面倒くさい相手

「ご主人様は馬鹿なのですか?」


 訓練場から戻り、チクチクとした視線をお隣から授業中ずっと受けたあとの放課後。

 人がざわざわと視線を向けている中、一部の人によってはご褒美な言葉がアデルへ向けられた。

 ちなみに、アデルは周囲のざわついた視線とは別に冷え切った瞳を正座して聞いていた。痛い。


「ですが、大将っ! これは深い深いご理由が……ッ!」

「では、後先考えず派閥に入った挙句に上級生をボコボコにし、挙句の果てに王族に中指を立てた……その深い深いご理由をお伺いしても?」

「気に食わなかった」


 深い理由が八文字で語られるのも珍しい。


「ご主人様……」


 はぁ、と。エレシアは至極真面目な顔で口にするアデルを見て額に手を当てる。

 その時、オロオロしながら横で見ていたルナが声を掛けてきた。


「あ、あの……あんまり怒らないであげて、ね? 元はと言えば私のせいだし……」

「いえ、ルナ様のせいではございません。それに、困っている人を助けるご主人様の性格は大好きです」

「だよねっ! ちょー分かる!」

「ですが、王族に中指を立てるのは言語道断です」

「あー……ちょっと分かるー」


 庇い切れなくなったのか、ルナは大人しく頬を引き攣らせて一歩下がる。

 これでもう、悲しいことにアデルに味方はいなくなった。


「私は別にルナ様の派閥に入ることに異議は申し立てません。一匹狼の姿も大変かっこいいですが、ルナ様のために派閥に入られるお姿もそれはそれで惚れ直します」

「…………」

「ですが、相手は第三王子です。見惚れてしまいそうなご主人様とは雲泥の差ビジュアルの第三王子ですが、仮にも王族です。王族に喧嘩を売っていいことはありません」

「…………」

「いくら甘えたくなるほど逞しいご主人様でも―――」

「なぁ、さっきから俺は怒られてんだよな?」


 正座して説教を受けているのに、何故かとても気分がよかった。


「でも、エレシアの言う通り第三王子はマズいわね」


 椅子に肘をつきながら、聞いていたシャナが口を開く。

 そして、アデルはその言葉に首を傾げた。


「なぁ、さっきから第三王子に含みのある言い方してるけど、そんなに性格悪いわけ? いや、悪そうだなーとは展開と初めましての出会いで分かったが……」

「第三王子であるユリウス様は野心家で有名なのですよ」


 補足するように、エレシアが語る。


「野心が強く、目的のためなら手段を選ばない。人は駒として扱い、徹底して己の道を開ける。障害となる者は容赦なく排除するのがユリウス様です」

「実際に彼の周りでいざこざがあった際、相手は社会的にも身体的にも再起不能になったそうよ」

「……マジで?」

「……うちの兄がごめんなさい」


 ルナのシュンとした姿が二人の言葉を証明しているみたいで。

 アデルは引き攣った頬を戻せずにいた。


「更にタチが悪いのは、彼自身が『剣聖の再来』と呼ばれるほどの腕を持っていることでしょうか? そのため、同年代の中では敵なしと聞いております」

「その証拠に、ユリウス様は二学年の順位一位ナンバーワンよ。しかも、入学した時から順位の変動は一切ないわ」

「まぁ、王族に決闘を挑む度胸がある生徒が少ないというのもありますね。もちろん、定期的に行われる成績ではしっかりと首位を維持されておりますが」


 性格は最悪。おまけに喧嘩も家も強い。

 まるで全てを与えてしまって手が付けられなくなっているクズな不良のよう。

 今度は苦笑いではなく、アデルは思わず顔を両手で覆ってしまった。


「そんな相手に堂々と中指を立ててしまったのですから、間違いなくこれからの学園生活は面倒なことになるのでしょうね」

「いやよ誰か早くあの子をここから追い出してっ!」


 とはいえ、追い出そうとして追い出せるような相手でもない。

 成績はトップ。目的のためなら徹底的に手段をも選ばない人間が決闘や試験で退学になることは考えずらい。

 つまりはこの二年間。

 ルナを取り巻く問題が解決しなければ、窮屈で陰湿なことをご覚悟な毎日を送る羽目になるだろう。


「まぁ、ご主人様が快適な学園生活が送れるよう引き続きサポートはしていきますが……取り急ぎは、私もルナ様の派閥に入ることにしましょう」

「え、いいのっ!?」


 ルナは驚いたようにエレシアを見る。

 すると、エレシアは小さく笑みを浮かべて答えた。


「ふふっ、ご主人様がいるところに私アリです。それに、どこぞの変な派閥に入るよりかはルナ様の派閥に入った方がいいと判断しました」


 アデルがいることが理由の大部分を占めるのだろうが、今の判断材料は恐らく今までエレシアが令嬢として過ごしてきた中で知っている第二王女を思い浮かべたからだろう。

 派閥に入ることは確実に学園を出たあとの将来にも影響する。

 そのため、単なる同情以外の理由では中々首を縦に振れないものだ。

 馬鹿なアデルとは違ってエレシアはしっかり物事をしっかりと考えられるタイプ。つまり、エレシアは「将来ルナの味方でいてもいい」と考えた上での本心で言ったのだ。

 ルナは嬉しくて、思わずエレシアに飛びつきそうになった。


「変わったわね〜、エレシアも」

「であれば、誰かさんのおかげかもしれませんね」


 あんなに冷たかった子が、と。

 嬉しそうな笑みを浮かべて、シャナはその誰かさんを横目に見た。

 しかし、他人に無関心だった女の子を変えてみせた張本人はシャナの視線に気づくことなく───


「んで、結局なんで第三王子に目をつけられてるんですか? ぶっちゃけ、あの感じは仲が悪いってだけの話でもないでしょう?」


 そろそろ本題。

 アデルはルナに視線を投げた。


「あ、うん……そうだよね、ちゃんと話さないといけないよね」


 ルナは心の準備でもするかのように大きく息を吸った。

 そして———


、って知ってる?」

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