エピローグ②

「最近、私の正妻感が損なわれているのですが」

「いきなり何を言い出すんだお前は」


 事情聴取やら何やらが終わった放課後。

 アデル達は何やら久しぶりのように感じる己の寮に戻り、就寝の準備をしていた。

 そんな時に、寝間着に着替え終わったエレシアがそのようなことを言い放つ。


「ここ最近、慌ただしかったではありませんか」

「ん? まぁ、自堕落ライフからは程遠いほど忙しなかったが」


 ルナの派閥に入ってくれそうな人を探したり、メリットもクソもない決闘を挑まれたり、定期試験のための予習をしたり、ユリウス達とドンパチしたり。

 確かに、アデルが当初思い描いていたような自堕落な日々とは無縁なほど、最近は慌ただしいものであった。

 とはいえ、それもこれも今日で終わり。

 これからは、少しだけ忙しない学園生活が待っているだろう。


「……その忙しい間に、沢山女の子が登場しました」

「なんで俺の人生を舞台のように例える?」

「そして、私の登場する時間が減ったように感じるのです……ッ!」

「ほぼ一緒にいたぞ相棒!?」


 なんなら、異性なのに寮まで一緒である。


「……要するに、ご主人様とのイチャイチャが足りないのです」

「……よくもまぁ、堂々と本人の前で言えたよな令嬢さん」


 はぁ、と。アデルはため息をつくと、座っていたベッドの横を何度か叩く。

 そして、エレシアはアデルの出した合図に瞳を輝かせると、上機嫌な様子で横に腰を下ろした。


「正妻ポジ確保です♪」

「……ペット枠じゃねぇかなぁ」


 体を密着させて頬ずりしてくる様は、確かにペットのように思えた。


「しかし、ご主人様」

「ん?」

「なんだかんだで一ヶ月が経ってしまいましたね」


 エレシアが思い出したかのように口にする。

 世間に『黒騎士』の正体が出回り、ほとぼりが冷めるのを待つために逃げ込んだ学園。

 あっという間というかなんというか。気がつけば、すでに一ヶ月が経ってしまっていた。


「ふむ、おかしい……気持ちはすでに卒業証書片手にカメラへピースしている頃なんだが」

「それだけ濃い一ヶ月だったということでしょう。ちなみに、ご主人様がせっかく見つけたお昼寝スポットを活用したのは、一ヶ月で二回です」

「さらにおかしい……こんな説教上等自堕落ボーイにしては頻度が少なすぎる」

「懺悔室の使用も二回です」

「おーけー、今後もあのお昼寝スポットの使用は控えよう」


 自堕落な時間よりも大事な人体があるというのを、アデルはこの一ヶ月で学んだ。


「んでもまぁ、決闘云々だったり学園のシステムに文句はあるが……それ以外は割かし悪くなかったな」


 アデルは背を倒してベッドの上に寝転がる。

 隣にいたエレシアも、アデルの顔を覗き込むようにして横へ倒れた。


「ふふっ、それは何よりでございます」

「ッ!?」


 眼前に迫った整った顔立ち。お淑やかかつ見惚れてしまいそうな笑み。仄かに香る甘い匂い。

 それらが合わさったことで、アデルの心臓が思わず跳ねてしまう。

 彼女が隣にいることなど慣れているというのに。

 アデルは気恥ずかしそうにエレシアから顔を逸らした。


「ま、まぁ! 家にいるよりかはって話だけどな!? あのまま家にいたらうちの家族が馬車馬切符の献上を始めるに違いなかったからさ!」


 己が赤面しているのを誤魔化すために出た上擦った言葉。

 長い付き合いから照れているのだと一発で見破ったエレシアは「可愛いですね、本当に」と、もう一度笑みを浮かべる。

 そして、とりあえず主人の話に乗っかるのであった。


「そうですね、ご当主様の性格上、問答無用で本気を出さざるを得ない状況に持ち込んだあと、有無を言わさず騎士団にぶち込みそうですから」

「………………」

「一番上のお義兄様であれば、実力を測ったあとに裏で手を回して逃げ場をなくしますね。逆に一番目のお義姉様はミル様と違ってご主人様のことを信じられずに執拗に虐めてくるかと」

「………………」


 なんでこんな家に生まれたんだろう、と。

 あまりにも想像のできる発言に、薄らと瞳に涙を浮かべた。


「だ、だが大丈夫! 学園にいる間は何が起こることもない! 平和な三年間を謳歌して、卒業証書を持って帰ってくる頃にはきっと「バカ息子っ!」ってヤジが飛んでいるに違いない!」

「ご主人様、世間ではどうやら「フラグ」という単語がございまして───」

「なんでそんな怖いこと言うの!?」


 恐ろしい恐ろしい。

 フラグになんてなるものか。

 なんてことを思いながら、アデルは何故か震え始めた体を抱き───


「アーくんっ、お姉ちゃんと一緒に今度任務に行くよー!」


 ───窓からの逃走を図った。


「ご主人様、歯も磨いていないのにどうして出掛けられるのですか」

「離すんだエレシア! 今はお口の衛生面を気にしている状況じゃない!」

「お姉ちゃんも歯磨きはした方がいいと思いまーす!」

「お姉ちゃんは帰れよなんでいんだよ狼が集まる男子寮にッッッ!!!」


 突如、異性がいることをまったく考慮していない姉であるミルが登場。

 アデルは必死にフラグが回収されないよう逃げようとしたが、お口の衛生面を気にしたデキるメイドが腕を掴んで逃がしてくれなかった。


「っていうか、任務ってなんだよ学生に似つかわしくない単語だろ!?」

「でも、お姉ちゃんには似合う単語だよ? だって現役の騎士だし!」

「俺には関係ないじゃん!」

「いいや、関係あるね───」


 何故か少し空いた間。

 それが不気味で、嫌な予感しかしなくて。

 アデルの背中に大量の冷や汗が伝った。

 そして、そんなアデルを他所にミルは可愛らしく胸を張って言い放ったのであった。


「アーくんがお家から逃げないよう、早く騎士団に縛りつけようと思ったから!」

「……ご主人様はどこに行っても世界から人気ですね」

「最悪だこの姉ちくしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」


 ほとぼりが冷めるまでの間、逃げ込んだ学園生活。

 これから一体どうなっていくのか?

 自堕落希望の英雄ヒーローの慌ただしい毎日は、まだ始まったばかりである。

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【カクヨムコン受賞】侯爵家の恥さらしである俺が実は人々を救ってきた英雄だとバレた。だから実力主義の学園に入学してほとぼりが冷めるのを待とうと思います 楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】 @hiiyo1012

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