エピローグ

 結論から言うと、ユリウス達三人は退学となった。

 加えて、殺人未遂の容疑までかけられているため、試験が終わった翌日の現在、王都の地下にある牢屋に幽閉されている。

 事が公になってしまったこともあって、これから色々騎士団を中心に捜査が始まっていくことになるだろう。

 三人の身がどうなるか、間違いなくこの捜査次第。ただ、確かに言えることは……ユリウスの野心は、この時点で潰えた。

 それに関連して───ルナの取り巻く問題は解決したと言ってもいい。


「っていうわけで、本当にお世話になりましたっ!」


 昼休憩、教室の中。

 そこで、一国の王女が頭を下げるという構図が発生した。

 頭を向けられているのは、今回の一番の功労者であるアデルであり───


「おう、気にすんな」

「ありがとう……でも、足が生まれたての小鹿のように震えてるのは気になる」


 ……そのアデルは、情けないぐらい足が震えていた。


「はぁ……授業をサボるからですよ、ご主人様。授業の欠席が人体に影響を及ぼすなど、以前肉体言語で理解したではありませんか」

「ですが大将! 俺、今回めっちゃ頑張ったの白馬の王子様になったの! 流石にお休みしないと次のシチュエーションで落馬しちゃうの!」

「……ねぇ、なんでサボっただけで足が震えるの?」

「さぁ? 私には分からねぇ世界です」


 必死に涙を流しながら訴えるアデルを他所に、ルナとセレナは首を傾げる。

 まだ懺悔室に足を踏み入れていない子は、学園の非情さに気がついていないようだ。


「ねぇ、ルナ。頼まれていたものだけど」


 その時、少し大きめの弁当箱を持ってシャナがやって来た。

 これでアデル一派の勢揃いだ。


「例の件、さっきうちの者に渡して届けてもらうようお願いしといたわ」

「ありがとう、シャナちゃん!」

「気にしないで、今回私は何もできなかったもの。これぐらいはさせて」


 シャナは小さく手を振って腰を下ろす。


「頼まれていたもの、ですか?」


 一方で、よく分からない発言にエレシアは首を傾げた。

 やり取りを聞く限り、二人の間で話があったみたいだが───


「あー……うん、一応お使いをお願いした、感じかな?」

「でも、青白草なんて珍しい植物をよく持ってたわね。しかも、お送り先は辺境の街の孤児院宛てって」


 ビクッ、と。アデルの背中が跳ねる。

 それは一瞬のこと。しかし、ご主人様ラブなエレシアが見逃すはずもなく。


「……ご主人様?」

「んー、あーっはははははははっ! なんだろうね俺知らないや足ガクガクだからー!」

「すげぇです、こんなに分かりやすい顔見たことねぇです」

「……アデルくんは嘘がつけない人だねぇ」

「よくそれで『黒騎士』の話を隠そうとしてるわね」


 各種方面からバッシングである。


「アデルくんがこんな感じだからちょっとだけ言うけど……まぁ、人助けかな?」

「人助け?」

「うん、人だったから、放っておけないし……それに、許せはしないけど謝ってもらったからね。私もそれ以上は非道になれないよ」


 ルナの言葉を受けて、他の三人はそれぞれジト目を向ける。

 もう、三人からしてみれば誰が誰に対して贈ったものだと分かったのだろう。

 アデルは居心地が悪そうにそっぽを向いた。

 いいじゃん別に、なんて拗ねたような愚痴も零しながら。


「ま、まぁまぁ! ユリウスお兄様もいなくなって一件落着したんだし、あんまりそんな目を向けないであげて、ねっ!?」

「……一部では、レディーからの冷たい視線は男にとってはご褒美になるみたいです」

「そうなの!?」

「こらこら全世界のジェントルマンに謝って! そんなの一部限定に決まってるじゃん!」

「……ご主人様」

「あれ、なんで引き続き俺にそんな目を向けるの功労者だよ俺!?」


 わいわいがやがや。

 昼休憩の教室に、五人の賑やかな声が響き渡る。

 無論、今最もホットな人間達の会話だ。クラスの皆が注目しないわけがなく───


『なぁ、ユリウス様達退学になったんだぜ?』

『一緒にいたはずなのに一瞬で消えちゃったし……そういうことなんだよね?』

『しかも、あいつら三人を倒した上で合格してたし……』

『す、すっげぇ……恥さらしって話、もう面影ねぇじゃねぇか……』

『私、これから勝てるかなぁ……』


 今回の試験で、一学年は二割が学園を去った。

 それ以上に、本来なら去るはずもない二学年のトップスリーが一気に退学。

 この話が問題にならないわけがなく、試験が行われた翌日の今日には学園中に話は広まっていた。

 おかげで、その渦中にいたアデル達も同じように話題に挙がるようになったのだが───


「エレシア、腹減った弁当プリーズ」

「ふふっ、承知しました」

「あれ、シャナちゃんもお弁当なの?」

「えぇ、この前エレシアに教わってつくってみたの」

「むむっ、周囲が着実と女子力を上げてきていやがります。姫さんが置いていかれないといいのですが……」

「あれ、結構女子力高い枠を確保してたつもりなんだけどな私!?」


 ───もちろん、三人が気にする様子もなく。

 それぞれ、昨日のことがなかったかのように学園生活に染まっていった。


「ご主人様」


 その時、エレシアが弁当箱を広げながら口を開く。

 さり気なく、皆から見られないようこっそりとお淑やかな笑みを浮かべて───


「お疲れ様でした」


 何に? なんて無粋なことは言わない。

 アデルはエレシアの浮かべた柔らかな笑みを受けて、己もまた同じように口元を綻ばせたのであった。


「おう、エレシアもお疲れさん」



『黒騎士』。かの英雄。

 ほとぼりが冷めるまでの三年間。

 彼の学園生活は、まだ始まったばかりだ───

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