一件のあと
静まり返ったダンジョン内。そこへ、アデルの地を踏む音が響き渡る。
それに続き、木々が燃える乾いた音も聞こえ、あまりの惨状にアデルは思わず頬を引き攣らせてしまう。
(随分と派手にやったなぁ)
今でこそある程度が燃え尽き、小さな火がところどころに見えているだけ。
真っ赤に燃え染まっていた騎士は炭になり、巨大な獣はアデルが消失させた。
これほどの被害。もしも、これがダンジョンの中だけでなく地上で行っていたらどうなっていたことか?
(強かったな……第三王子はそれこそアスティア家でも通用するし、シャルロットに至ってはうちの兄妹を普通に抜いている)
基準が騎士家系の面々なのは、アデルがまだ一般的な世間の実力を知らないからだろう。
それでも「強かった」というのだけは分かっており。
ふと、地面に崩れるシャルロットを一瞥———
「アデルくんっ!」
―――しようとしていた時、ふと胸元に確かな感触が襲い掛かった。
何事かと前を向くと、少し下げた視線の先には美しい女の子が己に抱き着いている姿が。
「あ、あの……だ、大丈夫!? どこも怪我してない!?」
ぺたぺたと、胸元に飛び込んできたルナはアデルの体を触っていく。
もちろん、アデルはまだ魔法を解除していない。外傷がないか確かめようとしても、触った感触も外見も黒い甲冑でよく分からない。
だが、シャルロットとの戦闘のせいでところどころ崩れたり焦げていたりしている。
それがルナの心配を煽ったのか、そういった箇所を見かける度に顔を真っ青にさせていた。
「別に大丈夫だって」
「でも……」
ルナの心配そうな視線に、アデルは肩を竦めて魔法を解く。
「ほら、どこも怪我してないだろ? 借りもの競争の人数合わせにでも参加させられそうなぐらいピンピンしてる」
「………………………………………………………………なんで?」
「なんで」
怪我をしていてほしかったとは恐れ入る。
「い、いやっ! そうじゃなくて! あの二人、本当に強かったでしょ!? シャルロットさんは今日初めてだったけど、ユリウスお兄様は凄いって知っていたし……」
「んじゃ、俺が強いっていうのも知ってたし、見てたよな?」
心配そうにしているルナの頭に、アデルはそっと手を置いた。
そして、逆に安心させるような優しい笑みを見せる。
「ならそんな顔すんなって。こっちはお姫様を守れたっていう勲章をもらえて嬉しいんだからさ」
「ッ!?」
「よく頑張ったな、俺が来るまで。ほんと、お疲れさん」
自分のせいで迷惑をかけてしまったというのに。
出てきた言葉は「嬉しい」と「お疲れ」という、愚痴からは縁遠いもの。
向けられている瞳も、表情も嘘を言っているようには思えなくて。
心底「よかった」と、そう思わせてくるようなものがあって―――
(あぁ……やっぱり)
大好きだなぁ、と。
ルナは歳相応らしい熱っぽい表情を浮かべるのであった。
「ん? どうした、ルナ? 顔が赤いが……」
「んにゃ!? にゃ、にゃんでもないですけど!?」
「いや、その慌てっぷり……ハッ! まさか、怪我を必死に誤魔化そうと―――」
「また女の子を誑かしているのですか、ご主人様」
「うぉっ!?」
乙女になっているだけのルナに気づかず心配しているアデルの後ろから声がかかる。
そのせいで、アデルは先程見せていた姿とは真逆の情けない反応を見せてしまった。
「はぁ……目を離した隙にすぐこれですか。量産してしまうと価値が下がってしまうというのを製造する過程で気づくべきです」
「えーっと……何に気づけと?」
恐らく、乙女心的なアレのことだろう。
「っていうか、なんでエレシアがここに? 試験はどうした?」
「ご主人様と合流したかったので後回しにしました。本当はもう少し早く合流する予定だったのですが……こちらも似たような妨害が入りましたので。まぁ、結果は言わなくてもいいでしょうが」
ふと、脳裏にエレシア達の試験担当の上級生の姿が浮かび上がる。
関係性もあることから、十中八九誰と相手にしたのか理解できた。
「姫さんっ!」
一方で、エレシアの背後から現れたセレナはルナに駆け寄って手を握る。
「大丈夫でいやがりますか!? ボロボロですけど、あのクズにやられたんですか!?」
「う、うん……でも、大丈夫だよ? くろき……アデルくんが助けてくれたから―――」
「おーけー、分かりました。今すぐ脳天に剣ぶち刺してきます」
「何も分かってないけど!?」
こっちもこっちで中々大変なようで。
何枚か空いた壁の先で倒れるユリウスへ向かおうとしているセレナを、ルナは必死に抑え込んでいた。
「ご、ごほんっ! 俺にこれ以上何をお勉強させるのかは置いておいて———邪魔者もいなくなったことだし、さっさと試験クリアしようぜ!」
「そ、そうだねっ! ほら、セレナも合格しないとマズいでしょ!? それこそユリウスお兄様のご想像通りの設定になっちゃうし! っていうか可愛い女の子は殺人反対!」
「ですが、世の中には目には目をというこの場にピッタリなことわざが都合よくありやがります」
「のっとえぬじー! やられたからやるのはデコピンまで! セレナを犯罪者にしたくない!」
「……仕方ないでいやがりますね」
今が試験の最中だということを思い出し、四人はそれぞれ向き直る。
アデルは懐から時計を取り出し、時間を確認すると……残り時間は十分ほどであった。
「あー……こりゃ急いで行かねぇとマズそうだな。この歳で迷子のお知らせ対象にされるのは黒歴史入り確定だ」
「ご安心ください、ご主人様。最下層まではいきませんがある程度下への道は分かりますので」
「おーけー、流石だ相棒そういうところ大好き」
「ふふっ、私もご主人様の素直な性格は大好きですよ」
「むぅー」
「姫さん、対抗意識を持つ前に足を動かしましょう。今のところ足手纏いになりそうなランキングの下位陣なんですから、私達は」
試験官を置いて行ってしまう……などという懸念が少しあるが、合格しないことには言い訳も何もできない。
もちろん、シャルロットを倒したので保険の線は消えただろうが、今確実な答えはでない。
そのため、アデル達はすぐにこの場から走り出した。
その時———
「あの、アデルくん」
横を並走するルナが、アデルの顔を覗き込む。
そして、歳相応の子供らしい……見惚れるような満面な笑顔を向けてきた。
「ありがとっ、私を助けてくれて!」
派閥争い、定期試験。
それらが絡んだ一件。
その全てが、今こうして幕を下ろした。
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