入試前
さて、妹の誤解は結局解けなかったが、学園に入ってしまえばこちらのもの。
三年間という時の流れは些細なことから大事まで綺麗に忘れさせてくれる。
そのため、アリスから「おにいさま頑張ってね! 帰って来たらおままごとしようねー!」という嬉しいような身の毛がよだつようなお言葉をいただき、アデル達は屋敷を発った。
そして、一日の行程を挟み―――
「は~るばる来たぜ、がっくえん~!」
聳え立つ校門の前で、アデルは感極まって叫ぶ。
流石は王国一の学園というべきか。王都の少し外れた場所にある王立の学園は先が見えないほどの敷地、巨大すぎる校舎。
まさに圧巻というのはこのことだろう。貴族であるアデルですら、こうして公衆の面前関係なく叫んでしまった。
「ご主人様の無邪気な姿……可愛くて素敵です♡」
一方で、横にいるメイド服の少女は学園よりもお隣の想い人に夢中なようだ。乙女な女の子である。
『ねぇ、あいつ……アスティア家の恥さらしじゃないか?』
ふと、その時。
学園に入っていく同年代らしき若者達からそんな声が聞こえてきた。
『うわ、ほんとだ。学園なんて通わないと思ってたのに』
『あの由緒正しい家系からあんな奴が生まれるなんて……恥さらしにも程があるな』
『でも、話によるとあの『黒騎士』様の正体って確かあいつだったって……』
『ないない、君もパーティーで何度も見たことあるだろ? あんな堕落しきったやつが『黒騎士』様なわけないって』
などなど、言いたい放題好き放題なお声が。
新聞を見ていないのか、それともよく知っているからこそ『黒騎士』の正体がアデルだと信じないのか。いずれにせよ、間違いなく好意的な人は一人もいなかった。
それが逆に安心。ほとぼりを冷めさせるには絶好の場所だと、改めて思ったアデルである。
「何やら、色々言われておりますね」
「そうだな」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……処して来てもよろしいでしょうか?」
「あらやだ、女の子からは聞きたくない発言が」
どうやら、お隣にいるエレシアは主人が馬鹿にされてご立腹なようだ。
「ご安心ください、ご主人様———四肢をもいでも意外としばらくは生きていけます」
「エレシアも随分うちの家に染まったよなぁ……っていうか、マジでやめろ。洒落にならんし、そもそも俺は懐かしさすら感じて嬉しく思っているぐらいだ」
ですが、と。エレシアは反論しようとする。
すると、アデルは少女の小さな頭の上に手を置いて優しく撫で始めた。
「ありがとな。正直、俺は少ない大切な人が好意的に想ってくれるだけでいいんだ」
「ッ!?」
大切な人。その言葉を受けて、エレシアの頬が真っ赤に染まる。
そして、おずおずと甘えるようにアデルの腰に手を伸ばしてそのまま胸に顔を埋めた。
「……好意的どころか愛してます」
「おっと、勘違いしそうなセリフだなぁ」
苦笑いを浮かべて、アデルは頭を撫で続ける。
勘違いしてもいいのに、なんてことをエレシアは思ったが、この場であえて口にすることはなかった。
その時———
『あ、あのさ……あの恥さらしに抱き着いている女の子って、エレシア様じゃない?』
『うわっ、マジじゃん。最近社交界に顔を出して来なかったのに!』
『っていうか、なんで魔法家系の伯爵家の令嬢がメイド服を着ているの?』
生徒達からのヒソヒソ話は話題が変わり、皆エレシアのこととなる。
せっかくいい気分になっていたエレシアは顔を離し、少し不機嫌そうに唇を尖らせた。
「……せっかくのご主人様とのイチャイチャタイムでしたのに」
「そりゃ、俺でも普通は思うし今でも思ってる疑問だしな」
「記者が質問をしてくればちゃんと「ご主人様を愛しているからです」と答えますのに」
「そんな解答したら記事の見出しが一瞬で変わりそうだがな」
とりあえず、二人はこちらを見てくる生徒達をスルーして、更には続くようにして中へと入っていった。
恐らく、こうして学園に入っていく生徒はアデルと同じ受験生なのだろう。
本来であればもっと多いのだろうが、今は申込期限ギリギリ。今試験を受けに来ている人間は、特殊な事情があってギリギリまで申し込めずにいた者達だ。
「にしても、受験日が何日も設けられてるってありがたい限りだな。こうして飛び込み客でも笑顔で席に座れるし」
「来る者拒まず、才ある者を育てる。そういう校風なのでしょう……流石は王国一の育成機関ですね」
「その分環境も充実しているって話だ。入学したらすぐにでも昼寝スポットを探すぞ、エレシア!」
「充実した環境にシーツと枕を敷ける場所が用意されているといいですね」
なんて軽口を叩きながら、敷地内を歩いていく。
噴水だったりテラスだったり、訓練場だったり。歩けば歩くほど、アデルの言う通りの充実さが窺える。
そして、しばらく歩いていると『受験生案内』という看板が立つ受付を発見した。
「ようこそ、王立カーボン学園へ。試験を受けに来られたのでしょうか?」
「はい、こちらの方がアデル・アスティアです」
「失礼ですが、使用人のあなた様も?」
受付の女性の人が少し首を傾げる。
王国一の学園ということもあって、やって来る人間の大半が貴族。そのため、メイド服を着ているエレシアが受験生だとは思えなかったのだろう。
「エレシア・エレミレアです。お申込書はお送りしたの思うのですが?」
「エ、エレミレア伯爵家のご息女様でいらっしゃいましたか!? た、大変失礼しました!」
慌てて頭を下げる受付の女性。
しかし、すぐにもう一度首を傾げる。
「ですが、何故メイド服を?」
「ふふっ、趣味ですので」
「はぁ……?」
首を傾げるのも分かるなぁ、と横で見ていたアデルは思った。
「ごほんっ! か、確認が取れました―――では、早速入学試験をご案内いたします」
書類を漁りながら、受付の女性は咳払いを一つ入れる。
そして———
「一次試験は実技になります。どうか、ご健闘をお祈り申し上げます」
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