一方で
体のふしぶしが痛い。
だから目が覚めてしまった……というわけではないのだろうが、シャルロットはゆっくりと瞼を開けた。
ぼやけている視界。徐々に鮮明になっていき、見えてくるのはダンジョンの天井。
この時点で、シャルロットは諸々己の現状を理解する。
そして———
「目が覚めたか、シャルロット」
首をふと横へ向ける。
そこには制服が土で汚れながらも気にした様子もなく座っているカインの姿があった。
「……そうか、負けたか」
「互いにな」
起き上がることはしない。
体が鉛のように重いというのもあるだろうが、傍から見ているとシャルロットは何か噛み締めているように思える。
そんなシャルロットは、ゆっくりと口を開いた。
「主人はどうした?」
「寝かせてある。といっても、まだ起き上がる様子はないがな」
「……起きたら大変だろうね。待っているのは夢であってほしいと願う現実なのだから」
ユリウスは負けた。
いや、正確に言うとシャルロットが負けた時点でユリウスの敗北が確定した。
シャルロットの魔法は気を失った時点で
今頃、講堂ではいきなり消えた自分達に生徒や講師が驚いていることだろう。
そこへアデル達が戻り、事情でも説明されればいよいよお終い。三人が揃っていないのだから、言い逃れなどできない。
そして、己の魔法が明るみになった時点で、今までのものまでもが掘り返され裁かれる可能性が高い。
「君は上手い言い訳でも考えておいた方がいいよ。三人の中だけで言えば、君が一番白に近い……なんだかんだ、君だけは最後の一線を越えなかったからな」
「今更遅いだろう。今回の件で第三王子は継承権争いから排除される。実家もすぐに馬を乗り換えて俺を切り捨てるはずだ」
「……貴族というのは恐ろしいね、平気で家族をトカゲのしっぽに見立てるのか」
自分とは大違い。
しっぽではなく胴体。家族を切り捨てられなかったからこそ、今ここにいる。
違う環境で違う心情なのに、どうして同じ船の上にいるのか? シャルロットは横にいるカインが不憫に見えてしまった。
その同情の瞳が分かったのか、カインは長く共にしてきた少女に肩を竦める。
「君が気にするようなことではない。むしろ、やっと肩の荷が下りたぐらいだ」
「だけど……」
「それに、君もだろう? どこか清々しい顔をしている」
シャルロットは己の顔を触る。
そんな顔をしているのだろうか? と。残念なことにここには鏡がないのでよく分からないが。
しかし、なんとなく……己がそんな顔をしているというのは納得ができた。
「……きっと、君と同じ理由なんだろうね」
割り切っていたはずなのに、どこかで何かを思っていた。
悪事に手を染めることが。孤児院の皆と顔を合わせる度に渦巻く罪悪感が。
これで家族を救うことはできなくなる……というのに、不思議と安堵してしまった。
その時、カインが懐から何かを取り出した。
それは―――
「青、白草……ッ!?」
青白く発光する草。
シャルロットはその植物を見た瞬間、勢いよく体を起こした。
何せ、その植物は中々手に入らないとされる……悪彩病の、特効薬の材料なのだから。
「何故、それがここに!?」
「君を見つけた時、傍らに置いてあった。火があがっていたからな、申し訳ないが飛び火しないよう持たせてもらった」
カインは一本数百万以上もする青白草を躊躇なくシャルロットに渡した。
一本ではなく、何本も。シャルロットは受け取った瞬間に何度も確認し……涙を流す。
「あぁ……本物だ。ずっと手に入らなかったものが、ついに……ッ!」
久しく見た、歳相応の姿。
カインは親しい少女の滅多に見ない姿を見ると、思わず口元が綻んでしまった。
「まぁ、誰が置いたのかは言わなくてもいいだろう。その場にいなかった俺ですら、なんとなく君の
シャルロットは顔を上げ、ふとある少年の言葉を思い出した―――
『出会った時……初めから俺に「助けて」って言えばよかったんだ。誰がどんな事情を抱えていようと、『
黒い甲冑を纏った騎士。
誰かのために拳を握れる
シャルロットは天井を仰ぎ、涙を拭った。
「あの子は
シャルロットは大事そうに青白草を抱える。
もうあまり火の手が見えないというのに、大事そうに。
「お礼を、言わないといけないね」
「あぁ、そうだな」
「……いや、その前にあの子に謝らないと」
「……そうだな。まぁ、牢屋にぶち込まれる前に謝罪の機会があるといいが」
平然と、カインは笑みを浮かべながらそのようなことを口にする。
シャルロットはその様子に、ふと口を開いた。
「やっぱり、君は引き返した方がいいんじゃないか? 君が牢屋に入るというのは、その……」
「言うな、シャルロット。君がそっちに行くというのに、一人だけ傍観者というのは些か気に食わん」
どうして、と。シャルロットは口にする。
それを受けて、カインは―――
「惚れている女といられるんだ、ある意味しがらみがある場所よりかは生きやすい」
シャルロットの顔が真っ赤に染まる。
初めて聞いた、さり気なく紡がれる想い。
またしても歳相応な反応。シャルロットは恥ずかしそうに花に顔を埋めると、すぐさま口元を緩めた。
「打ち首に、されないといいね」
「牢屋の中で一生という可能性もあるがな」
「もし外に出られたら、私の故郷に来ないかい? 自然豊かでいいところだ、シスター達も君のことは気に入るだろうさ」
「魅力的な提案だな、せっかくだ……主君も一緒に連れていこう。行く宛てもなくなるかもしれん」
「ははっ、皿洗いができるか心配だけど」
誰もいなくなったダンジョンの中。
これから先に待っているのが地獄だと分かっていながらも、二人は笑う。
もしかしなくても、それは色々解放されたからかもしれない―――
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