決着
シャルロットはこの時初めて───心底本気の恐怖を覚えていた。
目の前の人間の脅威は言わずもがな。力量の差も言わずもがな。
ただ、違う。
それだけであれば、別に『恐怖』という言葉がこんなにも濃くはなかった。
正直な話をする。
別に、己は学園を退学になっても構わないと思っている。
牢屋にぶち込まれてもいい。最悪、処刑台の上に立たされて首を刎ねられたっていい。
───家族が救えるのであれば。
自分の大好きな家族が、今までみたいに笑って生きてくれさえすれば己の身などどうだっていいのだ。
だが、今この現状は……己の身だけではなく、己の身以外も不利な状況に立たされている。
もちろん、想定はしていた。
こういう可能性があり、そうなった場合どうすればいいのかを。
ただ、それはあくまでも想定の話であって。
実際にこうなってしまうとは、想像もしていなかった───
さて、話は戻る。
ここで己が負けた場合、全ての企ては露呈してしまう。
そうすればユリウスの立場は一気に沈み、王族というアドバンテージすら失ってしまうだろう。
つまるところ……もう金が稼げなくなる。クライアントが地に落ちれば、己だけでなく家族をも道連れだ。
それが、シャルロットの本当の意味での恐怖。
実感が強まってしまったが故の───
「クソがァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッッッ!!!」
シャルロットは叫ぶ。
それと同時に、己の身をも焦がしそうな灼熱が一帯へと広がっていった。
(まだ、足りない……ッ!)
生かし続けるための治療費。
完治させるための神官、薬草の購入費や人件費。
何人かは救えたものの、まだ全員ではない。
(まだ足りないッッッ!!!)
己よりも弱いが、仮にも二学年の
二人がかりで相手にすれば、苦戦をしても敗北するとは思っていなかった。
敗北はしていない。
己が気を保っている間は、かけた保険が消え失せることなどない。
もちろん、逃げるという選択肢もあった。
まぁ、相手が逃がしてくれるとは思えないのだが───
「出し惜しみはなしだッ!」
ダンジョン内が灼熱に染まる中、シャルロットは何十人もの己を生み出す。
見分けなどつかない。傍で見ているルナは、思わぬ光景に息を呑んでいた。
ただ、一人だけ。
黒い甲冑を身に纏った少年だけは、火に包まれ始めた騎士と獣を引き連れて悠々と立つ。
「……金、か」
アデルは真っ直ぐにシャルロットを見据える。
「手に入れて何を買う? 女の子の笑顔を奪って、何がほしい?」
「家族」
苛立ちを含めた質問に、シャルロットは即答で返した。
「君達貴族には分からないだろう……平民の、それも孤児出身の人間には貴族が楽にして手に入るものが手に入らない」
「……………………」
「真っ当に生きて手に入るか? あぁ、もちろん考えたさ。この才能を使って傭兵をやって騎士団に入って魔法士団に入って。それでも、一生で稼ぐ金は貴族が一年を待てば手に入るぐらいだけ」
戦争で武勲を挙げたとしても、爵位や報奨を賜ったとしても、貴族の生活の足元にも及ばない。
無論、決して低い額ではない。場合によっては、一生働かなくとも済む額が手に入ることだってあるだろう。
ただ、足りなくて。一生懸命地道に働いていると時間が足りなくて。
一刻も早く、家族を笑顔にしてあげたくて。
「褒められた行いではないのは重々分かっている。私のことを心配してくれた男もいた……だが、それでも! 外道に堕ちたとしてもッ!」
シャルロット達は一斉に地を駆ける。
それぞれ方向を変えて、違う動きを見せて、決して本体を悟られないよう立ち回り始めた。
燃えていく騎士が剣を振るう。けれども本体には当たらなくて。
「私は家族を助ける。そのための手綱は、手放せないッッッ!!!」
代わりに、獣がもう一度吠えた。
その瞬間、周囲にいた虚像は掻き消えてしまい、何十体もいたはずの景色が寂しいものとなる。
だが、そんなのここに来るまでに分かっていたこと。
シャルロットは姿を消したまま、アデルの懐から剣を振るう。
しかし───
「違うだろ」
ガキッッッ!!! と。
アデルの剣が、見えないはずのシャルロットの剣を受け止めた。
「なッ!?」
「そうじゃねぇだろ」
何故、受け止められた?
今まで硬すぎる甲冑に弾かれたことはあったが、防がれることはなかった。
一体どうして分かったというのだ? その疑問の最中、アデルは的確にシャルロットに向けて剣を振るう。
「心配してくれた相手がいるんだろ? なら、プライドも立場も全部かなぐり捨ててまずは相談するのが普通だろうが。阿呆な結論を出して突っ走る前に」
「綺麗事かい!? そんなの、一時は考えたさ! だが、すがったところで意味がないというのは聞く前から分かっているッ!」
見えないはずの相手。一見してみれば、アデルがただただ素振りをしているように見えるだろう。
「……ははッ! 綺麗事を吐けるのは綺麗な環境で育った人間だけだ! あれかい? 最後には「家族はそんなことを望んでいない」とでも言うつもりかい!?」
「言うさ、いくらでも……家族想いな子がどうしようもなく真っ黒に染まったんだからな」
「私だって、シスター達がそんなことを言うのは分かっているさ!」
苛立ち。指摘されたことへの憤慨。
シャルロットは歯を食いしばり、しまいには己の魔法すらも解いて叫んだ。
「どうしろと!? 悪彩病にかかった家族に付きっきりで神に祈りながら看病をしろと!? どうにもならないと分かっているのに、涙を流しながら真っ当に生きろと!?」
力任せの一撃が続く。
そこに繊細さなどなく、ユリウスより鋭かったはずの剣が鈍さを見せていく。
「分かっているさ、私とて! 今までの所業が……あの女の子を傷つけて手に入れた金がクソだということを! クズでクソな私が、一番よく分かっているッッッ!!!」
それでも、と。
シャルロットは久しく流した涙を携えながら、感情のままに叫んだ。
「外道に堕ちたとしても家族を救いたいんだ! それ以外に方法があるなら教えてみろ
最後、本当に最後。
シャルロットは持ちうる才能の全てを、この一振りに込めた。
そして───
「俺に頼ればいい」
ガシッ、と。アデルは片手で掴み取った。
「出会った時……初めから俺に「助けて」って言えばよかったんだ。誰がどんな事情を抱えていようと、『
その言葉の通り、アデルは剣を捨てて拳を握っていた。
シャルロットの脳内に「回避」という二文字が浮かび上がる。
そのまま魔法を撃ち込むか、はたまた剣を捨てて距離を取るか。
最悪の想定。己の退学度外視で逃走し、保険だけは生かす。
冷静に考えれば、着地点はここ。
だが、何故か……体が動かなかった。
(……あぁ)
目の前には、誰かを守るために拳を握る少年。
後ろにはボロボロの体で心配そうに見守っている女の子の姿。
それを見て、ふと思ってしまった。
(ほんと、クソみたいな女だな……私は)
この瞬間、シャルロットの耳に鈍い音が届き、意識が暗転する。
崩れ落ちる、桃色の髪を携えた少女の体。
アデルはシャルロットの姿を見て───
「流行病、悪彩病……だったか? 確か、あれは……」
足元からゆっくりと、青白い花が出現する。
ここら辺では滅多に見られない植物。どこか色鮮やかに発光しており、異彩さを放っていた。
アデルは何十本か同じのを生み出すと、摘んでそっとシャルロットの胸元へと置いた。
「……これでいいだろ、
黒い甲冑を解いて背中を向けた瞬間、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます