試験終了後

 その後、剣術や筆記という試験が終わった。

 入試合格発表は即日。入学までギリギリの試験だったからか、明日にでもなれば学園の校門前にある掲示板に合格者は予めもらった受験番号と共に張り出される。

 故に、学園側は受験生が帰ったあと、すぐにでも学園側は採点を始めていた―――


「…………」

「…………」

「…………」


 学園の最上階にあるとある会議室。

 そこに、何やら重たい空気が流れていた。

 部屋に集まっているのは、それぞれ年齢の違う講師の人間ばかり。中には、アデル達を担当した女性までいた。


「……あの話、本当だったのですね」


 そして、その女性が沈黙を破るようにゆっくりと口を開いた。


「まさか、『黒騎士』があの侯爵家の恥さらしだったとは!」

「何かの間違いだと思っていたが……」

「にわかには信じられん……」


 それぞれがそれぞれの反応を見せる。

 驚く者、何やら考え込む者、疑う者、驚く者。無理もない、それほどまでに『黒騎士』という存在と『侯爵家の恥さらし』という汚名は強いのだ。


「実際に見せた魔法は『黒騎士』が扱っていたものらしき魔法でした。剣術試験においても、試験官を圧倒するほど。筆記はこの際置いておくとしても、実技に関しましては余裕すら感じられました」

「また凄い生徒が入学しようとしてきたもんじゃ」


 一人の講師の反応を見て、今度は女性がもう一枚の紙を手に取る。


「更に、今回はあの魔法家系———までもが入学しておりました。何故かアデル・アスティアくんのメイドをしておりましたが……」

「伯爵家のご令嬢が、侯爵家のメイドだと? 意味が分からん」


 それほどまでに異常。

 確かに、侯爵家と伯爵家は家督の位としては上下あるものの、それはたった一つの話。

 使用人として働くのであれば、貴族の中でもより下———社交界であまり発言力も影響力もない子爵や男爵の人間がすることが多い。

 にもかかわらず、伯爵家のご令嬢が……それも、あのエレシアがしているなんて、と。この場にいる人間は誰もが信じられずにいた。


「……まぁ、どんな目的と関係があるのかは分かりませんが、試験に関しましては異論はありませんね」


 女性の言葉に、この場にいる者全員が首を縦に振った。

 その結果———


「まったく……今年の入学者は凄い人ばかりが集まってしまいました」



 ♦♦♦



 さて、試験が終わって何やら色々受験生達から変な目で見られてしまったものの、それはそれ。

 アデルは「やってしまったものは仕方ない!」スタイルで前向きになると、せっかくなので王都観光に繰り出していた。


「さーて、綺麗なお姉ちゃんがいるお店はどこかなぁ~?」

「目ん玉焼き打ちますよ?」

「わぁお、物騒なお発言」


 王都は特にこれといったイベントがなくとも、人で賑わっていた。

 真っ直ぐに歩くのが少し不自由に感じるほどの人混み、更にはどこからでも聞こえてくる賑やかな喧騒。

 侯爵領にある街も街で栄えている方ではあるが、王都のこれは別格。

 社交界にあまり出さなかった故にそこまで足を運んだことのなかったアデルは、新鮮な場所に少し興奮気味だ。


「試験の結果発表が明日、そんで合格者は一週間後に入学式……そう考えると、色々ハードだな」

「本来であればもう少し余裕を持って行動するものですよ。切羽詰まって慌てて入学しようとするものですから、制服をご用意するために奮闘したメイドはさり気なく苦労の涙を流します」

「はいはい、分かったよありがとう。んで、お嬢様のご機嫌を取るためには何をすればよろしいので?」

「宿屋に戻ったら、腕枕と添い寝を要求します」

「へーへー、お嬢様の御心のままに」

「ふふっ、やった♪」


 嬉しさのあまりご機嫌になったエレシアは可愛らしい笑みを浮かべながら腕に抱き着いてくる。

 仄かに香る甘い匂いとふくよかな感触、加えて端麗な顔立ちが迫ったものだから、アデルは思わずドキッとしてしまった。

 その時———


『ひ、ひったくりよっ!』


 突如、歩いていた先の進行方向からそんな声が聞こえてきた。

 人混みであまりよく見えないが、先では女性が倒れ込み、小さな荷物を抱えて走り出す男が視界に映る。

 ただ、男が走っているのはアデル達とは逆方向。この人混みも相まって、今から追いかけたところで捕まえるのは困難だろう。


「…………」


 それでも、アデルの顔は先程の薄っすらと照れていたものとは一変して不快そうなものになる。

 エレシアは、そんなアデルを見て―――


(ふふっ、お優しいんですから)


 予想通りというべきか、エレシアの笑みとは裏腹にアデルは近くの裏路地へと歩いていった。

 エレシアも後ろをついて歩き、周囲に誰の目もないことを確認する。


「王都デートは後回しですかね」

「悪いな」


 路地裏に入ると、アデルは足元から黒い蔦を己に伸ばした。

 隙間なくびっしりと全身を覆った蔦はまるで甲冑のような姿へと変え、更には剣の形をした木が一瞬にしてアデルの手元から生えてくる。


「俺は、こういうのを見かけたらぐっすりと夜も眠れねぇんだ」


 誰かが困っているところを見てしまうと不快になる。

 不快になれば、そのことが頭から離れずに安心して眠れなくなる。

 あくまで、これは己のためであり、正義感でも義務感でもない、利己的な我儘……と、本人は思っている。


「承りました」


 とはいえ、あくまでそう思っているのは自分だけ。

 誰よりも英雄ヒーローの傍で見守っているメイドだけは、その行動が優しさからくるものだということを知っていた。


「では、本日も行ってらっしゃいませ───英雄ヒーロー様」


 だからこそ、今日も今日とてメイドの女の子は主人の行動を、何も言わずに見送るのであった。

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