実技試験
なぁ、聞いてくれよ実技だぜ? なんで初っ端から実技なの? 世界は俺に厳し過ぎないアンダースタン?
なんて嘆いているのは、歴史あるアスティア侯爵家の恥さらしくん。何故、こうも嘆いているのかというと―――
「(ちょっと、エレシアさん! これは『黒騎士』だとアピールしてしまう原因になるのではないでしょうか!?)」
試験会場である訓練場に案内されたアデルは、周囲の受験生に怪しまれないように隣のエレシアにアイコンタクトを飛ばす。
「(仕方ありません。才能ある若者を発掘するのが学園の方針ですので、論より証拠スタイルなのではないでしょうか?)」
アイコンタクトで会話が成立できるのは、二人の信頼関係と積み上げてきた時間が成せる業だろうか?
エレシアもまた、淡々とした表情のままアイコンタクトで会話を続けていく。
「(流石にここの生徒が蔑みのプレゼントしか与えてくれないといっても、皆の前でお披露目したら別の意味で論より証拠になるんじゃ!?)」
しっかりパパラッチで写真を撮られていたとしても、足を運んでいた受験生のヒソヒソ話を聞く限り信じていないご様子だった。
しかしながら、そこで改めてアデル本人が『黒騎士』である証拠———もとい、実力を発揮したらどうなるだろうか? もしかしなくても、信じてしまうのではないだろうか? なんて考えがアデルの頭の中を過る。
「(では、ご主人様……このまま屋敷に戻られますか?)」
「(ぐっ……!)」
「(すぐに入学できるのはこの学園だけですし、コイントスのような綺麗な二択ですよ)」
「(表にも裏にもご褒美が書かれていなさそうなコイントス……ッ!)」
アデルは必死にエレシアの言葉を受けて考える。
ここで恥さらしと呼ばれている男が実力の一端をお見せすれば、間違いなく確信か察せられる。だからといって回れ右をすれば、帰ってきた父親と他の兄妹によって騎士団へ加入させられることだろう。
進むも地獄、戻るも地獄。
それぞれを天秤に乗せた結果、どちらに傾くというのかというと―――
「(こ、このまま試験を受けます……ッ!)」
「(ふふっ、そう言うと思いました♪)」
まだ、学園という箱庭の中であれば己の身は守られる。
噂は立ってしまうだろうが、立ったところで学園で過ごしている間は己の身に何も影響はない。
だからこそ、苦渋の……そう、本当に苦渋の決断が故に、学園に入ることを選んだ。
全ては三年間の安寧のために! それからのことはあとで考えればいいさッッッ!!!
「(そもそも、実力を抑えて試験に臨めばいいのです。手札をわざわざ見せてババ抜きをする必要なんてないのですから)」
「(そうだよな……そうだよな! 皆の様子を窺いながらレベルを合わせればいいんだから!)」
何も『黒騎士』としての本領を発揮する必要はない。
あくまで学園の試験に合格して入学できるようになればいいのだ。
あまり同年代と出会っておらず、規格外一家で育ったが故に今は匙加減が分からないが、じっくり様子を見ればいい。
大丈夫、最初に自分の番が来なければ様子など―――
『では、一番目のアデル・アスティアくん、前へ!』
Oh……。
「(……ご主人様)」
「(……世の中ってどうして俺に厳しいの?)」
流石に大勢とまではいないが、ある程度人数がいる中で一番目になるとは思っていなかったのか、エレシアは思わず憐れみの視線を向けてしまった。
そんな憐れみの視線を受けるアデルは、さめざめと泣きながら試験官である講師の下へ歩いていく。
『ぷぷっ、実技で恥さらしに何ができるっていうんだよ』
『記念受験になりそうですね』
『こら、笑ってやるなよ。恥さらしと言えど恥をかくのは恥ずかしいんだぞ』
受験生の横を通り過ぎる度にそのような声が耳に届く。
聞こえないとでも思っているのだろうか? もし「馬鹿にされるの上等ウェルカム」なスタイルでなければ普通に怒られていただろうに、と。アデルは他人事のようなことを思う。
『では、アデル・アスタレアくん―――まずは魔法から見させていただきます』
そう言って、アデルが近くに現れた瞬間、講師は訓練場の端にある的を指差した。
ざっと距離は八十メートルはある。的も小さいし、学生になる前の若者であれば当てるだけでも精一杯だろう。
『あちらになんでも構いません。魔法を当てていただければ試験は終了です。かといって当てたから合格、当てられなかったから不合格———というわけではなく、判断材料の一環だと思ってください』
ここに足を運ぶ受験生のほとんどは貴族で、アスティア家ほどとまではいかないがそれなりに家庭教師を設けて勉強している人がほとんどだ。
それ故に得意不得意はあれど「魔法が使えないから試験を受けられません」なんてことはない。あったとしても試験を受けられないわけではないだろうが、試験に落ちることはほぼ確定と見ていいだろう。
ただ、問題は―――アデルが「どの程度であれば合格できる基準を満たせるか」というのが分からないということだ。
(ちくしょう……マジで、今時の若者ってどの程度魔法が扱えたら優秀なんだ!?)
他の生徒より少し魔法の扱いができると講師に見せればいい。
しかし、その基準が分からないから匙加減が難しい。下手に手を抜いて試験に落ちてしまえば最悪だ。
(あー、もうクソッ! どうにでもなれ!)
アデルは腹を括って一歩前へ出た。
手をかざすわけでもなく、詠唱を紡ぐわけでもなく、突如現れた蔦の椅子にゆっくりと腰を下ろした。
『ア、アデル・アスティアくん……?』
突如現れた椅子に、講師の人が思わず驚いてしまう。
それだけでなく、エレシアを除いた周囲の生徒ですら驚いてざわめき出していた。
しかし、腹を括ったアデルの耳には届いておらず―――
「『森の王』」
―――そう口にした瞬間、訓練場が緑に染まった。
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