森の王
アデルの魔法は土魔法を極限まで己のセンスによって練り上げたものだ。
行程としては地面に土を張り、己の認知内にある種子を生ませ、水を与え、成長させる。
元々地面が土でできていた場合、初手の手順は踏まずとも魔法の行使ができる。
ただ、この魔法は土魔法という事象———『土を生成する』というごく普通の先を行っているに過ぎない。
その気になれば、アデルはごく普通の土魔法を扱える。逆に言えば普通を越えているからこそ、アデル以外には扱えない
つまりは、アデルという魔法において驚異的なセンスを持つ者だからこそ成せる業なのだ。
その魔法の行使速度と影響範囲は普通の枠には留まらず、一瞬にして新しく植物を生み出す様は正に異質。
故に、アデルは騎士でありながらも自然を支配する―――
(『森の王』、ですか)
椅子に足を組んで座り、自然界のトップに君臨するアデルを見ていたエレシアはチラリと周囲を見渡す。
土と観客席しかなかったはずの訓練場は一瞬にして生い茂った森に変わり、端にあった的は植物に覆われ輪郭しか認識できない。
魔法名───森の王。
魔法を与えただけ、植物に覆われただけ。であれば威力は見た目だけでそれほどないのか? と聞かれると首を横に振りたくなる。
何せ、的の輪郭が当初見ていたものよりも小さくなっているのだ———素材にあった水分が抜かれて面積が小さくなっているのか、それとも小さくなるほど圧縮されているのか。こればかりは、実際に近づいてみないと分からないだろう。
ただ、見た様子だけで判断するにはあまりにも事象が大きすぎた。
(それよりも……)
今度は周囲の生徒達を見る。
呆気に取られているような、信じられないような光景でも見ているような、呆けたような顔。講師である女性ですら、評価するために持っていた冊子を落としてしまっている。
(無理もございません。これほどの規模……
加えて、アデルが本領としているのは剣である。
魔法はあくまでサブであり、サポートするためのものでしかない。
これが、『黒騎士』と呼ばれるほど活躍してきた英雄の実力。
堕落した性格にはもったいないほど、才能に溢れた異端児。
実力の一点だけを見れば―――明らかに、由緒正しきアスティア家の誰よりも突出している。
(流石は、ご主人様。私は増々惚れてしまいそうです♪)
エレシアの瞳に薄らハートマークが浮かび上がる。
それほどかっこよく映ったのだろう。可愛い女の子が一目瞭然の乙女に切り替わってしまった。
そして、そんな状態になっているとは露知らないアデルは呆けている講師に一目し、大きなため息をついてゆっくり腰を上げた。
きっと、やらかしてしまったことに気が付いたのだろう。
がっくりと肩を落としたアデルはそのままエレシアの下に近づいて、もう一度ため息をついた。
「はぁ……どうやら俺はやらかしてしまったみたいだ」
「ふふっ、お疲れ様です。ドッキリは無事大成功したようですね」
「大成功どころか、俺の自堕落ライフの大惨事になりそうなんだが……」
「ご安心ください、とてもかっこよくて増々惚れてしまいそうでした♪」
流石のアデルも分かる。
この周囲の反応が、己がやらかしてしまった証左なのだということを。
ただ、目の前の女の子のお目目には気づいていないようで。メイドの少女の反応とは違って更に肩を落とした。
『ハッ! し、失礼しました……続いて、エレシア・エレミレアさん!』
そして、ちょうど我に返った講師の女性がエレシアを呼ぶ。
「あら、次は私のようですね」
「エレシアって魔法得意だよな?」
「人並みですよ、ご主人様」
エレシアは上品な笑みを浮かべながら、講師の下へと歩いていく。
動く度目を惹かれるほどの美少女だ。本来であれば横を通り過ぎると誰もが視線を動かすのだろうが、未だにアデルの魔法に呆けている。
それが少しいつもとは違って違和感を覚えていたエレシアは「まぁ、ご主人様以外に見られてもいい気はしないので、構いませんが」とスルーした。
「あの、あちらの的を狙えばいいのでしょうか?」
講師の下に辿り着き、エレシアは指を差す。
的の輪郭はあるが、今はアデルの『森の王』によって変化してしまっている。他にも的はあるのだが、同じような状況———エレシアの言葉に、女性は慌てて首を縦に振った。
『え、えぇ……見えづらいかもしれませんが、あちらでお願いします。あなた様であれば問題ないかもしれませんが……』
「畏まりました」
エレシアは綺麗な一礼を見せると、今度は的に向かって指を差す。
アデルとは違い、しっかりと狙いを定めるためのモーションをしているようだ。
「
しかし、たとえモーションがあったとしても、エレシアの放つ一撃は―――
「
―――地面を抉り、目にも留まらぬ速さで的をも抉った。
『は、はぁ!?』
講師の口からそのような声が漏れる。
まぁ、それも仕方ないのかもしれない。
「ふふっ、ご主人様の隣に立つ者としてこれぐらいはしてみせないと」
エレシア・エレミレア。
アデルの傍付きもまた、充分に規格外であったのだから。
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