馬鹿
アデルはたまに、己が馬鹿ではないのか? と思ってしまう。
ある意味短気で、ある意味放っておけない性格。その癖猪突猛進なところも余計にタチが悪い。深く考えず我が強いのも問題だろう。
そして今日もまた、アデルは己のことを馬鹿だと思ってしまった───
「……さらば、俺の青春」
「なんで勝った人がさめざめと泣いて嫌がるんですか」
沈黙が広がる訓練場。
壁には土煙を上げて倒れるカインの姿があり、足場一帯は場違いにも程がある緑が広がっている。
そして、それを作り出した張本人であるアデルは……天を見上げて涙を流していた。
「これでもう、赤の他人恥さらしの汚名が天使様に運ばれて彼方に……」
乱入戦は間違いなくこの現状を見るとアデルの勝利で幕を下ろしたといっても過言ではないはず。
アデルが勝ったことにより決闘は中止。二人の間にサロンの設立を賭けた約束があったらしいが、勝者がアデルのために水に流されるはず。
ただ、これは明らかに己よりもお偉いさんの問題に首を突っ込んだ証。
いい意味でも悪い意味でも、王族二人に目をつけられたのは間違いないだろう。
「大丈夫……後悔するな俺! 女の子の笑顔を守れたと思えば平穏な学園生活などドブに捨ててもいいじゃないかッ!」
「その割には血が流れそうなほど唇を噛み締めていやがりますね」
「というよりまだ名声返上のチャンスがあるはず生きてさえいればいつかはッッッ!!!」
「その割には哀愁漂う雰囲気でいやがりますけどね」
あぁ、そうだ。
まだまだ諦めるわけにはいかない。
やってしまったが入学してすぐ。皆の評価を下げる機会などいくらでもこの先恐らくきっと多分あるかもしれないのだから!
「あれ、終わちゃった……の?」
ここでようやく、訓練場にルナが到着する。
ただ、他の生徒同様にあまりの惨状を見て一瞬固まってしまった。
「……終わりましたよ、姫さん。どこぞの
しかし、セレナが発した一言。
これを受けて、ルナは一目散にアデルの下へ駆け寄り始める。
そして、駆け出した勢いのままアデルの胸の中へ飛び込んだ。
「うぉっ!? なになに、アデルくんモテ期到来!?」
「ありがとう……アデルくん、ありがとうっ」
可愛らしくも美しい顔とふくよかな感触が訪れ、アデルは思わずドキッとしてしまう。
自分から首を突っ込んで、二学年の生徒を倒しただけ。
順位は変動していないし、そもそも賭けがセレナの勝ちではなく外野から有耶無耶にしただけ。
それなのに、ここまで喜ばれるとは……彼女の中では、こうして抱き着くほど重要なことだったのだろう。
アデルはルナの姿を見て、どこかむず痒くなる。
その時───
「いやはや、お見事。流石にこの展開は予想していなかったね」
ストン、と。
緑に覆われた訓練場にユリウスが降り立つ。
「君はアスティア侯爵家の中でも無能と聞いていたのだけど……実力を隠していたのかい?」
「たまたまっすよ」
「ハハッ、たまたまときたか───」
そう言いかけた瞬間、ユリウスの姿がブレる。
どこにいった? と、抱き着いていたルナが疑問に思ったその時、己の瞳の目の前へ男の手が二つ現れた。
「ッ!?」
一つは己に指先を向け、もう一つは寸前で掴んでいる。
これがどちらが誰など、言わなくてもいいだろう。
「僕はこれでも王子なんだけど、気安く触りすぎじゃないかい?」
「女の子に向ける指の形じゃないと思いまして。失礼ながら、止めさせていただきました」
「んー、普通に寸止めにするつもりだったんだけど……勘違いされちゃったかな? そこは謝罪しよう」
アデルがそのまま足を振り上げる。
しかし、それが当たることはなく元の位置へユリウスは戻っていた。
「君、僕の派閥に入らないかい? 結構いい待遇を与えてあげるよ」
「生憎と、平気で女の子を傷つけようとする野郎の派閥は御免こうむります。うちの相棒さんが失望しそうなんで。あと、俺はどこの色にも染められるつもりはありません」
「そうかい、それは残念だ」
さて、と。
ユリウスはゆっくり背伸びをする。
「そろそろ本題だ、アデル・アスティアくんの様子を見る限り……ルナの派閥には入っていないようだね。それなのに、乱入させたのはどういう意図だい?」
背伸びをして、どこか落ち着いているように見える。
だが、そこから向けられる鋭い瞳は背筋が凍るようなもので。ルナは反射的に背伸びをしてしまった。
「……俺が望んで乱入したんですよ」
「その前にルナからの提案があったのだろう? 残念ながら、僕は単に「サロンを作るのをやめろ」という代わりに「卒業後の王城での支援」という賭けを提示したに過ぎない」
「……半ば強制だったクセに」
「それは受け取り方次第だ、ルナ。そして、僕はこう受け取った───僕達の派閥の問題に部外者を介入させるとは、お門違いなんじゃないのかな? と」
派閥は派閥。当事者は当事者。
そこに外野が介入することを学園側は黙認しているが、本人達は違う。
ここに納得させられるほどの理由はあるのか? と、鋭い視線はルナへと注がれる。
兄に苦手意識でもあるのか? それともトラウマでもあるのか? アデルの服を掴むルナの力が強くなる。
それを知って───
「……決めました」
アデルはきっと本当に馬鹿なのだろう。
怯えている女の子が傍にいると放っておけないぐらいには。
だから堂々と、ルナを庇うように前へ出て第三王子へと中指を突き立てた。
「第二王女の派閥に入ります。だからいっぺん口閉じろ、ふぁっ〇ゅー」
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