入試順位
新入生代表の挨拶やら生徒会長の挨拶やら学園長の挨拶やらが続き、ようやく入学式が終わった。
そのあとは、学園エントランス前に張り出されているクラス分けを確認して教室に戻るような流れになる。
「この学園では、入試時の成績順位によってクラスが決まるみたいよ」
クラス表に皆がごぞって集う中、とりあえず一旦人が少なくなるのを待っていると、同年代の美人さんであるシャナがそんなことを言い始めた。
「流石は実力主義の学園ですね。もう早速井の中の蛙に優劣をつけ始めましたか」
「世知辛い環境だなぁ……少しは「皆は誰もが平等!」的な平和思考の歓迎ムードとか出してやれよ」
噴水の縁に座りながら集団を見るアデルはげっそりとした表情を浮かべた。
何せ、始まった瞬間から和気あいあいとした空気がなくなるのだ。いくら実力主義な学園とはいえ、「うぇーい、お前俺より低いー!」なんて状況が起こるかもしれない。
それに───
「優劣をつけたら、順位次第によっては目立ってしまうかもしれませんね」
「そこなんだよなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
実力主義の学園ということもあって、皆の意識は成績に向けられる。
のうのうと過ごしていきたいアデルには無縁の話だが、他の生徒は少しでも己の実力を上げようと努力してくるだろう。
となるため、必然的に今回の受験成績トップの人間は注目される。
どんな人間なのか? どこの家か? これからのライバルになるのか? はたまた敵になるのか? などと、人によっては様々な反応をされるはずだ。
「やべぇ……順位が高かったら目立つこと間違いなし! 場合によっては、噂が広がる可能性も……ッ!」
「それは、あなたが『黒騎士』だって話?」
「そう、それなんです嘘にまみれた汚ぇ話ですけど!」
と言いつつ事実なのだが、ほとぼりが冷めるまで逃げるためにアデルはこの学園にやって来たのだ。
入学式前に早々目立ってしまったが、あれは不可抗力で別として、今後は目立たないようひっそりダラダラ過ごしていきたい。
ここで変に目立って面倒事に巻き込まれたり、『黒騎士』の話が学園内に広がってしまったり、通っている貴族達に目をつけられたり。
とにかく、そんなあれやこれやに遭遇せず、ゆっくりエレシアと過ごしていくためには極力目立たないようにしなければならないのだ。
「ま、まぁ!? 俺、試験ではかなり手を抜いてたしぃ!? 下から数えた方が早いんじゃないか的な!?」
「剣術の試験で講師を気絶させておいてよく言いますね」
「本当なの!?」
「い、いやっ! あれは講師の人がクソ雑魚だったから! それかワンちゃんが歩いて棒に当たった的なやつだから!」
アデルの反応に、シャナは驚く。
王国一の学び舎に集められた講師は選りすぐりのエリートだ。学生が太刀打ちできるほどの人間じゃないはず。
なのに、アデルは「クソ雑魚」だとついポロッと本音が出てしまうぐらいの余裕で倒してみたという。これが驚かないわけがない。
(で、でもアスティア侯爵家の人間の何人かは試験で講師を倒したって聞いたし、血筋的にあり得なくもない話……?)
とはいえ、恥さらしと呼ばれている人間には無理な話だと思っていた。
エレシアが懐いていることといい、シャナの中でアデルへの印象が徐々に崩れていく。
「だ、だがっ! もしも万が一……いや、億が一順位が高かったとしても、落とせばいいだけのこと! あれだろ!? どうせ常日頃イベントが起こって順位が変わるんだろ!?」
「そうみたいですね」
何やら必死に弁明を始めるアデルを他所に、エレシアは懐からパンフレットを取り出した。
「パンフレットによると、好奇心旺盛な子供達が飽きないように学期に何度かそういう順位変動のイベントが設けられているみたいです」
「待って、それってこの前もらったパンフレットと違う。俺っちまだそれ見せてもらってない」
「ふふっ、ご主人様にご説明するポジションは私だけの席ですので」
よく分からんと、アデルは首を傾げる。
「ごほんっ! ともかく、そういう子供達が飽きないアトラクションが転がっているなら好都合……仮に試験の結果がよくても、下げていけばいいんだから!」
「あら、それは難しいと思うわよ?」
「何故!?」
アデルは驚いて、足を組むシャナへ振り向いた。
すると、シャナは美しい顔を小さく歪ませて苦笑いを見せる。
「この学園、順位が上がることに関しては歓迎されるけど、下がる分にはかなり厳しいの」
「……というと?」
「一定数、最初の順位から下がったら退学になるわ」
「Damn it!」
アデルは思わずその場に崩れ落ちた。
そして、そのまま地面に拳を叩きつけた……悲しいから。
「他にも、試験の基準以下の成績だと退学させられる制度もありますね」
「毎年の卒業者って、入学時の十パーセントぐらいみたいよ」
「今を生きる若者にシビアすぎませんかね、この学園!?」
それぐらい、才能ある若者を発掘したいということなのだろう。
才能なき者に構っている暇はない。であれば、才能ある若者がもっと成長できるような環境を整える方が有意義だ。
きっと、そんな考えが学園側にあるに違いない。
「そのおかげもあって、王立カーボン学園を卒業したってだけで社交界にも世間的にも箔がついて一目置かれるわ。特にトップクラスで卒業したり、成績が上位だとすると社交界でもかなり人気物件になるの」
「だから、皆さん自らシビアな学園に入学しに来るのです。特に下克上とプライドのためにトップの成績を残そうと躍起になる人もおられますよ」
「……なんだろう、今の俺には必要のないものに思えるんだが」
「まぁ、ご主人様に既に充分すぎるほどの箔がついておられますもんね」
ふふっ、とメイドらしくもない上品な笑みを浮かべるエレシア。
その姿を見てアデルはため息をつくと、ゆっくり重たい腰を上げて人が少なくなった掲示板へと足を進める
「はぁ……まぁ、いい。所詮、俺の力など世界全体を見れば猫じゃらしで遊ぶ可愛い子猫みたいなもんだ。成績がそんなにいいわけがない」
「ご主人様、最近は現実逃避してばかりですね」
「大事だぞぅー、現実逃避」
エレシアもシャナも、アデルに続くようにして掲示板へと向かった。
人が少なくなり、今なら近づいて己が何クラスでどれぐらいの順位か見ることができるだろう。
「さーて、俺の順位はーっと……」
アデルは背伸びをして、生徒越しに張り出されたクラス分けを見る。
すると───
『Sクラス 暫定順位一位 アデル・アスティア』
「五位、か……悪くないわね」
「あら、私は二位みたいです。ご主人様と一緒ですよ、嬉しいです♪」
「嬉しかねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
アデル・アスティア。
こうして、侯爵家の恥さらしは学園で素晴らしいと言っていいほどの好スタートを切るのであった。
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