違和感

(……シャルロットが、後退した?)


 違和感。

 己の中で、最も実力を持つ少女の逃げ。そこから己の認知との齟齬が生まれる。

 とはいえ、この空間に眼前に現れた脅威。

 全身を黒い甲冑で覆った少年と、まるで率いるように現れている騎士。

 体は自分達の二倍は優に超えており、目を凝らせばその騎士が全て植物で作られているのだと分かる。


(違和感はある……けど、納得もできる)


 乱入戦で見せた時とはどこか雰囲気が違う。

 見たことがある魔法であっても、異様な雰囲気がアデルから醸し出されている。

 剣を交わし、受け切られた時から、それは感じ取れた。


「どうした?」


 少年は一歩、前へ踏み込む。

 そして、嘲笑うように中指を突き立てた。


「もう一回来ねぇのか、二対一のスペシャルタイムだぞ?」


 動いたのはユリウスとシャルロット。

 同時に地を駆け、確実な一撃を叩き込むために距離を詰める。

 だが、二人の前に立ち塞がるのはアデルの生成したであろう騎士達。

 巨大な剣を振り上げ、図体とリーチだけで逃げ道を確実に塞ぎにくる。とはいえ、大振り。ユリウスは足元に滑り込んで回避すると再び地を駆けた。

 今度は真横から。別の騎士の剣が振るわれてくる。

 だが、その剣はユリウスの胴体をすり抜けていき───


「二対一、それでも勝つつもりかい?」


 実際のところ、ユリウスは足元から抜けた時点でもう一体の足元へもう一度滑り込んでいた。

 真っ直ぐ向かってきているユリウスは、シャルロットが生み出した虚像。

 そして、それはシャルロットの方も同じなのか、騎士が真上から振り下ろされた剣も少女の体をすり抜けていく。

 では、本体はどこに行ったのか?

 ……そんなの、姿を消して懐に潜っているに決まっている。


「逆にこれぐらいハンデがねぇと、その不遜を叩き折れねぇだろうが、あ゛ァ?」


 直後、アデルの腕が肥大化する。

 人の腕の三倍ぐらいの大きさ。もちろん、比喩であって実際にアデルの腕が膨れ上がっているわけではない。

 肥大しているのは、アデルの着ている漆黒の甲冑。

 それを、アデルは身を捻ることによって振り回していった。


(む、ちゃくちゃだね……ッ!)


 懐に潜っていたユリウスは咄嗟に剣で受け止めるが、踏ん張っているにもかかわらず勢いはそのまま壁際まで到達する。


「油断するなよ、主人……」


 姿を見せたシャルロットが、頬を引き攣らせたまま横目で訴えてくる。


「君が足止めを任せてきた男……まだ本気ではないみたいだからね!」


 まさか、シャルロットがここまで言うとは。

 完璧主義で徹底主義。それ故に、元より油断はしていないが……正直、納得はしているはずなのに未だ違和感が拭い切れていない。


(……あぁ、そうか)


 迫る黒緑の騎士の首を斬り、ユリウスは違和感の正体に気づく。


(イメージと現実に齟齬があるのか)


 正直、ユリウスは己が強いというのを自覚している。

 同年代だけでなく、大人と相対しても勝ちをもぎ取れると思えるほどに。

 そして、そんな己が素直に「自分より強い」と思えるシャルロットとペアを組んで、負ける未来イメージが見えないのだ。

 虚像を生み出し、相手の視界から己の姿を消して懐へ潜り込む。

 抜きん出た近接戦闘能力や、無詠唱で扱うシャルロットの魔法を合わせれば、負けることなど考えられない。

 だからこそ───シャルロットの顔に焦りが滲んでいる現状が違和感なのだ。


(現に、この騎士だけでは遅れを取るような真似にはならない……)


 カインは一撃で沈められてしまったが、先程から剣を振るって相対していても遅れを取っていない。

 確かに、斬った騎士の代わりに新たな騎士が生えてきている。どこまで生み出せるのかは不明とはいえ、何体増えたところで盤面が変わるとは思えなかった。パワーこそあれど、巨体が故にモーションが大きい。並の生徒であれば沈むかもしれないが、己には隙にしか見えないほど。

 現に、視界の端に映るシャルロットも巨体を燃やして的確に潰している。

 だから、何の問題も───



 ───アデルの伸びた巨剣がユリウスの脇腹に突き刺さる。


「ッ!?」

「そこだろ、本体」


 ユリウスの体が地面を転がる。

 久しく味わっていなかった床の感触。ユリウスはすぐさま起き上がるが、あまりの威力に咳き込んでしまう。


「そいつの魔法は厄介だが、打ち合っている姿を見つければ本体だと分かる。ようやく目も慣れてきた」


 虚像はあくまで虚像。

 本体をどうにかしているわけではなく、あくまでカモフラージュ。

 一時、広げた森の感触で実体を割り出していたが、それだとシャルロットの魔法によって焼き切られてしまう。

 威力がお粗末になる。

 であれば、自分が直接向かえばいい───


(かといって、それを実践一発目で慣らすとは……!)


 二対一という状況。

 加えて、己もシャルロットもそれなりどころではない実力の持ち主だ。

 そんな中で、実体を見つけた瞬間に反射して攻撃できるなどと、誰が普通思うだろうか?


「シャルロット!」

「分かっている!」


 ユリウスの体が消える。

 実体が浮かんだ瞬間に対応されるのであれば、そもそもずっと隠してしまえばいい。

 安直ではあるが、対応はされないはず。

 足元に森は広がっていない。であれば、感触で確かめるという方法はない。


 ユリウスは剣を握り締め、一回の跳躍でアデルの懐へと潜り込んだ。

 並の生徒や大人であれば、この一瞬だけで勝負は終わっていただろう。仮に対応できる目を持っていたとしても、姿が見えなければ意味がない。

 現に、アデルの視線は己とは違う方向を向いており、気づいている様子は───


「ば、馬鹿野郎っ! 不用意に近づくな、私が追い詰められたのはだぞッ!」


 シャルロットの言葉が響き渡る。

 何を言っているんだ、と。ユリウスの脳内に疑問が湧き上がった。

 気づいていないのに、何を追い詰められる要素があるのだろうか?

 仮に気づいていたとしても、この間合い。乱入戦で見せた植物達が襲いかかったとしても反応できる、剣で対応されようとも打ち合えばいい。

 なのに近づくな? あのシャルロットが追い詰められる? 意味が分からない。それでも、ユリウスは全力で剣を振るう。


「少し当たり前の話をするが……」


 ガギッッッ!!! と。

 その剣は甲冑に浮かび上がった牙によって防がれた。


「んなっ!?」

「家族は大事にするもんだろ。なに傷つけるために本気になってんだ」


 己が振るっていた剣の軌道。甲冑の一部から、不気味なが出現している。

 その口は徐々に突出していき、肥大化を始める。

 声が何も出てこない。

 何せ、その肥大は徐々にダンジョンを埋めるほどの大きさで獣の形を作っていき───


完成ギフト、『緑の獣』」

「gyuaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!」


 ───雄叫びが、ダンジョン内に響き渡った。

 そして、黒く染った植物の獣の腕がユリウスの体を容赦なく吹き飛ばす。


「ばッ!?」


 バウンドはしない。

 そのまま。本当にそのまま、ノーバウンドでユリウスの体は壁を突き破り、さらに奥の壁へと叩きつけられた。

 意識は……一瞬で刈り取られる。


「くそッ……!」


 起き上がる様子もなくなったユリウスに、シャルロットは舌打ちを見せる。


「……さて」


 ユリウスの吹き飛ばされた先へ顔を向けることなく。

 甲冑越しのアデルの視線が、シャルロットへと注がれる。

 それを受けたシャルロットは、思わず息を呑んでしまった。


「ラスト一人。さっさと茶番を終わらせてもらうが、構わねぇだろ……主人を失った天才ペット?」

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