可愛い妹の誤解?
何やら一つ下の弟が屋敷の敷地で綺麗なオブジェになっているらしいが、それはそれ。
屋敷は何故か慌ただしくなったものの、エレシアとアデルはいそいそと荷物を纏めて早速出発する準備をしていた。
「よしっ、あとはうちの兄妹達に見つからないように屋敷を出るだけだな!」
正門前に停めている馬車の前にて、アデルがやりきったような顔をして胸を張る。
その様子を何やら屋敷を取り囲む柵越しに覗いて騒いでいる領民がいるが、アデルはどうやら気にしていないようだ。完全な現実逃避である。
「ご主人様、荷物を積み終えました」
そんなアデルの下に、相変わらずメイド服なエレシアがやって来る。
「うむ、ご苦労!」
「ふふっ、なんだかハネムーンみたいですね」
「学び舎がハネムーンの行き先だって体験談は今までの人生で一度も聞いたことがないがな」
まぁいいや、と。アデルは早速馬車の中へ入ろうとする。
その時───
「おにいさまー、遊ぼー!」
二人の下に、トテトテと可愛らしい女の子がやって来る。
愛嬌ある可愛らしい姿には思わず胸が打たれてしまう。それぐらいの愛らしさが、やって来る少女───アリスには窺える。
ちなみに、アリスはアデルが自堕落クズボーイだと知っていても懐いてくれる貴重な
「すまんな、妹よ。お兄ちゃんは学園に行かなきゃいけないんだ」
アデルは腰を下ろしてアリスと同じ目線に合わせる。
妹が可愛いからか、アデルの表情には柔らかい笑みが浮かんでいた。
「えー、やだー! おにいさまと遊びたいー!」
「少しだけなら遊んであげられるけど、何がしたいんだい?」
「私が剣士役で、おにいさまがサンドバッグ役のおままごと!」
「ふふふ、ごめんな。どうやらお兄ちゃんは今すぐに学園に行かなきゃいけないみたいだ」
最近の子供というのはどうにも猟奇的すぎる。
「でも、どうしておにいさまは学園に行くの? お家でゴロゴロしたいんじゃないの?」
「お兄ちゃんはな……己のやるべきことに気づいたんだ。ゴロゴロなんてしていられないよ」
「おにいさま……なんか、ちょーかっこいい!」
真剣なキメ顔で言い切ったアデルを見て瞳を輝かせるアリス。
ただ正体がバレて逃げたいから、なんて言ったらどうなるだろうか? 傍で聞いていたエレシアはふと思った。
「私、おにいさまのような立派な騎士になるね!」
すると、アリスは唐突に瞳を輝かせながらそんなことを言ってきた。
こんな自堕落な男を参考にしちゃいけないだろうに。いつの間にか尊敬されるほど好感度が上がっていたことに、アデルは首を傾げる。
「こらこら、あんまり自分で言うことじゃないけど、お兄ちゃんを真似しちゃいけないよ? アリスが大きくなって子豚さんになったら嫌だなー」
「そうなってしまったら、確実にご主人様が戦犯ですね」
「嫁には出したくないが、そういう未来にはなってほしくねぇなぁ」
「反面教師としての尊敬にしてもらえるよう使用人に言いつけておきます」
食っちゃ寝食っちゃ寝の毎日。
そんな日々を過ごしていれば、間違いなく将来はエレシアとは正反対な子豚さんボディ我儘レディーになることだろう。
そのような未来、兄としては容認できない。エレシアも、そうなるのであれば全力で止める覚悟であった。
「けど、おにいさまは『黒騎士』様なんでしょ?」
「へっ?」
「困っている人が現れたらかっこよく現れる
キラキラした瞳に、アデルは思わず呆けてしまう。
いきなり尊敬のお言葉が飛び出たのも、このせいだったのか。エレシアは納得したように頷く。
「い、いやいやいやいや! 勘違い&誤解だぞ妹よ。お兄ちゃんはな、別に『黒騎士』ってわけじゃなくてな───」
「嘘だっ! お母さんが読めって言ってる新聞におにいさまのお写真があったもん! 『黒騎士』様の甲冑着てたもん!」
こんな子供なのに、もう新聞など読んでいるとは。
妹の勤勉さと賢さに、お兄ちゃんは涙目だ。
「(なぁ……マジでいつかあの記者見つけ出そうぜ? 盗撮はしちゃいけないことなんだよって子供でも分かることに対して説教してやらなきゃ)」
「(難しいご提案ですね、学園に通われるので)」
「(……どうして褒められるような行為をしているのに、世は俺に厳しいんだ)」
きっと、そもそも真っ当に生きていればこんなことにはならなかったはず。
世がアデルに厳しいのは、恥さらしと呼ばれるほど堕落しきっているせいだろう。
とはいえ、今更そんなことを嘆いていても致仕方なし。
学園に通う前にまずは妹の誤解を解かなければと、アデルは妹の小さな肩を掴んで真剣に訴えた。
「いいかい、アリス。それは何かの誤解なんだ。お兄ちゃんは決して『黒騎士』なんかじゃなくて、どこにでもいるような平凡なイケメンさんなんだ」
「ほんと?」
アリスが真剣な瞳に対して、純真無垢な瞳を向けながら首を傾げる。
可愛らしい妹に、アデルは納得してもらえるよう力強く頷いた。
「あぁ、本当だ」
そして───
「でも、イケメンさんっていうのは嘘だよね?」
「………………………………」
これほど純真無垢な瞳が心を傷つけてくるとは思わなかったアデルであった。
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