
アデルが剣を合わせながら視線を横に向ける。
すると、そこにはいつの間にか現れたシャルロットが剣を振り抜こうとしていた。
「学ばねぇな、お前も」
「まだ負けたわけではないからねッ!」
しかし、その途中で背後の騎士達が動き出す。
シャルロッテは視界に動き出しを捉えると、肉食獣から怯えて逃げるように元居た場所へと戻っていった。
それが、剣を打ち合っていたユリウスに違和感を生ませる。
「シャルロット……?」
「余所見か?」
視線を外した一瞬。
そこへ、アデルは剣ではなく素早い蹴りを叩き込む。
ユリウスは咄嗟に剣でガードしたが、あまりの威力にそのまま後ろへ後退していった。
下がったユリウスが、手の感触を確かめるために手を握ったり開いたりする。
アデルは、そんなユリウスへ―――
「……さっきから苛立ってばっかなんだ」
「なんで?」
「お前の行動に」
アデルは剣を突き立て、怒気を滲ませたまま口を開く。
「家族だろ? 妹だろ? 人間だろ? てめぇの自己中になんで他人を巻き込む? 世界のため、国のためにって大層な戯言を吐くためか? 言っておくが、どんな御託を並べてもチープな我儘にしか聞こえねぇぞ」
「別に、他人に納得してほしいからやっているわけじゃないさ」
ユリウスはアデルの怒気を受けても、平然と立つ。
「僕は僕が目指した頂へ足を踏み入れる。妥協なんていらない、他人なんか慮らない。無能な兄達の下に就くなんて真っ平ごめんだ……僕は僕。上に立つ者としての全てを手に入れたい。金も、地位も、名誉も、部下も、国民も、全てを」
そのためであれば、なんでもする。
たとえ過程に妹の笑顔があったとしても、容赦なく進み続ける。
そういう男。
ユリウス・カーボンとは、そういった男であった。
だからこそ―――
「……はぁ」
アデルはため息をつく。
そして、アデルは徐に剣を抜いて切っ先をユリウスへ向けた。
「お前も」
今度はシャルロットへ。
「お前も」
アデルは確かな怒気を滲ませてもう一度剣を地面へ突き刺した。
そこから始まるのは―――
「いっぺん、地獄に落ちて人生やり直して来い。落ちるのが怖いなら、俺が突き落としてやるよ」
「やれるもんなら」
―――二対一。
数的不利な状況での
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