誰かのお話

 その少女は、誰がなんと言おうとも「天才」の枠でした。

 何をやらせても一番。勉学も剣術も魔法も、全てが一番。

 時には大人をも圧倒し、街で繰り広げられる喧嘩は敵なし。容姿も整っていたということもあり、少女のことを街で知らない人はいないほどです。


 少女を養子として貴族に迎え入れるという話もあがりましたが、少女が首を縦に振ることはありません。

 何せ、少女には家族がいたからです。

 大事な大事な、家族。血は繋がっていなくても、大事な大事な家族。

 少女は孤児でした。

 両親に物心つく前に捨てられ、街にポツンとある孤児院に拾われて暮らしているのです。


「ごめんなさい……もっとお金があれば、学園にも行かせてあげられたのに」

「別にいらないよ、皆と一緒にいたい」

「でも、あなたは素晴らしい才能があるわ。絶対に、学園に行けばあなたは素晴らしい道を歩けるはずなの」


 孤児院は、あくまで寄付で成り立っています。

 そのため、贅沢な暮らしどころか普通に暮らしていくほどのお金もありませんでした。

 一人二人ならいざ知らず、何十人も暮らしているのであればお金が足りないのは当たり前。

 学園に通うには、どこであってもお金がかかります。

 お金お金お金お金。どこに行っても、生きていくだけでお金が必要です。

 ですが、少女は特に気にしたことはありませんでした。

 何せ、皆と一緒にいるだけで幸せでしたから。


「シスター、私は大きくなったらお金を稼ぐ。兄妹達の生活は私が面倒を見るさ」


 大事な大事な家族。

 少しでも楽をさせてあげたいし、もっと美味しいものを食べさせてあげたい。

 大丈夫、自分は天才だ。ぐらいには天才。どこに行っても、きっと重宝されるに違いない。たくさん稼いで、シスターや兄妹達を笑顔にさせるんだ。

 その気持ちは、少女が十四歳になっても変わることはありませんでした。


 しかし、現実とはなんとも悲しいもので―――


「シ、シスター……? みん、な……?」


 ある日、皆が体調不良を訴えたのです。

 熱が出て、食べるものは全て吐いてしまって、全身を赤黒い斑点が侵食して。挙句の果てには、目を覚まさない者もいました。


 ―――この時、少女の住む辺境の街にとある病が流行ったのです。


 悪彩病。

 流行病の中でもタチが悪く、治療をし続けないといずれ死に至ってしまう恐ろしい病気です。

 国の神官や、特別な薬草を用いないと治せなく、大きなお金を出してようやく進行を止められる程度。そのせいで、この時街では多くの人が死んでしまいました。


「絶対に……絶対にこれ以上家族を死なせるもんか!」


 少女は走りました。

 色々な場所を。家族を守るために神官や薬屋の下へ赴き、家族を治してもらうために。

 しかし、どこも門前払い。

 当然です―――お金がないのですから。

 病を治すには腕のいい神官、希少であるが故に高級な薬草。

 普通に稼いでも、届かない。普通に稼いでいる間には、助からない。

 当然、孤児院にそのようなお金はありません。搔き集めても搔き集めても、一人二人を助けるので精いっぱい。

 それでも諦めたくなくて、少女は必死に色々な場所へすがりに行きました。

 だけど、誰も手を取ってくれなくて。そうしているうちにどんどん家族が死んでいって———


「ふざ、けんな……ッ!」


 どこに行っても金、金、金。

 少女は絶望しました―――ふざけるな、と。どうしてこんなに世界は冷たいのか、と。

 別に皆が悪いことをしたわけでもないのに。まだ子供なのに人生を楽しむことなく死んでいくなんて。

 一時、悪事に手を染めようとも思いました。

 でも、染めた程度でも家族全員を治せる金額には届きそうにもなくて。


「クソがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 その時でした。

 少女が望んでも手に入らないお金をたくさん持っている少年に出会ったのは―――


「君かな、周囲を嘲笑うほどの天才児は?」


 誰だ、というのが少女の感想でした。

 しかし、少年は口元を緩めながらただただ言い放つだけです。


「望むものをあげよう。その代わり、僕の手足になってほしい……僕の望むものを手に入れるために」 


 少女は迷いません。


「……なら、金をくれ。私の家族が生き続けられるほどのお金を。くれるのであれば、私はどんな外道にも堕ちてやる」


 家族を救うためなら、この手を汚すことなど厭わない。

 だって、少女は天才だから。

 才能を持った、女の子だから。


 家族が、大事なんだ。



 ♦♦♦



「どうした、シャルロット?」


 ふと、隣に座って祈っていたカインが顔を覗きこんでくる。

 ステンドグラスから差す彩りに溢れた光に包まれた礼拝堂に、カインの声だけが響いた。


「……いやなに、私の家族のことを思い出してね」


 少し遠い目を浮かべる。

 ここに来るまで色々あったなと、どこか感慨深さまで覚えてしまったために。


「そうか……今、孤児院の方はどうなっている?」

「頭のネジが飛んでいる主人のおかげで、なんとか生きられている状態だよ。やっぱり治すには特別な薬草がいるからね、金はあっても物がなければ意味がないんだ」


 それほどまでに、厄介な病。

 だが、生かしてもらえているだけでも少女にとってはありがたいことこの上ない。

 少しずつ治っている家族もいる。だったら、諦める道理はない。


「まぁ、私のことはいいじゃないか」


 そう言って、シャルロットは徐に腰を上げる。


「それよりも、主人が奇行に走ることを考えた方がいいんじゃないかい? 結局やるみたいじゃないか」

「……まったく、頭が痛い話だ」

「頭を抱えても、やることは変わらないさ。、いつも通りにこなせばいいよ───といっても、君の言ったことが正しければ今回ばかしは私もちゃんとやる気を出さなきゃいけなさそうだがね」


 いつも通り。

 その言葉を受けて、カインは眉を顰めた。

 シャルロットはカインの反応を見て、背中をそっと叩く。


「優しい君には似合わない主君だよ。君の家のことがなければ、君も楽しい学園生活が送れただろうに」


 叶いもしない祈りも終わった。

 シャルロットが歩き始めると、カインもまた横に並び始める。

 その時———


「君は……」

「ん?」

「君は、楽しい学園生活は送れているのか?」


 どこか憐れみと寂しさが滲む瞳。

 明らかに心配しているような言葉に、シャルロットは口元を緩めたのであった。



「本当に、君は優しいね。こんな金の亡者にそんな顔をしてくれるんだからさ」




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